『バットは立派な凶器です』
真司は手の中にある金属バットを凝視する。聞こえてくる声は自分が金属バットであると告げているが、そこにあるのは何の変哲もない金属バットだ。
色々な角度から確認するが、やはり変わったところはない。首をひねりながら観察を続けている。
『さて、まずは自己紹介でも…………』
「まてまてまて!! どう考えてもバットが喋るなんておかしい」
真司の驚きなど気にすることなく、声は先に進めようとする。
しかし、真司はそれを慌てて止めた。自己紹介の前に言いたいことが山ほどあった。
声は呆れた様に話を進める。
『おいおい、相棒。この世界に来ておいて、今更バットが喋るくらいであれこれ言うなよ』
「それは確かに…………って、そういう問題じゃないだろう!!」
一瞬納得しかけたが、少し考えて激しい突っ込みを入れる。傍から見ると、バットに突っ込んでいる頭のおかしい青年のようだ。
その後もしばらく漫才が続き、真司が疲れたことにより漫才は終了した。
「はあ、はあ、はあ…………で、結局お前は何なんだ?」
『だから、俺はバットだ。金属バット。ドゥ、ユー、アンダスタン?』
「…………理解は出来ないが、一応の納得はしておこう」
深く、深く息を吐きながら、バッドの言葉に一応の納得を見せる。どうあっても頭では理解できないが、今は言い合いをしている状況ではない。
茶髪の青年が日本刀を持って迫っているのだ。状況を打破するためにも、少しでも情報が必要だ。
『まあ、色々言いたいことはあるだろうが、今は全て飲み込め。迫りくる危機に対応すべきだ。そうだろう、相棒?』
「その相棒ってのは何なんだ?」
先ほどからバットが発する相棒という言葉。相棒という言葉の意味がわかっても、どうしてバットが自分を相棒と言うのか。
真司にはバットと相棒になった覚えはない。
『俺はお前さんによって生み出された存在だ。つまり、俺はお前さんの一部だ。相棒といっても過言じゃねえだろ?』
「…………」
自分から生み出された。そう言われてもピンとこない。
首をひねりながら考え事をしていると、バットが陽気な声で語りかけてきた。
『それより、早く俺の名前を決めてくれよ』
「名前?」
『俺は生まれたばかりで名前がねえ。相棒に名前を貰って、初めて力を発揮できるのさ』
それから、バットの名前を考えることとなった。
「…………じゃあ、ポチ」
『いやいや、犬じゃねえよ!!』
「なら、タマ」
『だ、か、ら!! ネコでもねえんだよ!!』
適当に名前を付けようとする真司に、バットは全力で突っ込みを入れる。ペットの定番な名前を適当に付けられては敵わない。
どうにかもっとカッコいい名前がいいと注文をつける。
「わがままだな、お前」
『お前さんが適当過ぎるんだろう!!』
真司は呆れているが、バットにとっては切実だ。ここで決まった名前でこれからも呼ばれ続けるのだ。
色んな名前を却下されながら、真司は一つの名前を思いつく。
「武蔵ってのはどうだ?」
『武蔵?』
「ああ、僕の好きな剣豪の名前だ。とはいっても、お前はバットだけどな」
『…………なかなか良い名前じゃねえか。よし、俺はこれから武蔵だ』
こうして真司の相棒、武蔵が誕生した。
『さて、これからのことだが――――相棒、前に飛べ!!』
「ッ!?」
武蔵の声に反応し、咄嗟に前方へと転がる様に移動する。次の瞬間、もたれかかっていた廊下側の壁が破壊された。
鋭い切れ味で破壊された壁は崩れる様に床に落ち、砂埃を撒き散らす。舞い上がった砂埃に人影が映し出される。
「見つけたぜ」
「うわああああ!!」
現れた茶髪の青年から逃げる様に床を這いながら逃げ出す。だが、ここは教室。青年が入口近くにいる以上、逃げ道は存在しない。
切っ先を真司に向ける様に日本刀を構える。重心を少しだけ前に出し、すぐに動ける様な体勢を取る。
その姿に武道の心得などない真司は恐怖していた。
「色々聞きたいだろうし、理不尽だとも思ってるだろうが、これも運命だ。とっとと斬られな!!」
一気に間合いを詰め、日本刀を振り上げる。一見すると適当な動きだが、その動きには無駄がない。まるで洗練された様な動き方だ。
ブン!!
