縁木彼女
部活が終わって武道場から汗を流した部員達が出て行く。梶原は、前でだべりながらなかなか動かない後輩達にやきもきしながらタオルで顔を拭った。急がなければ一週間空気椅子……想像するのも恐ろしい。やっと武道場から出て図書室を見上げると、夕日に照らされていて分かりづらかったがちゃんと電気が点いてるようだった。安心した梶原は小さく息をつく。先にひとりで帰っていたりしたらまた悩みの種ができてしまう。時々涼は自分を過信し過ぎてしまうことがあるからだ。涼の性格がどんなに最悪最強でも、体は見た目を裏切らずか弱いというのに。急いで迎えに行こうと足を踏み出すと、ぽんっと誰かに肩を叩かれた。途端にさっきとは違う種類の汗が流れ出す。
げ。道善くんかな…
涼が復活する前から道善は梶原に嫌がらせ(道善が言うにはダチとしてのスキンシップ)をし続けていたのだが、涼とドS仲間になってからはそれがあの弁当の時のようにエスカレートしている。まるで双子のようにそっくりなふたりは梶原をいじめることが生きがいのようだ。涼ひとりだけでもキツいというのに"俺も一緒に帰るわー"などと言われたら、帰り道は地獄と化す。間合いをとりながらカクリとロボットのように振り向くと、予想に反して冷たい切れ長の瞳が目に入った。
「道善くんを知りませんか?」
「へ。いや、知らないよ」
西戸崎はあのバカと言いながら額に手を当てた。
「どうしたの?」
「今度のX高校との合同稽古の演武組表を道善くんに渡してしまったんです」
「えっ! それ後1ヶ月もないし……今日発表するんじゃあ」
「無理ですね今日は…迂闊でした」
道善に任せてしまった自分を全力で後悔している様子の西戸崎はブツブツ呟きながら行ってしまった。心の中で西戸崎にファイト! とエールを送った梶原は図書室へと足を進めた。今日はどうやら地獄に逝かずに済みそうだ。
一週間空気椅子に恐々としながら全速力で図書室に辿り着いた梶原は、息を整えるのも後回しに図書室に入り、ぐるりと辺りを見回した。
あれ、いない…?
図書室に整然と並んでいる机のどれにも涼の姿はない。そればかりかしんと静まり返って物音ひとつしなかった。響くのは、梶原の荒い息遣いのみである。電気も点いているのに何故だろうか。
「涼…?」
梶原の声に応える者はない。鞄を近くにあった机の上に置いて奥の方にも行ってみる。本棚の隙間から、読書する人の為のソファの隣に涼の手作りの編みぐるみがじゃらじゃらとついた鞄があるのが見えた。
「いるなら返事、……ッ!」
歩きながら話しかけた梶原の目にそれはコマ送りで入りこんだ。
鞄の横にソファから力無く投げ出されている細い足、肘置きにカクンと垂れかかった小さな頭、パーマをかけているようにくるくると波打ち放射線状に広がった髪は肘置きの上の表情を隠す…
そしてそのパーツ全てが夕日が当たっているはずなのにモノクロで、無機質な蛍光灯の光に生白く照らされていた。
まるで…死体のように。
「涼!」
嘘だ、嘘だ嘘だ嘘だ
梶原は叫びながら走り寄り涼の表情を隠す髪の毛をかき上げて、
「……はは。何やってんだよ……」
涼が熟睡していることに気づいた。
色が戻った世界で、梶原は涼の頬を手で包む。その温かさに涙が出そうになり、唇を噛んだ。
生きてる、涼はこれからも自分勝手にワガママに梶原をぱしって物を投げつけ不敵に笑いながら最悪最強に生き続けるに決まっている。それなのに何て馬鹿な勘違いをしてしまったんだろう。
絶対に想像してはいけないことなのに。
涼の白い肌は夕日に照らされ赤く染まっていた。解いたらしい髪と伏せた長い睫はそれにキラキラと輝いている。
目が、逸らせなかった。
梶原は涼の頬を包んだまま無意識に、衝動的に顔を近づけ、そして