【08】
「……ウォルガフ」
背中で確かに、ウォルガフの名を呼ぶ声が俺には聞こえてきた。
「あの……今、ウォルガフって言いましたよね? 知り合いですか?」
「……」
俺の背中にいるフォス族は、再び口を閉ざしてしまったのである。
お腹空き過ぎているのかな?
さとて、どうするかな……
ウォルガフは、わけのわからぬまま二階に逃げてしまったし……
ったく……まだ、宿泊の手続きすらしていないというのに……
そう考えていると、厳つく無愛想な顔をしている亭主が俺を睨みつけてきた。
顔が怖いだけに、更に怖く見えてしまう。
「宿泊か?」
「……」
勝手に二階に行ってしまった以上、それしか方法はないよなぁ……
高いんだよなぁ……
「……はい」
まぁ、ウォルガフをあのまま放っておくわけにも行かないし、しゃあないか。
「一人銀貨三枚だ」
常連客って事で負けてくれないかな……?
「……」
うん、怖くて俺には言えません……
と言う訳で、俺は銀貨九枚渡したのである。
「まいど」
「あっあのお願いがあるんですが」
「なんだ?」
「食事……二階に運んでもらう事なんて、出来ませんか?」
ギロリ……
亭主は無言で思いっきり俺を睨みつけてくる。
だから、怖いって!!
「ごっごめんなさい! 当然無理ですよね!! 忘れて下さい!!」
「銀貨三枚、置いていけ。三人分の食事運んでやる」
「!!」
おぉっ!?
言って見るもんだ!
怖い顔だけど、いい人だね!
言われるがまま、銀貨三枚を亭主に渡した俺はフォス族を背負ったまま二階の一番奥の部屋へと向かう事にしたのである。
なぜ、二階の一番奥の部屋かって?
ウォルガフと泊りに来た時、案内されるのは二階の一番奥の部屋。
だから、慌てて逃げ込んだウォルガフはそこにいるに違いないと俺の勘がそう言っている。
ったく他の人が利用していたら、どうすんだよ!
ドアを開け、中に入るとウォルガフは居た。
居たけど……頭隠して尻隠さず……
今のウォルガフの状況にピッタリ当てはまっている。
窓際にあるベット下に隠れているつもりなのだろうが、可愛いお尻だけが見えている……
「おいっウォルガフ?」
「こっ……こないでくだちゃい!!」
ふむ、俺はウォルガフの側に行って話しかけているのではないのだが、返事をしてしまったら隠れている意味ないと思う……
「……」
背中にいるフォス族は変わらず何も言わぬまま眠たそうな虚ろな目をしている。
取り敢えず、もう少ししたら食事が届く事だろう。
食べやすいように食事セットでもしておくか。
椅子にフォス族を座らせ、目の前には長テーブルを置き、反対側には俺の椅子とウォルガフ用の椅子を用意すると、タイミング良くドアを叩く音が聞こえてきた。
ドアを開けると厳つい亭主が、これまた不機嫌そうに食事が乗った皿を無言のまま俺に差し出してきた。
それを受け取り、テーブルに並べて行く。
「追加したくなったら、教えろ。持ってきてやる」
「はい、ありがとうございます」
ドアを閉め、椅子に座る。
そして、さりげなくウォルガフに聞こえるように話しかけて見た。
「ウォルガフ食べないのかぁ〜?」
「いっいっいっ……いらにゃいでちゅ!!」
意外だな……
絶対出てくると思ったのに……
まぁ、そのうち誘惑に負けて出て来る事だろう。
「どうぞ、食べて下さい」
俺は目の前に座っているフォス族に食事を進めて見た。
すると、虚ろな目をしながら皿を手に取り一口……また一口……とウォルガフとは全く異なった食べ方をし始めた。
……のは、最初の一皿だけだった。
ペロリと平らげると、覚醒したかの如く次々と遠慮なしに食べ続けるフォス族であった。
ウォルガフを見ているから慣れているとは言え、流石にちょっと引いてしまった。
「ウォルガフ、早く来ないと無くなるぞぉ〜」
