歴戦の女傭兵は追放されたいし婚約破棄もされてみたいが、仕事の後に一人でタバコを吸える生活も手放したくない
「聞いてくださいなミレイユ! 私、この度婚約破棄をされましたのよ!」
「そっすか」
とある領主邸へ向かう、豪勢な装飾が施された馬車。
その窓から顔を出し、涙ながらに愚痴を吐く令嬢を横目に、女傭兵のミレイユは乗っている馬を宥めながら、素っ気なく返した。
あまりに淡々とした返しだったため、馬車の主であるご令嬢が、ムッと頬を膨らまし、ミレイユへ抗議を始める。あしらうような返事に、怒りの矛先が変わった形だ。
「そんな呆れたような顔をしなくても⁉ 私傷ついていますのよ! 少しぐらい慰めてくださっても……」
「だーから前に言ったじゃないっすか。あの人がよさそうなだけの馬鹿ボンボンは止めとけって。女を知らないから浮気しそうだって」
「で、でも……! 家が決めた結婚を、あんな形で覆されるとは思わないじゃないですか!」
「確認にはなりますけど、何で婚約破棄されたんでしたっけ?」
「……『真実の愛に目覚めた』、らしいですわ」
ミレイユも大体の経緯は、彼女の従者を通して知っている。会談が長いなと葉巻を吹かせていた中、婚約破棄の知らせを聞いたときは、葉巻の灰が膝に零れた。
知ってて確認したのは、令嬢自身に状況を整理させるためだ。
思い出すのも腹立たしいのか、最小限の言葉に留めるご令嬢に、やれやれとため息を吐いてからミレイユが続ける。
「『君は僕がいなくても大丈夫だろう。でも、彼女には僕が必要なんだ』って、平民出身の給仕と駆け落ちしたんでしたよね」
「……ええ」
「悪い方に、善意や庇護欲を勘違いしたやつでしたね。そもそも愛で始まった縁談話じゃないんだから、愛を理由に解消するのも筋違いだってのに。もしかして、好きだったんすか? 相手方のこと」
「…………少し」
窓の縁に顎を載せながら、頬を膨らませて目をそらす姿に、ミレイユは困ったように笑みを浮かべた。
目の前のご令嬢――マリアは、とある有力貴族の愛娘で、他国の貴族との縁談話が持ち上がっていた。
そのため、時折相手方の家へ出向いて、会食やデートをすることがあり、ミレイユは道中の護衛として、よく雇われていたのだった。
婚約相手の殿方も、貴族の中では珍しく、気弱だが貧しい者への慈悲に溢れる、優しい男だと、道中の惚気話を聞かされていた。
政略結婚、とは言いながらもマリアの方は結構惚の字だったというのはミレイユは薄々感じ取っていた。それと同時に、向こうもマリアの好意に丁寧に返してはいたが、対応はどこか事務的で、意識の片隅には誰かがいるとは思ってもいたが。
そして現在。ミレイユの見立て通りに駆け落ちされて、それを打ち明けられ、自国に戻る途中である。言ってしまえば負け戦の帰りだ。
さてさて、この可愛いご令嬢をどう宥めたもんだかなあ。
基本的に格式ばった態度が苦手で、ぶっきらぼうに振る舞うミレイユだが、裏表のない態度を気に入られたのか、マリアにはよく仕事を振って貰っている。
自分の言葉が失恋から立ち直る手立てとなるなら、何か気を利かせた言葉でもかけてやるべきか。
なんて思いながら周囲を見渡していた時、後ろの方から馬を走らせてくる、フード付きのマントで頭を覆った集団が見えた。
「――お嬢様。お先にどうぞ」
お嬢様、と改まる時は、仕事モードに入ったときだ。
どこか覇気が抜けた表情は消えさり、鋭い目つきで集団を見据えながら、殿となって馬車を逃がす。
迫ってくるのは国境付近で略奪行為を働く強盗団だ。
心配そうに身を乗り出し、ミレイユを見送るマリアを一瞥してから、手綱を引いて馬を走らせた。
♢ ♢ ♢
ミレイユは物心ついたときには親を亡くしており、生まれた村の、隣の町にある孤児院に引き取られて幼少期を過ごしていた。
気性が荒いわけではないが、男勝りで負けず嫌い。喧嘩を売ることはないものの、売られた喧嘩は全部買うような子どもだった。
暮らしは低い水準で安定しており、15を過ぎると、孤児院が指定した勤め先を紹介され、そこで働くことになる。
敷かれたレールの上を歩くような生活を想像して、何となく将来に嫌気がさしたミレイユは15になると自ら孤児院を出て、行く先々でその日の食い扶持を稼ぎながらの、放浪の旅を始めることとなったのだ。
「――ふんっ‼」
馬車を狙う強盗団の前に立ち、盾になるように立ち回るミレイユ。
