表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/4

第2章 委員長、正式業務を受ける

第1章では、委員長が異世界に立ち、

 拳という不本意ながら合理的な手段を得て、

 町に居場所を見つけるまでが描かれました。


 そして第2章からは——

 彼女の存在が「個人」ではなく、

 役割として機能し始める物語になります。


 秩序を守る者。

 争いを未然に止める者。

 話し合いを最後まで諦めない者。


 この世界には、剣で解決する者も、

 魔法で制圧する者もいます。


 ですが彼女は、そのどちらでもありません。


 まず言葉。

 次に警告。

 それでも通じなければ——拳。


 それが彼女なりの、最も誠実な手順です。


 ギルドから正式に任務を受け、

 町の治安、利権、暴力、理不尽と向き合う中で、

 委員長という役割は少しずつ拡張されていきます。


 果たしてそれは、

 ただの学級委員長の延長なのか。


 それとも——

 この世界における、別の“執行者”なのか。


 第2章では、

 優しさと規律を捨てなかった一人の少女が、

 秩序そのものとして扱われ始める過程を描きます。


 もちろん、やることは変わりません。


 まずは話し合い。


 それでもダメなら。


 ——最終警告は、今日も静かです。


 「奥歯ガタガタ言わせたろか」

<第1話>

ギルドカードを受け取ってから、三日が経った。


 私はまだ、この世界の貨幣価値にも、

 宿の相場にも、パン一個の重さにも慣れていない。


 だが一つだけ、確信していることがある。


 ——この町、揉め事が多い。


 市場での値段交渉。

 酒場での喧嘩。

 路地裏での窃盗未遂。


 私はその都度、

 まず声をかけ、

 次に警告し、

 最後に拳で止めてきた。


 結果。


 ギルドから呼び出しを受けた。


 受付カウンターの前に立つと、

 職員が妙に丁寧な笑顔で言った。


「如月さん。正式に依頼をお願いしたい案件があります」


「依頼……ですか」


「はい。あなたの登録区分——」


 書類を確認する。


「秩序執行補助としての任務です」


 私は姿勢を正した。


「内容をお聞かせください」


 職員は声を落とす。


「最近、下層区画で“徴収屋”を名乗る集団が活動しています」


「徴収屋?」


「用心棒代、通行料、保護費……

 要は非公式な取り立てです」


 つまり、秩序を乱す存在。


 私は即答した。


「対話を試みます」


「……え?」


「話し合いで解決可能なら、それが最善です」


 職員は一瞬言葉を失い、

 やがて苦笑した。


「通じなかった場合は?」


「段階的に対応します」


 ——拳まで含めて。


 ***


 下層区画は、町の光が届きにくい場所だった。


 石畳は割れ、建物は傾き、

 空気には諦めが混じっている。


 路地の奥。


 噂の集団はすぐ見つかった。


 粗暴な男たちが五人。

 商人らしき男性を囲んでいる。


「金を払えって言ってんだろ!」


「ま、待ってくれ……今は——」


 私は歩み出た。


「失礼します」


 全員の視線がこちらを向く。


 私は深く一礼した。


「私はギルド登録の秩序執行補助員です。

 本件について状況確認に来ました」


「……は?」


「まず事実関係を整理させてください。

 あなた方は正規の徴収権限を持っていますか?」


「ねぇよ」


 即答。


 清々しいほどの即答。


「ではこの徴収は不当行為に該当します。

 直ちに中止してください」


 沈黙のあと——笑い声。


「なんだこの女」

「教師かよ」

「丸腰じゃねぇか」


 私は頷いた。


「はい。丸腰です」


「だったら——」


 男が一歩近づく。


「どう止める気だ?」


 私は、静かに拳を握った。


「段階的に対応します」


「は?」


「最終段階に移行しないことを願います」


 スキルが、静かに作動する。


 だが私はまだ動かない。


「最後に確認します」


 ——委員長なので。


「不当徴収を中止し、

 今後同様の行為を行わないと約束できますか?」


 答え。


「できるわけねぇだろ!」


 拳。


 最短軌道。


 顎。


 男が崩れ落ちる。


 残り四人が固まる。


「まだ段階は残っています」


 私は淡々と言った。


