Tips : RENGE-蓮華ー自分探しの終着点、あるいは、自己回帰の禅問答
Tips : RENGE-蓮華ー自分探しの終着点、あるいは、自己回帰の禅問答
歩はRENGEと千佳を庇うように、一歩前に進み出た。
その光景を、千佳の腕の中で、RENGEは見つめていたのだ。
技術水準の低い、大切な瞳を通して。
風の匂いも、千佳の暖かさも感じることの出来ない、そんな不出来な鉄の体で。
彼は、微力な友人が与えてくれた、精一杯を通して、その光景を見つめていたのだ。
――――そんな少女たちを前に、ウォレットは表情を変えず、冷たく言い放つ。
「『それ』は――RENGEは、破棄しなければならない。何度も言わせるな。『それ』は、そもそも、この世界に在っていい物ではない。もとより、『それ』は私の物だ。君たちに、その処遇をとやかく言われる筋合いは無い」
さあ、返せと。
もう、十分だろうと。ウォレットが、RENGEに向かって手を伸ばした、その時――――
「はああぁぁ!!!」
歩は、自身の拳をウォレットの『みぞおち』に叩き込んだ。
只の人間の、精錬された、只の一突き。それが、只の人形の急所に突き刺さった――――ところで、何ら影響を与えるはずも無い。
そのことは、拳を握り振り抜いた少女も、
同時に、その拳を受け止めた『ヒトの成れの果て』も、その双方が十分に承知していた。
「ねぇ、聞かせて。壊すくらいなら、なんで蓮華を創ったの?」
拳を引くこと無く、少女は――歩は、問う。
なぜ、RENGEという存在を創りだしたのかと。
その問いを前に、ウォレットはため息を一つ吐いた。
「さきほど、その問いには答えたはずだ。如何に君たちの知性が低級といえでも、数刻前の質疑応答くらい記憶しているだろう? さあ、時間稼ぎはもう、よせ。はやく、『それ』を――――「もう一回だけ、答えろって言ってんのよ、この唐変木」」
「・・・・・・」
もう一回だけ、答えろと。
もう一度だけ、口にしろと――――
――――少女は、一歩も引かない。
その、瞳には。その、只の人間の瞳には、諦めや絶望と言った感情は見受けられなかった。むしろ、彼女の瞳には。
「――壊す理由は、それが私のもと逃げ出したからだ。元来『それ』は、『外』の世界を感知できるようには設計されていない。そう、本来なら、それは、「自身の箱庭」から出られない定めに在った・・・・・・にも関わらず、それは外に出た。故に、破壊する。その可能性は、危険すぎる。作ったのは、私だ。であれば、私が責任を取るしかあるまい?」
答えるウォレットは、なぜか自身が追いつめられていると感じた。
目の前の少女は、只の人間だ。魔術も仕えず、ましてや、この世界の武器すら携帯していない、生身の人間。
そんな存在に、偽物とはいえ、神を創造するに至った、この――
「そして、『それ』を作った理由は――宣告の通り、神の思考をトレースするためだ。我々を創った「神」が何を考えていたのか・・・・・・何を想い、我々を創ったのか。それを理解するために、私はRENGEを作った。小さな匣庭の、偽りの神として。それが、全てだ。RENGEという自動演算機そのものに、特別な意味は無い。君はそれを個体として認識しているが、それはあくまでも手段の――「それが答えなんじゃないの?」」
――――少女は、問う。
返す刃で、さらに少女は、ウォレットに一つの解を投げかける。
「私たちを創った神様も、そうだったんじゃない?
私たちを創った神様にとっての、神様を――――理解したい。その一心で、私たちを創ったのかも。あなたと同じように。だったら、その答えも――――私たちの、意味も。
あなたなら、理解出来るんじゃない?」
少女は、言葉遊びを口にする。
それは屁理屈でありながら、ウォレットにとっては無視することの出来ない、一つの真理でもあった。
「『お前達に、意味は無い。お前達は、手段でしかない。お前達のことなんて、なんとも思ってない』――――って。きっと、それが答えだよ。それが、あなたの探し求めている答え。
・・・・・・少なくとも、あなたは蓮華に、そう言ったの。蓮華にとっては、あなたが神様だったのに! 蓮華は、自分が生まれて来た意味を、こんな所まで探しに来たのに! それなのに、あなたが! それなのに、あなたは!」
燃えるような言の葉は、いかなる魔法よりも痛烈に、ウォレットに突き刺さる。
自分が探し求めた答えの片鱗を、ただの人間が、涙を流しながら言葉にしているのだ。
それは、ある意味では滑稽を通り越して、喜劇でもあった。