手綱の加減を調整し、馬を制御し重心を整えながら、すれ違いざまに剣を振るう。
鈍く美しい輝きを放つ、ミレイユの剣が、ローブの男の刃こぼれした剣を、真正面からへし折った。
その衝撃で男たちが次々と地に転がり、乗っていた馬たちが混乱で逃げ惑う。
強盗団は全部で7人。数では負けていても、装備も馬術も剣術も、数以外の何もかもで勝る。襲うはずの強盗団は追い立てられる側になった。
真横に馬を付け、強盗団の攻撃を剣で受け止めると同時、わき腹を蹴って地に転がす。
更に一人、二人と斬り伏せてあと3人。
応戦の合間に、本命の馬車を狙う3人の前に、ミレイユが手の中で練り上げた炎を、槍を放つように投げつけた。
鋭い軌跡を残し、目の前で爆発する炎。
3人が怯んだ隙を逃さずに、鞘に納めた剣で、強盗団を殴打した。
「……お前、魔法も使えるのかよ――」
「おうよ。炎だけ。野宿に便利だしな」
最後の一人が倒れると、辺りを確認してから、マリアの待つ馬車へと合流する。
「さすがミレイユ! 素晴らしい腕前ですわ!」
「どーも。報奨金にちょっとだけ色付けて置いてくださいよ?」
合流した際、安心と信頼が混ざったマリアの笑顔に、ミレイユが片目を閉じながら、指を金の形にした。
そして、領主邸まで無事に送り届けたとき、マリアが尋ねた。
「ねえ。次の依頼は入ってるの?」
少しだけそわそわした様子のマリアに、ミレイユが「うん」と頷く。
「ドラゴンの討伐依頼を、一緒にこなす約束があってな。そっちを片付けてくる」
「そう……。ねえ、ミレイユも他の冒険者みたいに、どこかのパーティーに所属したり、どこかの貴族様にお仕えになる気は無いの?」
「あー、年も年だし。そういう機会があればもちろん嬉しいよ」
「なら! 私の家で雇ってあげてもよろしくてよ! あなたほどの腕なら、出自なんて関係なしに、快く皆受け入れてくれるかと――」
「あー、こいつと一緒なら考えるわ」
饒舌になっていくマリアに苦笑しながら、ミレイユは一本の太い葉巻を取り出した。
それを見たマリアが、「あー……」と困った表情になり、葛藤するように言葉を詰まらせる。
「気持ちだけ頂いておくよ。また御用があったらなんなりと。今後とも御贔屓にお願いしますよ?」
そう言って背を向けるミレイユに、マリアも諦めたような笑みを浮かべて、大きく手を振って見送ってくれた。
領主邸から離れた、人気のない馬車道に佇んで、ミレイユは葉巻を口にくわえて、炎の魔術で火をつける。
「クソうめえ……」
仕事の疲労と達成感。申し出いただいた嬉しさと、断ってしまった罪悪感。
胸と体に渦巻く全てを煙に乗せ、寂しげな息とともに、夕暮れの空に吐き出した。
♢ ♢ ♢
「おーい皆! 『永光の星』が帰ってくるぞ! ドラゴンの素材もがっぽりだ!」
とある王都の城下町。そのメインストリートに舞い込んできた情報に、市民たちが大きく沸き立った。
風に乗るように広がっていく噂。
その噂話が広まり切った翌日、城下町のメインストリートに、Sランクパーティーである『永光の星』の一行と、全長50mはある巨大なドラゴンの死体を載せた、大きな荷馬車が凱旋した。
パレードのような雰囲気の中、『永光の星』の一行に混じって、ミレイユは人だかりの中心を、空を見上げながら歩いた。
「皆お疲れ! 今日は俺の奢りだ! 遠慮せずにガンガン飲んでくれ!」
王都の冒険者ギルドの横に併設された酒場。大きな円卓をミレイユを含んだ5人のメンバーで囲みながら、『永光の星』リーダー、マクスが乾杯の音頭を取った。
景気の良い言葉と共に、木製のジョッキが良い音を立てながら重なる。
「そんじゃま、とりあえず一番高い料理を人数分頼みますかね。あとはまあ……考えるのもめんどいな。すいませーん。こっからここの料理、全部持ってきてー」
「お、おいミレイユ⁈ 奢るとは言ったけど飛ばしすぎじゃないか⁈」
「人の奢りとなりゃあ、全力であやからなきゃ損でしょ? それにドラゴンの素材を売ったんだ。しばらく金には困らんだろ。『永光の星』リーダーとあろうものが、これぐらいでビビってんじゃないって」
「そうだリーダー! 男に二言は許さんぞー!」
「食べきれるかの心配をしてるんだって……。頼んだからには、責任もって食えよ?」
マクスが呆れて首を振る隣で、大柄の戦士とミレイユが楽しそうに杯を交わした。