「いっやでちゅ!!」
そんなに嫌なのか……
まぁ、さっきまではお尻だったのが、顔だけベットの下から少しだけ出しながらこちらの様子を伺っている所を見るなり、気にはなるようだな。
「追加、お願いしてきますね」
俺の言葉なんぞ聞こえていないようだったが、それでも一応一声かけドアを開けると、亭主が立っていた。
「うっうお!!」
びっびっくりしたぁ〜
「……そろそろ追加と思って持ってきたのだが、いるか?」
「はっはい、ナイスタイミングです。ありがとうございます」
「うむ、これで三人前だ」
「ありがとうございます」
先ほどと同じ量をテーブルに運んでいるうちに、次々へと食べ始めるフォス族。
もう少し味わって食べて欲しいな……
亭主にお礼を言った後、再び椅子に座り食べ始める事にした。
俺も流石に腹八分ぐらいにはしたいよ。
ウォルガフのお腹の音を聴きながら、笑いを堪えながらも俺も食べる事にしたのである。
やれやれ、何に意地を張っているのやら。
「お腹は満たされましたか?」
「……」
黙ってはいたが、フォス族の目は虚ろな目はもうしていない。
青い目は俺を見つめ頷いてくれた。
一通り食べ終えた皿を亭主に渡しお礼を言っていると、パイ生地に包まれた美味しそうな匂いをしている物を俺に渡してきてくれた。
「後、これはサービスだ」
これは、ウォルガフの大好物でもあるパイ生地の中に甘く新鮮なリンゴが入っている食べ物だ。
そうこれは、アップルパイだ。
パイを受け取り、早速テーブルに置く。
「デザートの宿屋汐音特製アップルパイです。どうぞ」
一口……
ペロリと食べてしまった。
だから、もう少し味わって食べてよ……
俺がアップルパイを食べようと口を開けていると妙な視線を感じた。
物欲しそうな……
クレクレオーラをフォス族は醸し出していた。
ウォ……ウォルガフとソックリッ!!!!
「たっ……食べますか?」
コクリとフォス族は頷いていた。
すると、俺の服が引っ張られている……そんな感じがした。
振り向くと、ウォルガフは椅子にチョコンと座りアップルパイを平らげていた。
………
味わってよっ!!!
ってか、さっきまで隠れていたでしょうがっ!!
「リュウイたん、ぼくもほちぃでちゅ」
大好物のアップルパイの誘惑には勝てなかったらしい。
最悪の場合三つ共フォス族の胃の中に入る事になるからなぁ〜
流石にそれは嫌だったと見える。
「半分ずつに分けましょう。喧嘩したら、俺が一人で食べます」
喧嘩する前に言ったお陰なのか、一言も口論する事無く大人しく従ってくれた。
食べ終えると、ウォルガフは再びベットの下に隠れようとした。
ウォルガフ襟首を掴みながら俺は制止する。
「逃げるな」
「放ちぃてくだちゃいっ!!」
「この人とウォルガフは知り合いなんだろ?」
「要件はもうわかってまちゅ! でもぼくは、その要件受ける気はありまちぇん!!」
さっぱり、わからないってば……
「だから、その要件ってなにさっ!?」
「……うぅ……うぅ………」
ウォルガフの抵抗は止まった。
俺はゆっくりとウォルガフを回転させ、両肩に手を置きながら目を真っ直ぐ見つめる。
「まず、あのフォス族の名前、教えて」
「じっ……じぃじぃ」
「……」
それは、ウォルガフが呼んでいる名前で……
俺が聞きたいのはそうじゃないんだけど……
「フォス族の王……ミクロス……でちゅ」
「へっ?」
ウォルガフは小さくボソボソと言った為、俺にはさっぱり聞こえはしなかった。
「ウォルガフもう一度言って、聞こえなかった」
「だから、フォス族の王、ミクロスでちゅよ!!」
「!!!」
はぁぃぃぃぃぃぃぃぃぃっ!!?
この人が……??
「そっそれで、よっ要件ってのは……??」
もしかして、俺がヒューマンとバレて殺しに……??