日本刀の軌跡は空を切る。しかし、強烈な一撃は衝撃を生み、壁に斬り傷をつける。
今回も真司は運よく回避した……様に見える。
だが、実際のところは違う。硬直して動けない真司を武蔵が引っ張る。突然移動するバットに真司はよろめきながら移動し、青年の攻撃を回避したのだ。
「運の良い奴だぜ。だけど、それもこれで終了だ」
ニヤリと笑いながら、青年は振り上げた日本刀を全力で振り下ろした。
ギィィン!!
刃は真司の身体に届かなかった。掲げる様に持ち上げられた金属バットが日本刀とぶつかり、甲高い音を教室内に響かせた。
「選手交代だ」
「ッ!?」
真司から発せられた呟きに、青年は何かを感じて後方へと飛んだ。
「…………」
真司の姿は先ほどと全く変わらない。突然変身したわけでも、特殊な能力を使ったわけでもない。
それでも、青年は警戒せずにはいられなかった。これまでの経験が青年の動きを止めた。
床に座り込んでいた真司はゆっくりと立ち上がり、バットを肩に乗せた。
「ここからは、俺の時間だ。覚悟は良いか? 無くともぶっ飛ばすがな!!」
「うおっ!?」
ガアァァン!!
先ほどまでの真司の動きとは打って変わって、素早い動きで青年に近づいた。そして青年に向かってスイングした。
金属バットは青年が縦に構えていた日本刀に激突し、火花を散らす。
明らかに真司の力が向上している。まるで別人の様だ。
『な、なんだ、これ!?』
「よう、相棒。ちょいと身体を借りるぜ」
喋り方まで変化している。その理由は、真司と武蔵の意識が入れ替わっているからだ。
この状態を危険だと判断した武蔵は、強制的に意識を真司と入れ替え、目の前の危機に立ち向かった。脳がかけているリミッターを外し、無理矢理身体能力を引き上げた。
こうすることによって、青年に立ち向かえているのだ。
「……なんだか知らねえが、ちょっとは楽しませて貰えそうだな」
入れ替わったことなど分からない茶髪の青年だが、相手が強くなったことに喜んでいた。
張合いもなく戦うのは、正直面白くなかった。戦うなら強い方がいい。
「次、いくぜ!!」
武蔵は後ろに下がり、野球のバッターの様な構えを取る。その格好に疑問を覚える青年だが、すぐにどうでもよくなり、一直線に武蔵へと突っ込んでいった。
突っ込んでくる青年を見据えながら、武蔵は全力でスイングを決めた。
「おらあ!!」
カン!!
