裏アカのFriend
SNSで、初めて「裏アカ」を作った。
普段は別のアカウント——つまりは「表アカ」で、リア友やネッ友たちとつながっている私。それなりに交流を楽しんでいるけれど、ときどき小さな苛立ちや悩みを感じることもある。
もともと、SNSのアカウントを作ったのは、リアルで言いにくい愚痴を吐き出すためだった。でも、リア友数人に教えたら、それがリア友の友だちにも広まって、ネットでしか知らない人ともつながって。気づけば、このアカウントで愚痴を吐くことなんてできなくなっていた。
だから、私は愚痴を吐ける鍵つきのアカウント、いわゆる「裏アカ」を作った。鍵をつけてしまえば、他の人から勝手にフォローされることはないし、投稿も見えない。フォロー申請が来る可能性はあるけれど、許可するかどうかは自分で決められる。これなら、投稿への反応はもらえない代わりに、1人で愚痴を書き放題だ。
裏アカの名前は『黒猫』。表アカの名前が『白猫』なので、正反対の名前をつけた。
リア友の一部にはこのアカウントの存在を教えようかと思ったが、そうするとリア友に関する愚痴が書けなくなる。表アカを教えたときにすぐ広まったことも思い出し、誰にも教えないことに決めた。
私は、表アカで以前のようにフォロワーと絡む傍ら、裏アカで1人愚痴を呟くようになった。
【黒猫 @kuroneko_black】
『仕事疲れたなー
上司の考え古すぎ、世代間ギャップがストレス』
『友だちのWちゃんは、頭よくて仕事できて尊敬できる子
でも、実は同僚と不倫してるんだよね
Wちゃんと価値観の違いを感じて鬱……』
『買い物行った帰り、しつこくナンパされた
疲れてて早く帰りたいのに、ほんと迷惑
ああいうのはさっさと滅びてほしい』
こんなふうに愚痴を書いた投稿を1人で続け、1年が経過したころ、知らないアカウントからフォロー申請が届いた。
ユーザー名は『Friend』。このアカウントも私と同じく鍵アカで、フォロー・フォロワーは共に0だった。アイコンには、海外のきれいな街並みと思われる写真が使われている。プロフィールには、英語で『I'm your friend.』と書かれていた。その後ろに笑顔を浮かべた女性の絵文字がついていたので、この人は女性なのだろう。
(この人、私の投稿内容を見たわけでもないのに、どうしてフォローしたいと思ったんだろう?)
訝しく思ったが、1人で愚痴を呟き続けるのに飽きていた私は、このアカウントを受け入れてみることにした。この人は、日本人ではないのかもしれない。海外の人と友だちになれるなんて、少しわくわくする。私は投稿に個人情報も書いていないし、つながって困るようなこともないだろう。
私は、彼女からのフォロー申請を許可するボタンをタップし、こちらからもフォロー申請を送った。
翌日、申請が許可され、私と謎のアカウントは相互フォローになった。
申請が許可されたことで、彼女の投稿が見られるようになったが、写真ばかり投稿されていた。しかも、投稿は5つしかない。
投稿をさかのぼり、最初の写真を見てみる。一番古い写真は、10ヶ月ほど前に投稿されたらしい。赤や黄、緑色のカラフルでおしゃれな家が並んでいる写真だ。童話に出てきそうな、メルヘンな外観をしている。どこの国の写真かは分からないが、日本でないのはたしかだ。
次に写真が投稿されたのは、8ヶ月前。中華街を写した写真のようだ。大きな門と中国語の書かれた大きな看板、街を歩く人たちが写っている。
3番目の写真は、6ヶ月前に投稿されていた。どこかの寺院を写したもののようだ。気になったので画像検索をかけてみると、投稿されているものとまったく同じ写真は出てこなかったが、類似の写真として清水寺の写真がたくさん出てきた。きっとFriendが、清水寺で自ら撮影したものなのだろう。
4番目の投稿があったのは、3ヶ月前。東京の新宿駅を写した写真だ。新宿駅は、私が通勤で利用している駅でもある。Friendもこの駅を利用しているのだろうか。すでに何度もすれ違っていたのなら面白いな、と思う。
(日本に住んでいる海外の人なのかな。それとも、日本へ旅行に来ているとか?)
Friendは、どんな人なのだろう。短いプロフィールや写真しか手がかりがないため、答えにはたどり着けそうになかったが、あれこれ想像するだけで面白かった。
そして、最新の投稿は1ヶ月前。私が通勤の途中で通りかかる、百貨店を写した写真だった。
(もしかすると、本当に近くに住んでいる人なのかな)
見覚えのある場所の写真を見て、そんなことを考える。もしそうなら、仲良くなれた場合にオフ会がしやすそうだ。いや、でも……写真しか投稿していない人だし、海外の人にこちらから絡みにいくのもハードルが高い。これから仲良くなる可能性は低いか。私は苦笑して、SNSを閉じた。
***
それから5日後。Friendが、新たな写真を投稿していた。
「これは……」
思わず目を見張る。私が週に数回買い物へ行っているスーパーの写真だった。このスーパーは、私が1人暮らしをしているマンションから歩いて15分ほどの距離にある。Friendも、やはり近くに住んでいるのだろうか。
そして、3日後。私はFriendの新規投稿を見て息を呑んだ。
投稿されていたのは、私のマンションから歩いて5分の距離にあるコンビニの写真だった。
(なんだか気味が悪いな……)
あまりにも自分の住んでいるところに近い写真を見て、不安になってきた。しかも、よく考えるとFriendと私がフォローしているのはお互いだけ。この写真は「私」に見せるため、わざわざ投稿している可能性もある。気づいた途端、動悸がして体が震えてきた。これは、Friendが私のもとに近づいてきていると知らせているのか? あるいは、私を見つけたというメッセージ?