「ウォルガフ、跡を継げ」
ずっと黙っていたフォス族のミクロスは、初めて口を開いたかもしれない。
「嫌でちゅ!!」
気がつけばまた、ウォルガフはベットの下へと隠れてしまった。
やれやれ……
「えっえっと……」
何を話したらいいのかわからなかった。
でも、何か話さないと……
「一宿一飯の恩義、感謝致しまする」
「いっいえいえいえ……お気になさらず」
「我の名はミクロス……全盛期ほどの力はもう失わられておりますが、フォス族の種族王を今の所やっております」
「リュウイと言います。ウォルガフと共に生活をさせていただいております」
「うむ、リュウイ殿」
「はっはい」
殿なんて、言われた事ないし……
この独特の気配……なんだろう……不気味?
とは違う何かを感じる。
「話したい事、聞きたい事共にあると思うのだが、まずはウォルガフ……いい加減出てきなさい」
「……嫌でちゅ!!」
「魔王様は、ヒューマンが復活した事……もうご存知だぞ」
「えっ!!」
「!!」
俺も驚いたが、ウォルガフも驚きベットの下から頭を思いっきりぶつけながらも出てきたのである。
「いっ痛いでちゅ……」
両手で頭を押さえ、半泣きしながらウォルガフは出てきて俺の近くの椅子にへと座り込む。
どうやら、興味があるらしい。
まぁ、当然俺も気になるのだが……
「話は、三日前に遡る……」
三日前……と言えば俺が、パッシブスキル『転生者』を発動した時と重なるな……
もしかして、あれが原因で感づかれたのか……
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魔王城……
玉座の間では魔王は不敵な笑みを浮かべていた。
「ふははははははは……」
青色の綺麗に整えられた髪の毛をしている側近カウスは、魔族四天王よりも長い年月を魔王の側で見て来ているのだが、魔王の笑い自体初めてみたかも知れず驚きを隠せないでいた。
「魔王様……?」
「カウス、魔族四天王を呼べ」
「はっ」
一度退出したカウスは、各地にいる魔族四天王を魔王城に来るようにと指令を出したのであった。
魔族四天王は、各街にある専用ワープゲートを使い直ちに玉座へと集まっていた。
重い雰囲気が流れる中、魔王は口を開き始めたのである。
「昔……お前たちに話した事があると思うが、今日……ヒューマンが復活した」
「!!!」
その場に居た者、全て言葉に詰まっていた。
「あの時よりも遥かに強い力を持っているようだ……ふははははははは……」
デューンキーパー族の種族王であるシュトレンは、気分が高揚している魔王に対して質問をしてきたのだ。
「魔王様、僭越ながらお聞きしたい事が……」
「なんだ? シュトレン」
「その者のいる場所はお分かりでしょうか? 我ら魔族四天王、魔王様の為に今すぐ退治して参りたい所存でございます」
「……一瞬、ここより北の地……
そうだな。ぺディリヴァ、お前の国の方からかつてと同じ波動を感じる事を出来た。
だが、今は消え失せてしまったな……」
「まだ、目覚めたばかり……と言う事ですか?」
「うむ」
ムーンサン族、種族王であるルブシューニェに返答に、魔王は頷きながら肯定していた。
ルブシューニェの言葉にガルヴァルデ族、種族王ぺディリヴァは言葉を続けて行く。
「では、早速魔王様の呪いを持つ者を捕らえ処分していこう!」
「いやいや、ぺディリヴァそれは流石に早計すぎます」
そう反論を出すのは、フォス族、種族王ミクロスであった。
「ふんっ! お前たち軟弱な種族など足手まといだっ!」
「我らフォス族を舐めていると、いつか痛い目に会いますぞ。ぺディリヴァ」
「なんだとぉ!!」
ぺディリヴァは怒り、小さなミクロスの襟首を掴み取ろうとすると……
「辞めなさい! 二人とも、魔王様の御前ですよ!!」
カウスのナイフで突き刺されたような言葉に、ペディリヴァは舌打ちをしながらミクロスから離れたのであった。
「申し訳ない。少し興奮したようです」
「それで、魔王様はどうするおつもりなのですか?」
「見つけ出し次第、我の前に連れて来い」
カウスの質問に魔王は即答し、魔族四天王もそれが魔王からの勅命と捉え玉座を後にしたのであった。
「カウス」
「なんだ? ぺディリヴァ」
「俺の国にいるらしいからなっ、まずは俺が探りを入れる。文句はないよな?」
「……勅命を覚えているのなら」
「魔王様は生きて連れて来いとは、言わなかっただろう? 久々に血が湧き上がるぜ。フハハハハハ」
と言ってぺディリヴァは、先に自らのゲートをくぐり街へと戻ってきたのである。
ルブシューニェとシュトレンは取り敢えず様子見としミクロスは、時間がない。と感じウォルガフに会う事を決意していた。
◾︎◽︎◾︎◽︎◾︎◽︎◾︎◽︎
ミクロスの話を聞き終えた俺は、この街にいるのは大変危険なのでは?