「中止しますか?」


 十秒後。


 全員が武器を置いていた。


 ***


 任務報告を終え、ギルドを出る。


 職員が、どこか遠い目で言った。


「話し合い……しました?」


「はい」


「どのくらい?」


「約二分です」


「……そうですか」


 私はカードを見つめる。


 職業:委員長。


 役割:秩序執行補助。


 異世界でも、

 私のやることは変わらない。


 ただ一つ違うのは——


 この世界では、

 拳が秩序の言語として機能すること。


 夕暮れの町を歩きながら、私は思う。


 話す。

 理解を求める。

 それでもダメなら止める。


 委員長とは、

 結局その繰り返しだ。


 遠くでまた、怒鳴り声が上がる。


 私は足を向ける。


 ——業務発生。


 深呼吸。


 眼鏡を直す。


 そして、いつもの一言。


「奥歯ガタガタ言わせたろか」


<第2話>

 正式任務を終えた翌日。


 私は再びギルドに呼び出されていた。


 受付職員は、前回よりも明らかに丁寧な口調で言う。


「如月さん。本日は“配置任務”です」


「配置……ですか?」


「はい。戦闘ではなく、抑止目的になります」


 書類を差し出される。



任務名:市場区画巡回

目的:揉め事の未然防止

特記事項:存在可視状態を維持



「存在……可視?」


「簡単に言うと」


 職員は言いにくそうに笑った。


「そこに立っていてください」


「……はい?」


「それだけで揉め事が減ると判断されました」


 私は三秒ほど思考を停止させた。


 だが、理解はできる。


 昨日の徴収屋。

 門前のゴブリン。

 路地裏の喧嘩。


 いずれも、拳を振るう前に

 空気が変わっていた。


「……つまり私は」


「抑止力です」


 即答だった。


 ***


 市場区画。


 露店が並び、客引きが叫び、

 値切り交渉が飛び交う。


 私は、指定された位置に立った。


 背筋を伸ばし、腕を組まず、

 ただ静かに周囲を見る。


 それだけ。


 だが——


 変化はすぐに現れた。


「おい、その値段は高——」


 客が途中で言葉を飲み込む。


 視線の先に、私。


「……いや、いい。払う」


 別の露店。


「兄ちゃん、その財布——」


 スリ未遂の手が止まる。


 私と目が合う。


「……やめとこ」


 酒樽の前。


「もう一杯——」


 酔漢が、私を見て姿勢を正す。


「……帰るか」


 私は何もしていない。


 声もかけていない。


 拳も振るっていない。


 ただ——立っているだけ。


 それなのに。


 秩序が整っていく。


 私は少しだけ、複雑な気持ちになった。


 これではまるで。


 「話す前から通じている」みたいだ。


 ***


 巡回終了後。


 報告書を提出すると、

 職員が真顔で言った。


「本日、市場区画の揉め事発生件数はゼロです」


「……それは良かったです」


「あなたが立っていただけです」


 訂正の余地がない事実だった。


 私はカードを見つめる。



職業:委員長

役割:秩序執行補助



 ふと、違和感を覚えた。


 カードの文字が、

 一瞬だけ揺らいだ気がした。


 見間違いだろうか。


 だがその下に、

 うっすらと別の表示が浮かびかける。



潜在役割:———



 読めない。


 次の瞬間には消えていた。


「……?」


 職員が首を傾げる。


「どうしました?」


「いえ、何でもありません」


 私はカードをしまった。


 まだ確証はない。


 だが一つだけ分かる。


 この拳は、単なる攻撃手段ではない。


 殴る前から、

 秩序に影響を与えている。


 それが何を意味するのか。


 考えながら、私はギルドを出た。


 夕方の市場。


 また小さな言い争いが起きている。


 私は近づく。


 声をかける。


「状況を整理しましょう」


 相手が黙る。


 やはりだ。


 拳を見せなくても、

 秩序が先に働く。


 それでも私は手順を守る。


 話す。

 確認する。

 警告する。


 それでもダメなら——


 拳だ。


 委員長とは、そういう役割だ。


 今日もまた、私は巡回を続ける。


 この世界の秩序が、

 静かに整っていくのを見届けながら。


 ——もし乱れるなら。


 その時は。


