金剛彼女
面倒くさいことが嫌いだった。天涯孤独という自身の境遇によるものかもしれないし、ただしがらみを切ることすら面倒くさいと考えているからかもしれないが、他人との交わりは面倒くさいことの中でも最も忌むべきものだった。他人を心の中に入れることは自殺行為でしかない。道善にとって、周りにいる人間は全てただの暇つぶしでしかなかった。いつも笑い合っている級友達ですら。
涼のことをおもしろいと言ったのも、"暇つぶしに丁度良い"という意味だった。キャラが濃すぎて飽きることないF組にまた持て余した時間を消費してくれる人間が増えたと、思っただけだった。まるでテレビでも観ているかのように。ゲームでもしているかのように。
これを知ったら怒るだろうか。
わかりきったことを他人事のように考えながら、道善は歩を進める。罪悪感は湧かない。暇つぶしに入れ込む、愚かな奴が悪いのだ。
(性格から鑑みて)思いの外几帳面な文字で書かれた地図を見てたどり着いたのは涼の家。隣は梶原の家だろうか。道善は涼を誘った時の梶原の顔を思い出し小さく笑った。"暇つぶしに丁度良い" つまりは涼を誘い、わざわざ家にまで行く気になったのも気まぐれだ。ただ、自殺行為をしている人間をおちょくりたいというのはあったかもしれない。
「俺みたいにしてた方が、何倍も楽だってのに」
呟きと共に小さな門を開けながらチャイムを押そうとした瞬間、がちゃりと奥の扉が開いた。
「アキくーん。お、ま、た、ぐぇ」
背景に花を散らし、手を振り振り出てきたのは涼だった。欧米人のようにハグを求め腕を開いている涼の手が届く前にさらりと避けて、道善は涼の後ろ襟をひっつかんだ。ぶらんと足を浮かせた涼は、打って変わって背景にドロドロしたものを垂らしながら吐き捨てる。
「ノリ悪! 観晴並み!」
「全然待ってないよおチビちゃん」
「四捨五入したら150あんだぞバカにすんな!」
所変わって少し離れた電信柱の裏。サングラスをかけオペラグラスで二人を窺っている(見づらくないのだろうか)どことなく筋肉がむさ苦しくモテなさそうな少年が、後ろに居る苛立った様子で頭を抑えている冷たい顔をした少年を振り向いた。
「ユキ! 奴らなかなか言い雰囲気だぞ!?どうする!?」
「五郎丸さん、どうする前に僕はどうしてここに連れて来られたんですか」
五郎丸と西戸崎であった。あの昼時の無益にも程がある会話を小耳に挟んでいた五郎丸はストーキングのお共に無理矢理西戸崎を連れて来たのだ。
「いや、だってあの来る者拒まず去る者追わずだったアキが自ら涼ちゃんを誘ったんだぞ!これは見守らんとな!」
「だからってつける必要ないです……そんなだから女子に気持ち悪がられるんですよ」
「そうですよ! 俺だってテスト前だから追い込みかけるつもりだったのに!」
「おや?」
「え? なに?西戸崎くん」
西戸崎は同じく連れて来させられていた梶原をまじまじと見つめて言った。
「梶原くん、いたんですか」
テスト前により部活動が停止になったここ一週間というもの、梶原は涼の家庭教師という肩書きを濫用した虎の穴のごときしごきに耐えに耐え、昨夜も指を二本立てられ『寝たら刺す』と笑顔で脅されて自らの力でカフェイン的物質を脳内に作り出すまで追い詰められたばかりだった。許された睡眠時間はナポレオンも真っ青である。因みに涼は梶原のベッドを占領して早々に寝ていた。まあ必要ないのだろうが自身が勉強する時間を投げ打って梶原に付き合ってくれていることへの感謝も、くかーと効果音が付きそうな顔の額に油性ペンで"肉"と書きたくなる衝動へ昇華してしまうほどの地獄であった。
その名残で元から薄い影が更にポタージュの上に出来るあの膜ほどの薄さになっていたかもしれないので、西戸崎が先に五郎丸に連れられていた梶原の存在に気づかなかったのも無理からぬ話だったかもしれない。いや、それは流石にないか。
「分かった。俺、ちょっと富士の樹海に行ってくる。もう二度とテスト勉強なんてしなくていいんだ……!」
虚ろな目をして笑う梶原の肩を、西戸崎は焦って揺すった。
「待ってください! 冗談ですよ! 誰が何と言おうと小粋な冗句だから落ち着いてください!」
「お。歩き始めた! 行くぞお前ら!」
「いい加減にしてください五郎丸さん!」