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子狐彼女

「ふうん。意外と整ってんね」



テレビのように、ゲームのように、ただ消費し続ける存在。画面の向こうから干渉なんて出来る筈がないのに、どうして家に連れ込むまでになっているんだろう。油断した、近づきすぎた、自分のガードが甘かった?



「今日のお礼としてアキちゃんに明日のテスト必勝マル秘虎の巻を伝授してしんぜよう」


「映画ぐらいでそこまでと思わないでもないが、遠慮するつもりはない」


「じゃあ、ここでは何だからアキちゃんの家で」



何かがある訳ではない。『自分』が守れれば他はどうでもいい。だけれど今まで付き合ってきた幾多の女や梶原達合気道部の奴ら、誰一人としてこの小さな家に入れなかったのはちょっとした牽制のようなものだったのだ。誰も自分の中には入らせない、と。だから道善は涼の提案という名の命令を一回は拒否した。しかし結局押し切られてしまった。「一人暮らしなら絶対空いてんじゃん」という有無を言わせぬ一言で。そこまでされて理由も言えないのにまた断るのも不自然になるし、そんなにこだわってもいなかったので渋々了承したのは数分前。数分後である今二人がいるのは映画館から少し離れたこぢんまりしたアパートの一室である。赤点を採って補習に出るよりかはマシだろう。


「家賃とかってどうしてんの?」


「バイト」


「へえ~」


それと国の補助とか相続税引かれつつもまあまあ残ってる遺産とか。わざわざ言うのもいらない同情をひくだけなので道善は言わなかった。

きょろきょろと辺りを見渡していた涼はやっと靴を脱ぎ、道善に続いて目の前にある居間のテーブルの前に座る。


「男の家に単身で乗り込むとは、そんなに信用されてるなんて嬉しくて涙が出てくるな」


「アキちゃんはロリコンな訳?」


涼はない胸をドンと叩き、ない胸を張る。自虐ネタもオーケーらしい。意外だ。


「私、みるくてーねみるくてー。若しくはれもんてー」


「いや、"何か飲む?"とも何とも言ってないけど。麦茶しかないけど」


じゃ、それ。とがっかりした様子もなく述べて自身の鞄をあさくりだした涼を横目で見つつ、道善は冷蔵庫から未開封のお茶のペットボトルを取り出す。まさかそのまま渡す訳にもいかないので埃を被っていた(いつもラッパ飲むため使わないのだ)コップを洗って差し出した。うちはセルフになっております。


「ちゃらちゃらっちゃら~、と~ら~の~ま~き~」


「あ、どーも」


某青いロボットの口調でノートを渡される。何の変哲のないノートもこの効果音がつくと万能の道具のように思えて不思議だ。道善は丁重に受け取って後ろにある机の上に置いた。振り向くと、涼がまるでラスボスに出会ったかのような顔でペットボトルを睨んでいたので驚く。ブツブツ小さく呟いているので耳をそばだてると、「いけるいけるいけるいける」と繰り返していた。何がだ。面食らう道善に目も向けず、涼はペットボトルを手にとった。


「ふんぬっ!……キャップの分際で生意気なんだよ! 人間様に屈しろゴルア」


「あー、悪い。俺が開けるわ」


「謝るなあ! 益々惨めになる!」


道善は全く固くないキャップをすっと簡単に開けた。そうだ、すっかり失念していた。涼は『病弱な美少女』(笑)なのだった。まあこの性格では想像も出来なくて当たり前だろう。本人でも忘れていそうだ。


だらだらとここでたむろしても何もない。苦虫を噛み潰したような顔をしてお茶を飲む涼にすぐ家に送ると言うと、涼は途端に焦った様子で部屋をまたきょろきょろと見渡し始めた。


