魔法使いと世界大戦
tips
二度あることは三度ある。
とある世界のとある星に伝わる経験則
「 魔法使いと世界大戦 」
運がなかったといえばそこまでだろう。
だが、それで片がつくほど生易しいものではなかった。
第三次世界大戦
これは、とある世界のとある星で生じた戦争につけられた名だ。
そしてこの名は、一つの戦争に与えられたものではない。
いくつもの戦争が同じ時、同じ星に異常集積を起こし、さながら、星が戦争で満たされているような状態につけられた名である。
この星の霊長は、第三次世界大戦が勃発する以前、既に二度の世界大戦を経験していた。
故にこそ、この世界大戦は、世界大戦という名に「三次」という冠をかぶっているのだ。
星全土に広がった戦争の火種は、とある小国と、とある大国との間におこった小さな戦争に端を発する。
小さな国と、大きな国。
この二つの国の間にある戦力の差は歴然であり、この小さな戦争は大国の圧勝で終わるはずだった。
とりわけ大きく取り上げられるような戦争でもなかった。
事実、この戦争の存在を多くの者が知らずに日々を過ごし、平和を享受していたのだ。
それほどまでにありふれた戦争。
結果の見えた戦争。
そして、歴史の彼方へとその存在を埋没するはずだったその戦争は予想されうる結果に・・・終わらなかった。
ありふれた結末をたどるはずだったその戦争が終了する間際に、小さな国が予想外の動きをしたのだ。
それは、とある組織への加入意思表明。
その組織自体は、この小さな戦争が起こっている時代、ほとんど活動を停止していて、多くの者が名を知っていても、いったい何のための組織なのかということすら忘れてしまねかねないような、そんな幽霊のような組織だった。
そう、幽霊のような組織。
しかし、ただの幽霊ではなかった。
それをあえて表現するとすれば——亡霊。
過去の戦争の亡霊。
それが、その組織の本質であり、そして役割だったのだ。
二度目の世界大戦のすぐ後に生じた「冷戦」と呼ばれる戦争。
この戦争は、その星でこれまで行われてきた火力を用いる戦争とはあまりにも異なりすぎていて、その異質さから「冷たい戦争」と呼ばれた。
そんな変わり者の戦争中に、二つの大国のうちの一つを取り囲む国々でとある組織が作られた。
もちろん、この組織の狙いは、囲んだ大国の孤立。
または、完全包囲といっていいだろうか。
確かに組織は作られた。
しかし、その組織が真の意味での戦争に投入される前に、冷戦は言葉と交渉により解決され、それに伴い組織もその存在意義を失い、その形だけを残して、しばしの眠りにつくことになる。
その組織は眠り続けていた。
そしてその組織自体、目覚めるつもりもなかった。
・・・それでよかったのだ。
その組織が眠り続けているということは、少なくとも幾分の平和が維持されているということであったのだから。
だが、叩き起こされた。
小さな戦争によって。
別にその組織はその小さな戦争に口を挟むつもりはなかった。
くしくも、その組織は小さな国の敵対国を包囲するために生まれたものであったが、それはあくまでも過去のことであり、今更掘り返すつもりは、その組織にもその大国にも無く、そして、小国を除くほとんど多くの国が、そんなことを望んではいなかったのだ。
しかし、小国の申し出により、無理矢理といった形で、その組織はその戦争に関わることになった。
そして気がつくと、小さな戦争は大きな戦争になっていた。
・・・運がなかったのだ。
この時代には、この小さな戦争のほかにも戦争の火種があらゆる場所でくすぶっていたのだ。
第二次世界恐慌。
核実験。
テロ。
思想の衝突
例を挙げればきりがない。それら火種が絡むに絡まり合い、互いの火種を継ぎ足し合って、最初は煙をブスブスと上げている程度だった戦火が、いつの間にか、地獄の業火へと変貌を遂げていた。
こうして、とある世界のとある星では、「第三次世界大戦」という大きな悲しみが跋扈するようになる。
・・・それだけならまだ救いはあったかもしれない。
この世界大戦がおこっている頃、同じ時間軸において、別の世界でも同様の規模の戦争が巻き起こっていたのだ。
腐敗戦争
星破祭
天冥創世
ありとあらゆる世界で戦争が起こっていた。
悲しみが世界を埋め尽くしていた。
絶望が命を飲み込んでいた。
そして、それを観測し続ける男と、その男の妻がいた。
男の名は徹。
異世界の波長と自身の心の波長を同調させることにより、本来は観測し得ない異世界の出来事を夢として知覚できる存在。
