Tips~7,5,3
命は、それが無価値だと分かっていました。
しかし、誰かのココロは、そのことを無意味だとは思えなかったのです。
・・・神様は、声を捧げることにしました。
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「七・五・三」:短編:姉妹世界α
第一節:「命」
あるとき命が生まれました。
とてもとても小さな奇跡。
吹けば消えてしまいそうな、そんな弱々しいモノ。
しかし同時にそれは、活力に満ちた純粋無垢でもあったのです。
「うれしや、うれしや」
苦労と苦悩をシワとして、幸福と感謝を優しさとして顔に刻んだ婆が、赤子を産湯に付け、その身体を清めています。
「きっと、この娘はベッピンになるぞ。なんせ、お雪殿によく似ておるからの」
顔を赤らめた爺が酒を煽りながら笑います。
「いいや、この子は勝也殿似じゃよ。ほれ、目元なんかもうそっくりじゃ」
これまた顔を赤らめた別の爺が、先ほどの爺に取って返します。
「うれしや、うれしや」
「めでたや、めでたや」
「よき日じゃ。ほんに、今日はよき日じゃ」
季節は秋。
それは紅の季節にして、実りの季節。
そんな季節に、小さな命が生まれました。
それは、とてもうれしいこと。
それは、とても良きこと。
それは、すこし寒くなり始めた、そんな紅の世界でのこと。
第二節:「髪置きの儀」
あるとき生まれた命は過酷な季節の巡りをすでに三つも生き抜き、ほんの少しだけ強い命になっていました。
「そろそろ髪を伸ばすかの」
「髪置きの儀じゃな」
「おしろいはあるか?」
「白いすが糸のかずらはまだか?」
「はやく十五日は来ぬかの」
季節は実りの季節。
命が生まれた”とき” と、同じ”とき”。
「千歳餅も配らねば」
「めでたいことじゃ」
「紙袋も必要じゃ」
「とてもよきことじゃ」
小さな命より少しだけ強い命達が、めいめい勝手なことを口にしています。
そんな勝手な命よりも強い命達は、弱い命達を守るため、畑と森で野良仕事。
「爺、婆、なにかあるの?」
勝手な声の中に響く小さな声。
その声に答えるようにこだまする、透明な声が一つ。
その声は、君のお祝いだよと、よく分かっていない小さな命に呼びかけます。
でも、聞こえない。届かない。その声は、誰にも、けっして、届かない。
「爺、婆、なにかいいことがあったの?」
声はそれでも小さな命に微笑みかけます。
良いことがあったんだよ、と。
君が変わり目の歳になったんだよ、と。
そんな歳まで君が生きていてくれたんだよ、と。
それは、とてもうれしいことなんだよ、と。
「爺、婆、おなかすいた」
純粋無垢な命に当てられて、かつては強かった、しかし今では弱くなってしまった命達が活気づきます。
「楓はよく腹がすきおるの」
「今ある食い物だけでは一月と保つまい」
「これでは冬が越せぬかも」
「勝也殿にはもっと働いてもらわねばな」
「よきことじゃ」
「ほんに、よきことじゃ」
命が実ります。
声がこだまします。
勝手な声と、小さな声と、透明な声が、紅の世界で。
それは、人の”とき”で3年というときが流れた世界でのこと。
小さな命が変わりゆく世界のこと。
小さな命が消えてしまう、4年前のこと。
第三節:「巡る命」
小さなクスノキの根元に小さな命が眠っています。
このクスノキは、生前に命が大好きだったものの一つ。
「あと五日で「帯解の儀」だったのにの」
「あとすこしで帯を入れられたのに」
「コロリにやられるとはの」
「かなしことじゃ」
「しかたのないことかの」
「かなしいの」
「どうしようもないことじゃ」
「くやしいの」
「かなしいの」
季節は実りの季節。
そんな季節に、小さな命が消えてしまいました。
「くやしいの」
「かなしいの」
かなしいな、くやしいな、透明なモノは思います。
でも、仕方のないこと。
これは、どうしようもない、どうにかしてはいけないこと。
「———」
声が聞こえます。悲しという声が。
「願い」が聞こえます。この子に幸せになって欲しかったという声が。
そして、透明なモノもそう思いました。だから、それは手を伸ばしました。
禁忌に。
決して伸ばしてはいけないモノに。
そして。
この悲しいことから、人の”とき”で約200年が過ぎ去った後の世界。
そこで。
悲しいだけで、ただそれだけで、他に何も意味がなかったこの悲しいことは、それだけでは無くなることになります。
でもそれは、また別の話。
楓という神様の、始まりの物語