「どうした?」


「あのさ――」













気持ち悪くて朝ご飯が食べれず、梶原の気分は最悪である。梶原が漕ぐ自転車の荷台に座っている涼も調子が悪いのを察したらしく傘で刺すのは控えてくれているようで梶原の襟足をツンツンと引っ張るだけに留めている。分かりにくいというか意味のない気遣いである。そもそも調子が悪いのは昨晩涼が道善と見たスプラッタホラー映画を臨場感と叙情たっぷりに話してくれたおかげなのでその辺を反省してくれるだけで梶原は助かるのだが。


「観晴~」


「何?」


「まだチェリーボーイ?」


電柱にぶつかりそうになったので慌ててハンドルをきった。


「狩られてねーよ! あの日は公園を避けて帰りました!」


「お袋に聞いたんだけどさ、今度は繁華街に男の不審者が出てんだって」


「春ですな。というか……あの……ど、童貞狩りと何が関係あるんだよ」


「チェリーボーイは掘られないように気をつけて」


「荷台から落とすぞ」


「その前に首落とすぞ」


「すみませんでした」


後ろからカッターの刃を出すカチカチという恐怖の音が聞こえたので梶原は口を詰むんだ。


「アキちゃんも気をつけないと危ないかもな。アパート路地の奥だったし」


「アキちゃん? ああ道善くんのこと? というか涼、道善くんの家知ってるんだね。昨日行ったの?」


しれっと梶原は問う。不本意ながらストーカー行為を働いていたのでまるっと知っているのだが、バレたら半殺しでは済まないだろうから怪しまれないための演技も冷や汗ものである。


「うん。テスト必勝マル秘虎の巻貸した」


「えっ! 今までの俺の苦労は何だったんだよ……!」


「映画に連れて行ってくれなかった奴に見せるものなぞ一行たりともねーよ! アキちゃんを見習えアキちゃんを!」


「根に持ちすぎなんだよ!」


引っ張られすぎて襟足が千切れそうである。これは話題を逸らさないとハゲてしまう。


「道善くんの家は俺も他の合気道部員も行ったことなかったんだけど、どんな感じだった?」


道善は誰が家に呼べとせがんでものらりくらりとかわしていたのだ。まあ高校生で一人暮らしなんて珍しいから、溜まり場にされないよう警戒しているのかもしれない。


「結構すっきりしてたよ。確か麦茶があったね」


「他にないのかよ……」


「えーっと他には――」











 



「仏壇」


「仏壇?」


「そう、あるでしょ? 焼香させてくれないかな」



涼は妙に真剣な顔だった。何を言ったら良いのか分からずに黙りこくった道善に、涼は続ける。



「ご両親とひさ、こさん……お姉さんの」


「何で知って、」


「観晴に聞いた」


学校の奴らには家の事情で一人暮らしをしているとだけ伝えていた筈だ。道善が訝しげに目を細めて涼を見ると、涼は肩をすくめて「こういうのは言わなくても広まるものだろ。私の噂と一緒でさ」とさらりと言った。そういうものなのかもしない。不可抗力なのだろう。だけど納得できず、何だかズカズカと土足で踏み込まれた時の気がして溜め息を付いた。復活したばかりの涼もこんな気持ちだったのかもしれない。


「……どうして焼香なんてしたいんだ?」


「挨拶したいから」


にこりと涼は笑う。律儀なことだ。死んだ奴らにそんなことをしたって、意味はないのに。


「いいよ」


居間を横切り奥のカーテンを引く。出窓の天板に、三つの位牌と銅鉢と線香だけの小さな祭壇を作っていた。日に焼けないように、遺影はしまってある。静かに道善の後ろに続いた涼は、それぞれの位牌の戒名を眺め始める。すぐにそのうち一つをじいっと見つめ、まるで何かを汲み取ろうとするかのような表情になった。道善がマッチと線香を手渡して促すと我に返ったようで、目を二回瞬いた後に焼香をして合掌した。


「ありがとう」


それは普通こっちの台詞だろうと道善は思った。

ころころ時間軸が変わって読みにくいですね…気が向いたら書き直します。

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