私はこのところ、裏アカに愚痴を投稿する回数が減っていた。やはり、Friendの目を気にしてしまうのだ。いくら海外の知らない人だとしても、人間が見ていると思うと投稿を躊躇してしまう。おまけに、こんな写真まで投稿されている。私は、Friendとつながったことを悔やみ始めていた。
それから2日後。SNSを開いた私は、Friendの投稿した写真を見て、驚きのあまりスマホを放り投げてしまった。
「なんで……!?」
激しく脈打つ胸を押さえながらスマホを拾い、もう一度写真を見る。
それは、私の住むマンションの写真だった。下から見上げるようなアングルで撮影されている。似ている別の建物かもしれないと思い、必死で違いを探す。しかし、マンションの後ろに写った特徴的な形のビルが、これが私の住むマンションの写真であることを示していた。
「どうしたらいいの?」
私は床にうずくまった。体を自分の腕で抱きしめても、全身の震えが止まらない。それでも、こんなことは誰にも相談できなかった。友だちや知人の愚痴も投稿していた裏アカでの出来事なんて、周りの人に話せるわけがない。しかも、私は天涯孤独の身だ。頼れる人が誰1人いなかった。警察に話すことも考えたが、実害があるわけではないので、おそらく対応してくれないだろう。
Friendは、いったいなにをするつもりなんだろうか。私にこの写真を見せる理由は、なんなのだろう。
(直接、聞いてみればいいんだ!)
私はそう思い立ち、Friendの投稿にリプを送ることにした。
【黒猫 @kuroneko_black】
『初めまして
このマンションの写真を、なぜ投稿したのですか?』
どんな反応をされるかと緊張しながらリプを送ったが、返信は一向になかった。
しかし、5時間後——夜中にFriendからの返信があった。
【Friend @your_friend】
『It is because I am your friend!』
Friendの返信内容を翻訳すると『私があなたの友だちだから』という意味だった。この答えをどう受け取るのが正解なのかは分からない。けれど、私の不安は一気に膨らんでしまった。
私があなたの友だちだから、このマンションの写真を投稿した——そういう意味なのだとしたら、Friendは私がここに住んでいると確信したうえで写真を投稿し、私に見せているということではないか。
「もう嫌だ……」
SNSを閉じ、スマホをいつもより遠くに置くと、私はベッドへ上がり布団に潜り込んだ。Friendのことばかり考えてしまい、なかなか眠りにつけなかった。
***
翌日の23時。仕事から帰宅した私は、イライラしていた。同僚が仕事でミスをして、そのせいで帰りが遅くなったのだ。だが、愚痴を投稿しようとSNSを開いた途端、私のイライラは恐怖に変わった。
「こ、これ、私の……」
Friendが投稿していたのは、私が住むマンションのドアの写真だった。ドアには私の部屋の部屋番号が書いてあるし、ドア前には見慣れた宅配ボックスだって置いてある。紛れもなく、「私の部屋のドア」の写真だ。
Friendは、私の部屋の前まで来たということ……?
全身にぞわりと鳥肌が立ち、息が苦しくなる。
不安で仕方なかったが、もう夜の遅い時間だ。明日の昼間、警察に相談しよう。私はベッドに上がって毛布にくるまり、怯えながら夜を明かした。
***
一睡もできないまま、明け方の5時を迎えた。おそるおそるSNSを開き、裏アカのタイムラインを見る。Friendは、私が住む部屋のドアの写真を投稿したあとは、なにも投稿していなかった。少しだけホッとした瞬間、SNSが自動で更新され、Friendの新たな投稿が表示された。
「!?」
それは、私の部屋の中を写した写真だった。まさに今、自分が使っているベッドが中央に写っており、シーツには真っ赤な血がついている。
「な、なに、これ」
……さらに、あることに気づいた。今、私のスマホに表示されている時刻は、5時12分。しかし、この写真の投稿時間は、5時14分——なぜか、未来の時間になっていた。
恐ろしい写真が投稿されているのに加え、不可解なことが起きている。落ち着こうと何度か深呼吸をしようとしたが、うまくいかない。
(まずは落ち着け……警察に、電話しないと)
頭の中はひどく混乱していた。このままでは、本当におかしくなってしまいそうだった。それでも、警察に相談して今の状況を伝えなければ、実際に最悪な事態が起きるかもしれない。
とにかく、きちんと話ができるように頭の中を整理しないと——そう思った直後、背後で窓ガラスの割れる音がした。
Fin.
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