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第4章 委員長、精査対象になる

 第4章をお読みいただき、ありがとうございます。


 王都へ招集され、国家秩序案件へ正式に関与するようになった委員長。


 ここから先、彼女の役割はさらに広がっていきます。


 これまでは、

 町の揉め事、

 街区単位の均衡、

 空間構造の安定化など、

 目に見える秩序の維持が主な任務でした。


 しかし、国家機関に正式任命されたことで、

 委員長は「秩序を執行する側」であると同時に、

 その力を「観測・分析される側」にもなります。


 拳とは何か。


 打撃なのか。

 干渉なのか。

 それとも、さらに別の概念なのか。


 魔術院による精査、

 属性適性の検査、

 干渉波形の観測。


 これまで感覚的に運用していた力が、

 理論として言語化され始めます。


 また本章では、

 新たな適性や魔道具の登場により、

 委員長の対応範囲が“近接”から“遠隔”へと広がる兆しも描かれていきます。


 とはいえ、本人のスタンスは変わりません。


 話す。

 確認する。

 警告する。


 それでも整わなければ——拳。


 規模が国家になっても、

 観測対象になっても、

 委員長の優先順位は常に同じです。


 秩序を守ること。


 それは支配ではなく、

 成立させる行為。


 第4章では、

 力の構造、国家との関係、

 そして“拳以外の選択肢”が少しずつ見え始めます。


 それでも最後に選ばれるのが拳なのかどうか——


 その過程も含め、楽しんでいただければ幸いです。

<第1話>

 王都魔術院・中央検査棟。


 王城から徒歩十五分。


 行政区と研究区の境界に位置するその建物は、

 騎士団本部よりも静かで、

 そしてどこか——警戒が濃かった。


 案内役の研究官が言う。


「本来、一般協力官が立ち入る区域ではありません」


「承知しています」


「今回は特例です」


 私は頷いた。


 国家秩序執行協力官。


 特別干渉権限付与。


 あの任命書は、権限と同時に——

 監視対象化も意味していた。


 当然だと思う。


 秩序空白域へ干渉し、

 空間構造を安定化させた存在。


 安全確認なしで放置する方が無責任だ。


 ***


 検査室は円形だった。


 床面に魔術式が刻まれ、

 天井には測定結晶が並ぶ。


 中央に立つよう指示される。


 白衣の術師達が距離を取った。


 魔術院長も同席している。


「緊張は?」


「ありません」


「恐怖は?」


「測定内容次第です」


 正直に答えた。


 院長は小さく笑う。


「実に事務的だ」


「検査は業務ですので」


 私は眼鏡を直す。


 開始の合図が出た。


 床の術式が発光する。


 最初は基礎測定。



魔力量

魔術適性

干渉耐性

精神安定値



 数値が結晶に浮かぶ。


 研究官達がざわめいた。


「魔力量は平均以下……?」


「だが干渉耐性が異常値だ」


「精神安定値が揺れない……」


 院長が言う。


「拳スキルを発動してもらえるか」


「打撃対象は?」


「空間で構わない」


 私は軽く頷いた。


 拳を握る。


 殴らない。


 意識だけ乗せる。


 その瞬間。


 測定結晶が一斉に明滅した。


 術式が軋む。


「負荷上昇!」


「抑止干渉確認!」


「いや違う、これは——」


 私は力を抜いた。


 術式が安定する。


 院長が静かに言った。


「打撃ではないな」


「はい」


「干渉でもない」


「はい」


 数秒の沈黙。


 院長が結論を出す。


「秩序定義型スキル」


 検査室の空気が張り詰めた。


「理論上存在は仮定されていたが……」


「実例は初だ」


 私は記録板を見る。


「問題はありますか」


「問題しかない」


 だが院長は笑っていた。


 ***


 次の測定に移る。


「属性適性を確認する」


 水晶柱が四方に配置される。


 火。

 風。

 土。

 水。


 順番に魔力を流すよう指示された。


 火。


 反応なし。


 風。


 微弱。


 土。


 ほぼゼロ。


 そして——水。


 触れた瞬間。


 水晶柱の内部で、

 液体が自発的に循環した。


 波紋が広がる。


 研究官が声を上げる。


「適性あり!」


「いや、これは適性どころじゃ——」


 水晶が霧を帯びる。


 空間湿度が変化する。


 私は手を離した。


 現象は止まる。


 院長が記録を確認する。


「自覚は?」


「ありません」


「水魔術経験は?」


「皆無です」


 院長は静かに頷いた。


「拳の性質と干渉している可能性がある」


「秩序干渉と属性適性が連動している、と?」


「仮説段階だがな」


 私は記録板を見つめた。


 水。


 遠距離適性。


 形状保持。


 拘束。


 穿孔。


 頭の中で整理される。


 だが——


「現時点での運用予定はありません」


 院長が眉を上げた。


「興味は?」


「業務上必要なら習得します」


 研究官が小声で言う。


「戦闘狂ではないのか……」


 聞こえている。


 私は答える。


「拳で足りますので」


 院長が笑った。