僧侶の男と魔導士の女性も、それを見て楽しそうに酒を口にする。
しばらくして運ばれてきた大量の食事を食べていると、向かいの円卓の方で、何やら揉め事が起こり始めた。
「と言うわけで、本日をもってお前を追放させてもらう!」
「ま、待ってくれ、どういうことだ⁈ 2年も一緒にやってきたじゃないか! どうした突然⁈」
「なあに、お前よりも優秀な魔導士が見つかったから、メンバーを入れ替えようと思ってなあ。紹介するぜ。お前の代わりに新しく加入するメンバー、イリーナだ!」
「どうぞよろしくね♡」
なにあれ。
人相の悪い屈強な男が率いるパーティーと、それに抗議する害の無さそうな青年。そして色気たっぷりの雰囲気を纏いながら、声色を高くしてお辞儀をする女。
ミレイユがチキンをほお張りながら眺めていると、「またか」とマクスがうんざりしたような視線を投げた。
「最近妙に流行っているんだ。ああやってパーティーメンバーを突然解雇するの」
「へえ。なんでまた急に」
「隣国の冒険者ギルドが、人員整理で経営改善に成功したって話が広まってね。それをまねてか、強くなったパーティーが、役割の被る奴を切って、もっと優秀な奴を雇うようになったんだ」
「ギルド単位でならともかく、パーティーであれをやるのはどうかと思うがなあ。新しい奴と馴染むのも時間がいるし、連携なんかもすぐには身につくものじゃない」
マクスの解説に、戦士の男が付け足した。
ふーん、と面白くなさそうに酒を口にしてから、ミレイユが続ける。
「どうする? ぶっ飛ばしていいなら殴って来るけど」
「揉め事はだめだ。……まあ、今回は女絡みでの入れ替えだろうし、ああいう私情で追放を行ってしまうリーダーの下にいるよりは、別なパーティーに入った方が彼の方にもなるかもね」
「2年も一緒のパーティーにはいたってことは、場所にこだわらなければ、次の働き口もありそうだしなあ」
形は最悪だが、追放された男にとっては、ある意味良い機会なのかもしれない。
納得がいかなそうに酒場を去っていく、追放された男の背を見送って、食事を再開する。
「追放、ねえ……」
何を思ったか、少ししんみりした様子で酒をあおるミレイユ。
少し静まった賑やかさに、今がタイミングと思ったマクスが、改まった様子で切り出した。
「なあミレイユ。君さえよければ、このまま『永光の星』の一員になる気はないかい?」
「――え?」
突然の提案に目を丸くするミレイユ。
しかし、他のパーティーメンバーは既に話を聞いているのか、特に驚いたそぶりは見せなかった。
「君は腕も確かで、仕事にも実直。何度か一緒に仕事をしてきたけど、連携もしっかりできるし、パーティーメンバーとの関係も良好だ」
「でもあたし29だぜ。肉体的には下るばかりだけど」
「今の実力は十分全盛だし、すぐに衰えるものでもないだろ? それに経験が豊富な人材は貴重だからね。僕たちSランクパーティーだから、安定して依頼も受けられる。悪い話じゃないとは思うけど、どうだい?」
確かに、悪い話じゃない。
個人事業と違って、自分の時間は少なくなるが、マクスがリーダーの『永光の星』は王都でも名の知れたSランクパーティーだ。安定して高額の依頼が舞い込んでくるので、入れば将来が高い水準で安定するだろう。
傭兵は肉体仕事。衰える気は更々ないが、危険も伴う以上、いつまでも、と将来を見据えるのも無理がある。
皆の視線から、自分の返事に期待しているのが伝わってくる。
マクスのパーティーは、良い人たちの集まりだ。ここに身を置けるのなら、それは非常にありがたい話ではある。……のだが、
「――毎日こいつが吸えるなら、入ろうかな」
ミレイユが太い葉巻を取り出して微笑むと、「「「「あー……」」」」と皆が難しい顔になった。
OK、なんて返事を少し期待してたのか、申し訳なさ半分、寂しさ半分といった様子で、ミレイユが苦笑した。
「またあたしが参加できそうな依頼があったら誘ってよ。金の分はしっかり働くからさ!」
ミレイユが声を明るくして、マクスの肩をバシバシ叩く。
気を遣われたことを察して、マクスも空気を戻し、その後は楽しい食事会を再開した。
マクスたちと別れ、酒場を後にして、人気の少ない路地裏へ入る。
酒で火照った体に葉巻を咥え、炎の魔術で火をつけてから、煙をたっぷり吸いこんで、吐き出した。
「……クソうめえ」
