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追憶彼女1

 まるで何かから逃げるようにがむしゃらに走った。頭の中には、どくどくと音を立てて血が流れるだけで、他には何もない。どのくらい時間走り続けただろうか。足がもつれて、梶原はようやく足を止めた。あたりは真っ暗で、どこにいるのかもわからなかった。喘ぐ息に咳き込みながら、そばのブロック塀にずるりともたれかかる。頭上でまんまるに輝いている月に見られている気がして、腕で瞼を覆った。


 逃げられない。

 ずっと無視してきたのに。

 同じ失敗はしないって誓ったのに。











 ぼくの気分はほんと最悪だった。くだらない用事のせいで、原田たちとのサッカーの約束をやぶることになってしまったからだ。母さんは約束を守りなさいって教えるくせに、自分の都合でそれをひっくり返してしまう。大人って汚い。母さんだけで行けばいいのに、なんでこんな薬くさいつまんないとこにぼくも行かなきゃいけないのか。今ごろ原田たちはわいわいサッカーを楽しんでいるころだろう。今日はぼくがあみだした最強シュートを披露するつもりだったのに。

 ぐちぐちと考えてぶすくれていたぼくのかおをみて、となりのおばさんは苦笑する。となりにいるおばさんという意味じゃない。向かいにいるし。となりに住んでいるおばさんだ。ごめんねーと言われたがつんと無視していたら、母さんにげんこつを落とされた。いてっ! 母さんのせいなのに!


「この子涼ちゃんがかわいいから照れてるのよ〜」


「そっそんなことゆってない!」


「はいはい」


 ふっふざけんなふざけんなふざけんな。かわいいわけあるか! あんななに考えてるかわかんない、ロボットなんか。やっぱり大人って頭おかしい。友達でもなんでもないロボットに会いに来てるのは、母さんと隣のおばさんが友達で、ぼくをそれに無理矢理つきあわせるからだ。きっぱり否定しようと思ったけど、そんなことをしたって母さんはニヤニヤとムカつく笑顔になるだけだろうから、やめといた。くそう。やめといたけど悔しいから最終兵器を母さんに投げつけてやろう。ぺちゃくちゃおしゃべりをしだしたとなりのおばさんと母さんから隠れてこっそりポケットに手を突っ込んだとき、視線を感じた。やっばい、ばれたかな。そっちを見たら、となり女の子の丸い目がこっちに向いていた。となりにいるという意味じゃない。奥のベッドにいるし。となりに住んでいる女の子だ。なんだよ、お前かよ。にらみつけたら、女の子はにこりと笑った。うっわ。ふつう泣くか怒るかするだろ。気持ち悪い。やっぱりこいつ人間じゃない。ロボットだ。


 ロボットの名前は涼という。ぼくと同じ病院で同じ日に産まれたらしい。そんで、さっきも言ったとおり家もとなりだ。そういうの、幼なじみって言うらしい。でも涼が家にいたことはないから、となりの女の子っていうのはまちがい。ずっと病院にいるから、病院の女の子。涼は産まれたときから、この薬くさいところからほとんど出たことない。だから、月に2回か3回、お見舞いに行かないといけない。その日はサッカーができない。つまりは最悪の日なのだ。


「……じゃあお母さんたちちょっと出てくから、ここでおとなしくしておくのよ」


 もっと最悪なことに、おばさんと母さんがなんかごちゃごちゃ言いながらでてったから、ロボットと2人きりになってしまった。こんなことは初めてで、どうしたらいいかわからない。いつもなら、おみまいわたして、母さんにうながされて元気? って聞いて、ロボットがうなずくのをまって、おばさんと母さんの長い話が終わるまでもってきたゲームしながらまって、母さんの夕飯作りの時間に間に合うくらいにおわかれして終わり、だったのに。しゃべること、なんもないし。黙るしかない。ため息が出る。学校の先生にため息をしたら魂が飛びでるって教わってから、クラスでは誰かがため息をついて他の子がしゅっと吸い込むマネをするというのが流行っている。だけどずっと病院にいるロボットは知るはずもない。ぼくの魂は誰にも受け止められることなく消えた。たぶん、原田たちのところに飛んで行ったと思う。


「みはるくん」


 沈黙をやぶったのは、魂の抜けたぼくではなく、ロボットだった。またその表情しか持っていないかのように、笑っている。病院のベッドのシーツは真っ白で、それに溶け込むように肌は白い。血が流れているとは思えない。笑顔なのに親しみを持てないところがいかにもロボットってかんじ。いらいらする。いつもそうだ。母さんは幼なじみだから仲良くしなさいって言うけど、ひとにちっとも興味を持たない、石ころみたいにしか思えないやつと、ともだちになれるわけない。


「ポケットになにいれてるの?」


 はんこで押したように、ずっと変わらない表情でロボットは言う。ぜんぜん気になってなんかないくせに! ぼくのうらみをくらえ! ぼくはポケットから最終兵器を出し、ロボットの顔に投げつけた。


「えっ」


 顔に張り付いた、最終兵器を引っぺがしたロボットの表情は固まった。あ、やばい。ロボットだし、他の女子みたいに泣いて怖がったりはしないかも。どうしよう、冷静にゴミ箱に捨てられたりしたら。そんなんなったらぼくちょうかっこわるい。

 しばらくうつむいて、黒目がちな大きな目でまじまじと最終兵器ー蛇のぬけがらーを見つめていたロボットは、ようやくぼくを見上げる。


「なにこれ! すごい! かっこいい!」


 そして、ほっぺたを赤く染めながら、くしゃりと笑った。

 なんで泣かせようとしたのに笑ってんだよ!なんで蛇のぬけがらに喜んでるんだよ!


 ぼくの幼なじみは、ロボットではなかったが、わりと変なやつだったようだ。

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