 ***


 検査終了後。


 院長が一つの箱を持ってきた。


 細長い黒箱。


「干渉測定用補助魔道具だ」


「私に?」


「水適性と拳干渉を安定観測するためだ」


 箱を開く。


 内部には——


 蒼い紋様の刻まれた、

 環状の魔導器具。


 腕輪型。


「干渉時の秩序波形を可視化する」


「戦闘補助では?」


「副次的にはなり得る」


 私は手に取る。


 軽い。


 だが内部に圧がある。


「装着許可を」


「正式貸与だ」


 私は左手首に装着した。


 瞬間。


 視界の端に淡い光が走る。



干渉補助装置 起動

秩序波形観測モード



 私は静かに頷いた。


「業務に活用します」


 院長が言う。


「君の拳は、国家の外側に届き始めている」


「自覚は?」


「ありません」


 少し考え、補足する。


「整える範囲が広がっただけです」


 院長は満足そうに頷いた。


 ***


 検査棟を出る。


 王都の空気は変わらない。


 人がいて、

 秩序があり、

 例外もある。


 腕輪が微かに光る。


 私は眼鏡を直した。


 国家任務。


 魔術院観測対象。


 水適性。


 だが手順は同じ。


 話す。


 確認する。


 警告する。


 それでも整わなければ——


 拳。


 ただし今度は、

 少しだけ遠くにも届くらしい。


<第2話>

 王都南部、水路管理区。


 石積みの水路が幾層にも連なり、地下へ続く水流が低く唸っていた。


 整備騎士団が慌ただしく走り回っている。


「協力官殿、こちらです」


 現場責任者に案内され、水路縁へ向かう。


 湿度が高い。足場も滑る。


「状況を」


「水流が制御不能です。魔術師が干渉しても、水が言うことを聞かない」


 言語化が曖昧だ。


 私は水面を見下ろした。


 波形を観察する。


 周期的な隆起。流速の急変。局所的な圧力変動。


 内部に駆動源がある。


「水中ですね」


「はい。遠距離型の魔物が一体……のはずです」


 “のはず”は信用しない。


 腕輪を起動し、観測値を展開する。


 遠距離、水中。


 拳は届かない。


 なら、射出する。


 “日本”で塾講のバイトをしていた頃、生徒によく言っていた。


 暗記ではなく導出。


 現象を式に落とせば制御できる。


 まず水を集束させる。


 形成量は単純な積でいい。


W = rho * A * L * alpha


 rho は周囲水分密度。

 A は集束断面積。

 L は集束距離。

 alpha は魔力補正係数。


 空気中の水分が収束し、水柱が形成される。


 次に速度。


 圧力差射出として近似する。


v = sqrt( 2 * delta_p / ( rho * (1 + K) ) )


 delta_p は生成圧力差。

 K は損失係数。


 水路内部は乱流。損失は大きい。


 圧力を上乗せする。


 貫通条件は動圧で判断する。


q = (1/2) * rho * v^2


 さらに距離減衰を補正。


v(x) = v0 * exp( -k * x )


 減衰係数 k を保守的に設定。


 形状保持のため槍状固定。


We = ( rho * v^2 * D ) / gamma_eff


 We は十分大きい。


 崩壊しない。


 演算終了。


「射出します」


 水槍を放つ。


 水面を裂き、暗渠の影を貫いた。


 流れの脈動が止まる。


 騎士団が歓声を上げた。


「止まった……!」


 だが水流が再び揺れる。


 影が分裂した。


「二体います」


「えっ」


 一体が跳ね上がる。


 距離、五メートル。


 数式は展開されない。


 だが何も考えていないわけではない。


 拳のスキルが自動で最適打撃を算出している。


 踏み込み距離。


 回転角。


 衝撃伝達点。


 演算過程は表示されない。


 結果だけが確定している。


「最終通達です」


 踏み込み、顎へ一撃。


 水面は割れず、魔物だけが沈んだ。


 遅れて水柱が立つ。


 残る一体が水路奥へ逃走する。


 距離、二十五メートル。


 水槍再構築より速い手段を選ぶ。


 氷。


 氷は脆性材料。


 欠陥があれば折れる。


 破断条件を確認する。


K_I = Y * sigma * sqrt( pi * a )


 K_I が破壊靭性 K_Ic を超えなければ破断しない。


K_I < K_Ic


 結晶配向を揃える。


 内部欠陥を最小化。


 細く、長く、折れない槍。


 水面上に氷槍が形成される。


「射出」


 氷槍が滑走し、逃走個体を貫いた。


 凍結拘束。


 水流が静まる。


 騎士団が深く頭を下げる。


「遠距離も近距離も……正確すぎます」


 私は首を振った。


 特別なことはしていない。


 現象を式に落としただけだ。


 そして拳は——


 式の外側にある。


 解を導出する必要すらない。


 最適解が最初から提示される。


 それだけの違いだ。


 腕輪のログを確認し、水路を後にする。


 次はもう少し効率化できる。


 導出は終わっている。

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