「奥歯ガタガタ言わせたろか」


<第3話>

 市場巡回任務から二日後。


 私は再びギルドに呼び出されていた。


 だが今回は、空気が違う。


 受付ではなく、奥の応接室。


 扉の前には衛兵が立っている。


「如月真面目さんですね。中へ」


 私は頷き、入室した。


 室内には三人。


 ギルド支部長。

 鎧を着た騎士。

 そして、ローブ姿の女性。


 私は一礼した。


「お呼びと伺い、参りました」


 騎士が口を開く。


「単刀直入に言おう。君の存在は、すでに王国治安局でも把握されている」


「……はい?」


「門前戦闘、徴収屋制圧、市場抑止」


 机に書類が並ぶ。


「すべて、拳のみで行われた」


 訂正の余地はない。


「確認しますが」


 ローブの女性が静かに言う。


「あなたは必ず、対話を試みますね?」


「はい。それが最善です」


「なぜ?」


「秩序維持は、納得の上で成立すべきだからです」


 彼女は目を細めた。


 観察するような視線。


「……理論と手段が一致している」


 騎士が腕を組む。


「問題はそこではない」


 書類を一枚、こちらへ滑らせた。



報告:拳スキルによる精神抑止現象確認



「抑止……?」


「あなたが視界に入るだけで、

 犯罪行動を中断する例が複数確認された」


 市場巡回の件だ。


「さらに」


 ローブの女性が続ける。


「あなたが“警告段階”に入った瞬間、

 相手の闘争本能が急激に低下している」


「……殴る前に?」


「ええ」


 私は拳を見た。


 ただの拳ではない。


 それは分かっていたが——


 ここまでとは。


 騎士が言う。


「本題に入ろう。

 君に王国協力任務を打診したい」


「協力……?」


「最近、“抑止が効かない存在”が確認された」


 空気が、少しだけ重くなる。


「通常の威圧、武力、魔法——すべて無反応」


「……話し合いは?」


「不明だ」


 私は静かに頷いた。


「まずは対話を試みます」


 三人が同時にこちらを見る。


 騎士が苦笑した。


「やはりそこからか」


「手順です」


 ローブの女性が小さく笑う。


「もし通じなかったら?」


 私は答える。


「段階的に対応します」


 沈黙の後——


 支部長が言った。


「……頼もしいのか、怖いのか判断に困るな」


 ***


 応接室を出た後。


 私は廊下を歩きながら考えていた。


 抑止が効かない存在。


 つまり——


 拳の概念が通用しない可能性。


 初めての例外だ。


 だが恐怖はない。


 やることは同じだからだ。


 話す。

 確認する。

 警告する。


 それでもダメなら——


 拳。


 ただそれだけ。


 外に出ると、夕暮れだった。


 町の鐘が鳴り、

 人々が帰路につく。


 その光景を見ながら、私は思う。


 この秩序を守るためなら、

 どんな相手でも手順は変えない。


 相手が魔物でも、犯罪者でも、

 抑止が効かない存在でも。


 まずは言う。


 静かに。


 丁寧に。


 そして最後に。


 必要なら——


「奥歯ガタガタ言わせたろか」


<第4話>

 王国治安局の案内で、私は町外れの監視区域へ向かっていた。


 同行者は三名。


 騎士団長補佐。

 魔術監察官。

 そして記録官。


 全員が、どこか緊張している。


「対象はこの先の渓谷に出現します」


 魔術監察官が言った。


「被害は?」


「物理破壊はありません」


「では何が問題なのですか?」


 記録官が答える。


「……近づいた者が、戦意を喪失します」


 私は足を止めた。


「抑止とは逆ですね」


「ええ。あなたの抑止は“秩序側”ですが」


 監察官が続ける。


「対象は“虚無側”です」


 概念の話だと理解した。


 やがて渓谷に到着する。


 そこにいたのは——


 黒い人影のような存在。


 輪郭が曖昧で、

 地面に影だけが濃く落ちている。


 騎士が小声で言った。


「あれが……抑止無効体」


 私は一歩前に出た。


「まず対話を試みます」


 誰も止めなかった。


 止めても無駄だと分かっているのだろう。


 私は静かに声をかける。


「聞こえますか」


 影が揺れる。


「私は秩序執行補助員です」


 返事はない。


「あなたに敵意はありません」