バットは空中で何かに当たる様な音がして、風がバットを中心に武蔵の後方へと流れた。
「?」
何かを打ったように見えるのに、そこには何もない。不発かと思い、青年は更にスピードを上げた。
「いっ!?」
しかし、進むことは出来なかった。
見えない何かに前進を阻まれ、強烈な衝撃が青年を後ろへと押し返す。まるで巨大な塊が飛んできたようだ。
青年は後ろへと吹き飛ばされ、反対側の教室の扉にぶち当たり、扉ごと部屋に入った。
一体何が起こったのか。その原因はスイングにあった。
武蔵が振り抜いたバットは、空振りしたわけではない。そこにあった空気を打ち抜いたのだ。
打ち抜かれた空気は圧縮され、空気の塊となって青年を吹き飛ばした。目に見えない空気の塊は回避することもできず、正面からぶつかってしまった。
『今だ、武蔵。さっさと逃げよう!!』
「おいおい、相棒。そう簡単に逃げられるわけないだろう」
『いや、でもあいつを倒したんだろう?』
「…………まだだよ」
武蔵は青年が吹き飛んだ場所を睨みつけた。すると、そこには倒れた机の間から立ち上がる青年の姿があった。
「いつつ、なかなかいい攻撃だぜ。こりゃあ、本気でいかないといけないな」
「今のに耐えた事に敬意を表して、俺も全力でやってやるぜ」
廊下を挟んで向かい合った二人は、お互いの顔を見て笑う。この戦闘を楽しんでいるようだ。
「…………」
「…………」
言葉を発しない。武器を持つ手に自然と力が入る。相手の動きを観察して、すぐにでも対処できるように集中する。
そして、沈黙は破られた。
「「うおおおお!!」」
第二ラウンドが始まろうとしたその時。
「やめなさい!!」
ゴン!!
「「――――ッ!?」」
廊下の中心で戦いが始まろうとしたその瞬間、突然現れた人物に二人は頭を拳骨で殴られた。
あまりにも突然のことと、頭に響くほどの痛みに二人は悶絶する。
「何しやがる!!」
「くぅぅ…………」
せっかくの戦闘を止められた青年は拳骨を放った人物に向かって吠える。拳骨を喰らう直前に意識が交代した真司は、痛みから立ち直ることが出来ない。
「雹也、あんた一体何をしているのかしら?」
「う…………」
二人に拳骨を喰らわしたのは、二人の間に立っている黒髪の女性だった。綺麗な長い黒髪に学校指定の制服。整った顔立ちに知的な印象を与える眼鏡。
所謂美人と評されるような人物だ。
怒りの籠った声に雹也と呼ばれた茶髪の青年はたじろぐ。どうやら雹也は女性に頭が上がらないようだ。
「ここまでしろとは言っていないはずだけど。その辺り、どうなのかしら?」
「あ、いや。悪い。ついつい、熱くなっちまって…………すまん!! この通りだ、白莉!!」
鋭い眼光で睨みつける白莉と呼ばれた女性。睨みつけられた雹也は全力で土下座をかます。そこにプライドは一切なかった。
そんな雹也を眺めながら、白莉は深いため息を漏らした。
「全く、志穂がついていながら何をやっているの!!」
白莉が後ろに視線をやると、そこには楽しそうに歩いてくる志穂の姿があった。
「大丈夫、大丈夫。彼はこの程度では問題ないよ。白莉も見てたでしょ?」
「途中からね…………全く、仕事があったとはいえ、二人に任せるんじゃなかったわ」
こめかみを押さえながら再び溜息を洩らす白莉。その姿を見ても、志穂は笑顔を崩さなかった。
「…………」
「それより、ほら。彼、訳が分からないって顔してるよ? 放っておいて良いの?」
「あんた達のせいでしょうが……」
こめかみに怒りマークをつけながら、志穂と雹也を睨みつける。それから真司の方を向いて、右手を差し出した。
「大丈夫?」
「え…………あ、はい」
呆然と三人のやりとりを眺めていた真司は、突然差し出された手に戸惑う。
どうしたらいいのか戸惑っていると、白莉はクスッと笑いながら、強引に真司の手を取った。そして、優しく言葉を告げた。
「ようこそ、そしておめでとう。今日から君も参加者の一人だよ」
こうして、真司は非常識の世界へと足を踏み入れた。
いつもより長くなってしまいました。
このペースでいくと、2,3日で一話のペースが難しいかもしれませんが、
頑張ります。
「格闘家な紋章術士」は…………正直あまり進んでいません(-_-;)
とりあえずこの連休でどうにか頑張ります。
これからもよろしくお願いいたします。