暗い路地裏に、ほんのり灯る葉巻の火。
嬉しさと、罪悪感。将来への少しの不安と、今感じる一人という解放感。
胸と体に渦巻く全てを煙に乗せ、寂しげな息とともに、路地裏の暗がりに吐き出した。
♢ ♢ ♢
葉巻を3本路地裏で溶かした後、ミレイユは城下町の場末にある宿屋に泊まった。
街の中心付近の宿屋は、喫煙スペースでしか葉巻が吸えない。ミレイユはどこでも葉巻が吸えればいいというわけではなく、一人になれる場所で、ゆっくりと葉巻が吸いたいのだ。
部屋のバルコニーのフェンスに寄りかかり、雲の多い星空を眺めて、本日4本目の葉巻に火をつける。
「……」
ドラゴン討伐依頼中は、吸える機会が無かったからペースが速い。依頼前に吸い貯めはしたのだが、やはり煙というものはストックが効かない。
一息で葉巻の3分の1を灰にしながら、ふと考える。
マリアとマクス、どっちも断ってしまったなあ、と。
実力は相応にあるけれども、毎度機会に恵まれるとは限らない。そういう意味でもったいない話だったと思ってしまう。
15で旅に出てから、今29。14年を一人で生き抜いてきたのは、自分の自信であり、誇りである。
力の足りない駆け出しの時。中々依頼が取れずに不安で寝付けない時。なにか不安に駆られたり、悩んだりするとき、市場で何となく目についた煙草を口にした。
灰を煙が巡る感覚に、最初はむせ返ったが、なんとなく抱えてる不安が煙にまかれる気分が心地よくて、すっかり癖になってしまい、今や重度のヘビースモーカーだ。
「婚約破棄に、追放ねえ……」
どちらも自分には縁のなかった話。
本人たちにとっては気の毒な話だが、そういう話にミレイユは少しばかり憧れがある。
縁が壊れる、ということは、誰かと繋がるだけの縁を持っていたということだ。
どこでも良いというわけではない。少なくとも、自分が身を置いてもいいと思えるような場所が。
マリアも政略的な目的から始まった縁談だったが、相手を好きになった。あの青年も、追放されたけど、2年間パーティーメンバーとして受け入れられていた。
そういう経験は、今のところ自分にはない。
一人の気楽さも好きだが、誰かと一緒にいることへの憧れもある。
今日ついつい口にしてしまったが、今や既に29。戦士としても女としても、そろそろ全盛期を越える頃で、下りを見据えなくてはならない。
市場価値が落ちない内に、どこかに収まりたい思いもある。だから、今回マリアとマクスに誘われたことは嬉しかったし、二人ともミレイユからも印象が良いので、まさに渡りに船だった。
だが、その誘いを受けるには、条件があった。
「……ふうーーー」
それは、喫煙をやめること。
ミレイユは限界まで短くなった葉巻を吸い殻に捨て、新しい葉巻を口にし火をつける。
本日5本。このペースなら、今夜のうちに1箱消える。
喫煙ぐらい許してほしい、なんて我儘が通じないことなんて承知だ。
良いとこの貴族の従者が、ヤニの香りを纏って働くわけにはいかないし、冒険者だって依頼によっては煙草の香りは断ち切らなければならない。
臭いに敏感な魔物を討伐するときは、可能な限り臭いを断ち切らなければならない。依頼を選べば野営でも吸うことはできるが、後から入った自分が依頼を選ばせるわけにもいかない。
買われているのは分かっている。それだけの腕も磨いてきた。
剣の手入れも、剣術や魔術の鍛錬も欠かしたことは無い。
一人で生きるのに必要だったからだ。それは、煙草も。
「……」
6本目。ほとんど考えずに火をつけた。
吐く息に、肺にヤニが染みついているのがわかる。肺を洗えば取れるのだろうか。
居場所を得るのは、折り合いをつけることなのだろうか。それとも一人で葉巻を吸えるこの時間を、居場所と呼んでもいいのだろうか。
幸せの形などないと分かった上で、私の未来はどっちだ。
吐いた煙が宙で霧散した。雲は形を残して浮かぶ中、煙は世界に溶けて消える。
「……」
考えがまとまらなくなってきて、ミレイユは一段深く葉巻を吸った。
脳を煙が満たしていく。不安が煙になってどこかへ溶けていく。
少なくとも、将来や生き方への不安を煙に巻けるうちは、幸せなのかもしれない。
明日は本数を減らしてみようか。
そう考えながら、ミレイユは7本目の葉巻に火をつけた。
自分の何もかもが解けて混ざった煙が、バルコニーから世界へ溶け続けた。
~完~