 沈黙。


 だが——


 胸の奥に、妙な感覚が広がる。


 戦意ではない。


 虚無。


 “どうでもよくなる”感覚。


 騎士団が感じたものと同じだ。


 私は眼鏡を直した。


「……なるほど」


 理解した。


 この存在は暴力ではない。


 秩序そのものを希薄化させる存在。


 だから抑止が効かない。


 だが。


 私は一歩、さらに近づいた。


「確認します」


 影の前に立つ。


「あなたに、秩序を乱す意思はありますか?」


 影が揺れた。


 初めて反応があった。


 だが声ではない。


 感情でもない。


 ただ——空白。


 私は拳を握った。


 スキルが作動する。


 だがいつもと違う。


 “打撃算出”が出ない。


 代わりに浮かぶ表示。



概念干渉判定:実行可能



「……干渉」


 私は理解する。


 殴る対象ではない。


 秩序と虚無。


 概念同士の接触。


 私は拳を下ろした。


 そして——手を開いた。


「あなたは秩序を壊したいのではない」


 影が揺れる。


「ただ、希薄にしたいだけですね」


 監察官が息を呑む。


 私は続ける。


「では提案します」


 静かな声で。


「あなたはここにいてください」


 影が揺れる。


「人の往来がある場所には近づかない」


 揺れが止まる。


「秩序を壊さない範囲で存在するなら、

 排除の必要はありません」


 数秒の沈黙。


 やがて——


 影が、ゆっくりと後退した。


 渓谷の奥へ。


 騎士団がざわめく。


「……退いた?」


 私は頷いた。


「対話成立です」


「殴らないのか!?」


「必要ありませんでした」


 当然のように答える。


 拳は最後の手段だ。


 委員長として。


 ***


 帰路。


 監察官が私に言った。


「あなたの拳は、物理ではないのですね」


「はい?」


「秩序概念の執行権」


 私は少し考えた。


 難しい話だが、要約するとこうだ。


「整える力です」


 監察官は小さく笑った。


「やはり委員長ですね」


 夕焼けの中、私は町へ戻る。


 揉め事の声。

 市場の喧騒。

 子供の笑い声。


 秩序は今日も揺らぐ。


 だが、壊れてはいない。


 私は眼鏡を直し、歩き出す。


 話すために。


 整えるために。


 それでもダメなら——


 拳だ。


 委員長として。


 そしてもし。


 秩序すら通じない例外が現れても。


 その時は、別の形で整えるだけだ。


 手順は変わらない。


 まずは確認。


 最後に警告。


 そして必要なら——


「奥歯ガタガタ言わせたろか」

 第2章までお読みいただき、ありがとうございました。


 町に居場所を得た委員長が、

 個人の行動ではなく、

 “役割”として秩序に関わり始めた章となりました。


 正式任務。

 抑止配置。

 王国からの招集。


 そして、

 抑止すら効かない“例外”との対面。


 第1章では、拳は単純な解決手段でした。

 話し合いが通じなかった時の、

 最終手段としての打撃。


 ですが第2章では、

 殴る前から秩序が整い、

 拳を振るわずとも問題が収束し、

 さらには“殴る対象ですらない存在”と向き合うことになります。


 それでも委員長の手順は変わりません。


 まず話す。

 確認する。

 警告する。


 拳はあくまで最後。


 これは力の物語ではなく、

 秩序を成立させる過程の物語だからです。


 そしてもう一つ。


 この章を書いていて強く感じたのは、

 委員長という役割は、

 必ずしも「強さ」で成立するものではないということでした。


 殴らずに済んだ解決。

 存在するだけで整う空気。

 対話によって成立する秩序。


 それらすべてが、

 拳と同じくらい重要な“執行”なのだと思います。


 第3章では、

 王国との関係性、

 拳スキルのさらなる性質、

 そして委員長という役割が

 どこまで拡張されていくのかが描かれていく予定です。


 とはいえ、やることはきっと変わりません。


 話して、

 整えて、

 それでもダメなら——拳。


 最終警告は、今日も静かです。


 「奥歯ガタガタ言わせたろか」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