23 「絵で飯を食っていけるのは、ほんの一握りだよ。」
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「バイトなんかしているんだな……」
幸一は残る志郎に向けて、ポツリと呟いた。
「絵で飯を食っていけるのは、ほんの一握りだよ。大半は野原みたいにバイトの方がメインのヤツばっかりだよ。イラストレーターだけじゃないな、アニメも漫画もゲームも声優も、それだけで飯を食っていけるのは、ほんの一握り。アニメやマンガが日本の文化というけど、この文化業界は厳しいんだよ」
「アニメも声優も……。って、厳しいのか?」
「俺の稼ぎを知っているか?」
知る訳が無いと、首を静かに振る幸一。
「手取りで二十万も無いんだぜ。今年で二十八にもなるのにな。勿論、ボーナスも残業代なんか出やしない。まぁ、これは成果報酬型の業務委託というのもあるけどな。どこぞの公務員様なんて、ボーナスとかあるんだろう?」
「ま、まぁな……」
志郎の厳しい財政状況に、なぜか申し訳なそうに頷いてしまう。
「でも、好きなことだから、我慢してやっていけている。いや、我慢じゃないな。好きだから、好きでやっているだけだ……。でも、遊びでやってる訳じゃないんだけどな」
志郎を見ていると常に活き活きしていた。公務員として安定して職に就き、不自由の無い賃金を貰えている。しかし、ただ単に仕事を作業としてこなしていくことに、飽き飽きしている所も有った。
それが社会人、ましてや公務員としては仕方が無いことではあるが、好きなことを仕事にしている志郎を少しだけ羨ましく思った。だが志郎の方は、真面目に勉強して公務員になっていれば良かったなと思っていたりする。お互い視線が合うと、思わず苦笑し合った。
「だけど、こうやって国や市が、このアニメやマンガを利用してくれると助かるんだよ」
「ああ、なんか前にもそんなことを言っていたな」
「国を挙げて、アニメやマンガをもっと取り上げてくれれば、自ずとオレたちに仕事が増えてくれるもんだよ。言うなら、文化的公共事業だよな。こんな風に、どんどんアニメやマンガのクリエイターたちを利用してくれよ、幸一」
「だけどな……。やっぱり、一部の上の連中にとっては、こういったアニメとかは恥ずかしいというか、子供じみたもので、理解してくれている人が少ないんだよ。本当、あの稲尾市長がいなければ、この企画は通らなかったと思うし……」
「だからこそ幸一たちの世代が、頑張って貰わないとな」
「簡単に言ってくれて……」
突然、志郎の携帯電話からメロディが鳴り出す。
「あれ、仕事先からだ。何か有ったのかなっと……はい、伊東です」
志郎が電話をしている最中、手持ちぶさたの幸一は野原が描いてくれたラフ画を手に取り眺める。デフォルメと擬人化のどちらかを決めて、野原に連絡しなければならない。
が、どっちを見てもどっちが良いのか、幸一は判断できなかった。志郎や薫たちに決めて貰う方が良いかなと思っていると、志郎の電話が終わった。
「幸一、すまん。急に仕事が入って、ちょっと行かなければいけなくなった」
「えっ! お、おい。この後、伊吹さんとの打ち合わせなんだけど……」
「すまん。ちゃんと有休を貰っていたのに、原画を取りに行ってくれと頼まれてよ……。オレも伊吹まどかに逢えるのを楽しみにしていたんだけどな。すまん」
「仕事じゃ、しょうがないけど……。今日って、土曜だよな?」
「曜日は関係ないんだよ。この業界は……」
「はぁ……」
「その伊吹さんとの打ち合わせの場所は、ここか?」
「いや。事務所の方に伺うよ」
「そうか。場所の方は大丈夫か?」
「多分……。まぁ、解らなかったら駅員さんに訊くよ」
「その考えは正解だ。そうだ、いつまでこっちにいるんだ?」
「明日の午後五時までだよ」
「そうか。それだったら、再び会って飯を食う暇とかないな……」
「ないのか?」
「ちょっと、立て込んでいてな。本当は、今日は無理に休みを貰ったもんだし。それじゃ、伊吹まどかとの打ち合わせについては、後日教えてくれ。出来る限りアドバイスするから」
「ああ、解った。それじゃ、気を付けて」
志郎は残ったコーヒーを飲み干し、駆け足で立ち去った。
一人残された幸一は机に置かれた書類やイラストを片付けて、伊吹まどかとの打ち合わせの場所へと向かった。




