勇者との対決の軌跡
俺がチート能力を手に入れてから一ヶ月が過ぎた。
俺は最初こそ自分の力加減がわからず、大惨事を引き起こしてきたが
今や、普通の人と同じように行動出来るまで力をセーブする事が可能となった。
また、俺のチート能力についても色々とわかってきた。
まず記憶力だが、一度見た事聞いた事は瞬時に覚え忘れない。この記憶力の
おかげで、俺は世界中の言語を覚えることが出来た。一瞬で遥か彼方まで
移動出来る程の脚力を持つ俺には世界中の国の言葉を覚える事は必須だった。
次に攻撃力だが、恐らくは本気で拳を地面に放てば、あの有名な地球割りが
出来るだろう。いや、むしろ地球が粉々になってしまうかもしれない。
そして、地球が滅んだとしても俺は死なないだろう。何故なら宇宙でも
俺は生きていける体となっているからだ。試しに思い切り上空にジャンプして
みたら、大気圏を突入し宇宙にまで出てしまった事があった。
体は全くのノーダメージだった。酸素など必要ないらしい。
次に防御力だが、試しに走っている新幹線に突っ込んでみた事があるのだが
新幹線の方が吹き飛んでしまった。また、俺の命を狙う暗殺者に俺の頭に
銃を打ち込まれた事もあったが、銃弾が潰れて足元に落ちただけだった。
食事に行った際に毒を盛られた事もあった。だが、当然の如くなんの異変も
起きなかった。最早、俺は不死身であり最強である。
「……だが、退屈で死にそうだ」
俺にとっての一番の悩み。それは退屈だった。
普通チート能力手に入れたら、正義の味方になって悪い奴らをとっちめて
それで、スカッと気分爽快みたいになるもんじゃねーの?
なのに、俺はどうだ? 全人類から敵視され命を狙われている。
誰も俺に「凶暴な生物を退治して下さい」とか言ってこねーんだ。
その一言さえあれば、俺だって生きがいが出来るんだよ。全人類の為に
凶暴生物を倒すという生きがいがさ。 ……はぁ。溜息ばかりが出る。
「お前が至上最悪の悪魔かっ!」
俺が落ち込んでいると、突然背後から声を掛けられた。といっても大分前から俺は気配に気付いていたが。
「……なんすか、新聞なら間に合ってますけど」
退屈そうに返事を返し、相手に視線を向けると相手は不敵な笑みを浮かべ
一メートルはある巨大な鉄の剣を俺に向けて来た。
「俺は勇者エニクス。お前を滅ぼす者だ。覚悟しろ」
……勇者。この世界、地球と良く似ているけどそんな職業あったのか。
なんか、中二臭いやつだな。紅い派手なマントしてるし、頭には王冠的なもの
被っているし、まるでコスプレだ。
「行くぞ、魔王っ!」
いつの間にか魔王呼ばわりだし。はぁーだるぅ。
「うおぉっ!」
勇者さんは俺に向かって鉄の剣を振り下ろしました。
俺はその剣を避けずに受けました。剣は俺を斬る事なく、剣自身が折れました。
「ば、馬鹿なっ! 伝説の剣だぞ!?」
この人、面白いな。そういえば、今までこんな正々堂々と俺に挑んでくる
馬鹿はいなかったなぁ。なんてしみじみ思っていると、勇者さんは俺の予想外の
行動に出た。
「貴方のその強さに感服致しましたっ! どうか、私を弟子にして下さいっ!」
勇者さんはそう言いながら頭を深々と下げた。
「うん、いいよ」
俺はあっさりとそう返した。俺の予想外の行動を取るこの人と一緒にいれば
少しは退屈を凌げそうだ。そう思ったからだ。
「ま、誠ですかっ! ありがたき幸せっ!」
勇者さんは、子供のように喜び跳ねていた。
この時、俺はまだ思いもしていなかった。
この勇者さんがチート能力を入れた俺と対等に渡り合う程の力を手に入れるとは
……なんてことになったりしないよなぁ。
つづく