と思うのと同時に、この状況もかなりマズイと思っていた。
いくら、ウォルガフの知り合いとは言え目の前にいるのはフォス族の種族王だ。
魔王直属……
俺がヒューマンと分かれば、魔王の元に強制連行されて……
ブルブル……
頭を降り、マイナス思考を振り払う。
ミクロスはウォルガフに会いに来ただけであって、まだ俺の正体には気がついていないって事も考えられる。
上手く行けば、魔王の呪い……解いてもらえるかも?
「ペディリヴァは、ヒューマンを血眼になって捜している事でしょう」
「……」
「ウォルガフ、お前は守り切れるのか?」
「……」
「ここにいる御仁を……」
「!!」
うわっ〜バレてる……
でも、知っているのに何故捕まえないんだろう……?
「フォフォフォ、リュウイ殿。そう簡単に顔に出したら駄目ですぞ」
「えっ?」
「今ので、我も確信致しました。あなたが魔王様の探し人だと言う事が……
元々、リュウイ殿がウォルガフに引き合わせて頂いた時に、もしや? とは思いました。」
「何故ですか?」
「ウォルガフは、あなたに懐いておられる。それだけで我には十分納得出来まする」
「……はぁ?」
「フォス族と言う者は元々……」
背は小さい為、個人で動く事は全くなかった。
集団行動を第一にしていたのである。
しかし、ウォルガフはそれが肌には合わなかった。
一人だけ飛び抜けた才能は、嫉妬、憎悪……などと言った様々な感情を生み出して行く。
ウォルガフは、いつも一人でいた。
そしていつしか仲間を避けるようになっていた。
ミクロスは、ウォルガフにもう少し打ち解けるようにと何度も忠告をしていた。
しかし、ウォルガフがそんな話を聞くはずもなく、頭を抱えていたある日……
ウォルガフは、ミクロスに自分はヒューマンの生まれ変わり……魔族に転生した事を告げていた。
最初は、そんな話しなど信じれる筈もなかった。
だが、ミクロスを見つめるウォルガフの眼差しは真剣で、良く良く考えるとウォルガフの才能の凄さも転生したが上……
と思うと妙に説得力があったのである。
そして、ウォルガフは何処かで誕生する転生ハイヒューマンを探し出したい事……
をミクロスに告げたのであった。
ミクロスとしては、おとぎ話だと思った。
そして、ミクロスはウォルガフに後継者になってもらいたいと考えていた。
ウォルガフに広い世界を……
用意し経験を積ませるのも良いかも知れないと結論を出し、ミクロスはウォルガフを羽ばたかさせてあげたのであった。
五年もしないうちにウォルガフの噂は、疎外されがちなフォス族にも耳が入るようになって言った。
とてつもなく強く、尚且つ愛想はいい。
だが、何故かいつも一人っきりのフォス族の話を……
「ウォルガフはあなたを、大層信用しておられる。我ですら見た事もない態度をこの短時間の間に何度も見せてもらえた」
「……」
結局この人は俺の敵なのだろうか?
それとも……?
ちょっとまとめ、登場人物。一気に出しすぎました。
申し訳ない……
ガルヴァルデ族、種族王ぺディリヴァ
ムーンサン族、種族王ルブシューニェ
デューンキーパー族、種族王シュトレン
フォス族、種族王ミクロス
魔王側近、カウス