彼は、一時的ではあるけれども、自身を中心とした四方百メートルの世界の秩序を、自身が観測した世界の秩序に塗り替えることができる超能力を持っていた。
そして彼の妻の名は蓮。
とある出会いにより魔術を修得し、異世界を行き来するすべを持つ、優秀な魔術師。
二人はこの悲しい事態をどうにかしなければと思った。
幸い、かれらには異能の力があったし、なによりも、彼ら自身がその現状を良しとしなかったのだから。
彼らは努力した。
男の妻は自身を「弱者の盾」と称して、他人の傷を引っ被り、傷つき、涙を流しながら、誰も傷つけまいと身を粉にして戦線に赴いた。
その妻に対し、男は戦争を終わらせるために必死に異世界に働きかけた。
異世界の事象を心に投影できる彼は、妻よりも遥かに異世界の有様に精通していたし、なにより、彼の超能力は一瞬にして異世界の兵器を無力化させることができるものだったため、血を流させないという点においても、彼の方が妻よりも適任だったのだ。
彼らは努力した。
血を流し、涙を流し、泥にまみれ、罵声と呪いの怨嗟をぶつけられながらも、必死に戦争を止めようと努力した。
しかし、戦争は止まらなかった。
そのことを嘆いたのは妻だけで、男は別段驚きもしなかった。
なぜなら男は知っていたのだから。
これらの戦争は確かにいくつもの不運が重なって生じたものであっても、結局のところ、最後の一押しをしたのは他でもない、当事者である各世界の存在だったということを。
つまりは、この戦争という悲しみさえも、望まれた結果であったということを。
男は、この戦争を望んだ者たちを排除しない限り、これらの戦争は終わらないであろうという結論に達していた。
だから、男はこれらの戦争を望んだ者を皆殺しにした。
もちろん妻には内緒で。
彼の妻は、「誰も傷つかなくていいように」と自ら「盾」を名乗るような女だ。
であるからこそ、夫である男が人殺しをするという行為を許すはずがないと考えたからだ。
男は殺し続けた。
しかし、戦争を望む誰かを殺すたびに、新しい誰かがその席に座り、結局のところ堂々巡りを繰り返すだけで、何も変わることはなかった。
変わらない世界。
変わらない人々。
変えられない悲しみ。
長い時間が流れた。
長いときの中で、彼らの努力は実を結ぶこと無く、また、長過ぎる戦争は、二人の絆さえも、徐々に徐々に蝕んでいった。
「私を信じて!」
男は妻にいわれ続けた。
私を信じてと。
私が信じる、世界を信じてあげてと。
だが、男は信じることができなかった。
彼女のことも、世界のことも、もう何も、彼は信じることができなかったのだ。
だから彼は世界そのものを変えることにした。
彼は、自分には小さいながらも世界の秩序を変容させる力があることを自覚していたし、それを利用すれば、すべての世界を変容させることができると考えたのだ。
こうして、幾千幾万の不幸の末に、一つの兵器が誕生する。
その名をWCL(World change license)
それは、世界の有様を変えるために、ありとあらゆる世界の技術を用いて男の超能力を改良した結果の、世界の希望を託せれた、世界の不幸と戦うための武器だった。
しかし、この兵器の使用は、当初の期待を大いに裏切り、考えつく限り最悪の結末へと、世界の有様を変貌させることになる。
世界の不幸へと向けられるはずだったその兵器は、とある裏切りにより、男の手を離れ、救われるべきであった者たちに向けられたのだ。
男は絶望した、世界と、それを取り巻くすべての者たちに。
そしてこの事件を期に、彼の秘密は余すところなく、妻にさらされることになる。
彼の妻は後悔した。
彼の苦悩に気がつけなかったことに。
そして彼女はさらに後悔することになる。
彼が、苦悩というレベルでなく、既に、世界と自分を見限っていたことに気づいていなかったことに。
男は、死んだ。
いや、正確には、男は永遠になったのだ。
世界に内包されているうちは世界を変えることはできないと考えた彼は、自らが、世界になる決意をしたのだ。
そして・・・
彼は捨てた。
己の固有世界を。
そして己の自我が消滅するその瞬間に、超能力を駆使し、世界を変えようとして・・・
世界は滅んだ。
男の力はあくまでも「換える」ものであり、「変える」者ではなかったのだから。
だから彼が、ここにはない、「誰もが幸せでいられる世界」を、すなわち、理想郷を顕現させようとしたことで・・・世界は、消滅した。
「有」と「無」が換えられたのだ。
男はそれ死に際の手向けと