表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
かごめ封印  作者: 月音


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

9/19

第9話 九州の高原 ― 心の闇と光 ―

【列車の中 ― 舞鳳の不安】


列車が九州へ向かって走っている。

窓の外には、緑豊かな山々が広がっていた。


舞鳳は、珍しく落ち着かない様子で窓の外を見つめていた。


桃矢が気づいた。

「舞鳳さん…どうかしました?」


「…ん?ああ、いや」

舞鳳が曖昧に答える。


桃矢は舞鳳の横顔を見つめた。

「嘘ですね」


「え?」


「舞鳳さん、さっきから三回もため息ついてます」

桃矢がにっこり笑う。

「何か、心配事があるんですよね?」


舞鳳は少し驚いた顔をした。

「…お前、いつの間にかよく見るようになったな」


「だって、舞鳳さんともう何ヶ月も一緒にいますから」

桃矢が隣に座り直す。

「話してください。何が心配なんですか?」



舞鳳は少し黙った。

そして、静かに口を開いた。

「…和葉のことだ」


「未の妖、ですよね」


「ああ。羊の化身で、心を癒す力を持っている」

舞鳳の表情が曇る。

「和葉は…優しすぎるんだ」


「優しすぎる…?」


「ああ」

舞鳳が頷く。

「和葉は、他人の痛みを自分の痛みとして感じる」

「だから、誰かが苦しんでいると、和葉も苦しむ」

「誰かが死ぬと、和葉も死にたくなる」


桃矢は息を呑んだ。

「それは…」


「危険だ」

舞鳳が拳を握りしめる。

「80年前、戦争の時…和葉は野戦病院にいた」

「無数の兵士たちが死んでいくのを、見続けた」

「和葉は、全員を救おうとした」

「だが…救えなかった」

舞鳳の声が震える。


「それ以来、和葉は自分を責め続けている」

「『私が無力だから、みんな死んだ』と」


桃矢は胸が痛んだ。

「和葉さん…」


「だから、心配なんだ」

舞鳳が桃矢を見た。

「和葉が、自分自身を壊していないか」


桃矢は舞鳳の肩に手を置いた。

「大丈夫ですよ」


「何が?」


「だって、舞鳳さんがいますから」

桃矢が微笑む。

「舞鳳さんは、和葉さんのこと、ちゃんと心配している」

「そういう人がいるなら、和葉さんは大丈夫です」

舞鳳は少し驚いた顔をした。


そして、小さく微笑んだ。

「…お前、いつの間にか頼もしくなったな」


「舞鳳さんのおかげですよ」

桃矢が笑った。


二人は、並んで窓の外を見つめた。


【高原の療養所 ― 和葉の苦悩】


九州の高原。

広大な草原の中に、白い建物が建っていた。


「心の安らぎの家」――カウンセリング施設。

受付には、穏やかな笑顔の女性が座っていた。

長い髪、優しい目、柔らかな雰囲気――和葉だ。


「次の方、どうぞ」

和葉が患者を迎え入れる。


相談室。

30代の男性が、疲れた顔で座っている。

「最近、眠れないんです」

「どのくらい眠れていませんか?」

「もう…一週間くらい」

和葉は男性の手を取った。


羊の力が発動する。

人の心を読む力――

だが――

(…何も感じない)

和葉の顔が曇った。


男性の心が、空っぽだった。

まるで、そこに何もないかのように。


「先生…?」

「あ、すみません」


和葉は慌てて笑顔を作った。

「少し、お話を聞かせてください」


その日、和葉は10人の患者を診た。

だが、誰の心も読めなかった。


全員、心が空っぽだった。

「先生、私…生きている意味がわからないんです」

「先生、何をしても楽しくないんです」

「先生…死にたいんです」


和葉は必死に励ました。

「大丈夫ですよ」

「きっと、良くなりますから」

「一緒に、頑張りましょう」

だが、患者たちの目は虚ろだった。


和葉の言葉は、届いていない。


診療が終わった後。

和葉は一人、相談室に残っていた。

「なぜ…」

和葉が呟く。

「なぜ、誰の心も読めないの…」

「私の力が…消えてしまったの…?」

和葉は頭を抱えた。


その時――

スタッフがノックした。

「先生、大変です」

「何?」

「田中さんが…自殺されたそうです」


和葉は立ち上がった。

「え…!?」

「今朝、自宅で…」


和葉は言葉を失った。

田中さん――昨日、診た患者だ。


「そんな…」

和葉の膝が崩れた。


【増える自殺者 ― 和葉の限界】


その夜、和葉は診療所の記録を見ていた。

「今月だけで…5人も…」


自殺者が急増していた。

和葉が診ていた患者たちが、次々と命を絶っていた。

「なぜ…私は、救えなかったの…」


和葉は涙を流した。

「私の力が…足りなかったの…」



和葉の脳裏に、80年前の記憶が蘇った。


――太平洋戦争、野戦病院――


無数の負傷兵が運ばれてくる。

「助けてくれ…」

「痛い…痛い…」

「母さん…母さん…」

若き日の和葉が、必死に兵士たちの手を握っていた。

羊の力で、痛みを和らげようとした。

恐怖を取り除こうとした。


だが――

次々と、兵士たちは死んでいった。

「すまない…俺、もう…」

「お前さん、優しいな…最期に会えて良かった…」

兵士が和葉の手を握りしめ、息を引き取った。

和葉は涙を流しながら、兵士の手を握り続けた。

何百人も、何千人も。

誰も、救えなかった。


「私は…誰も救えなかった」


和葉が呟く。

「あの時も…今も…」

「私は…無力だ」


和葉は立ち上がった。

ふらふらと、窓に近づく。

窓を開けた。

冷たい風が吹き込んでくる。

(ここから…飛び降りたら…)

(楽になれるかな…)

和葉の目が、虚ろになっていく。


その時――

「和葉先生!」

スタッフが駆け込んできた。

「先生、何を…!」

スタッフが和葉を窓から引き離した。


「離して…」

和葉が力なく呟く。


「私…もう…誰も救えない…」


「だから…」


「先生!」

スタッフが和葉を抱きしめた。

「お願いです、死なないでください」

「先生がいなくなったら、私たちが困ります」

和葉は泣き崩れた。


【桃矢と舞鳳の到着 ― 異変】


翌日、桃矢と舞鳳は高原に到着した。

「あれが、診療所か」

舞鳳が建物を見上げる。


二人が入ろうとすると――

スタッフが慌てて出てきた。

「すみません、今日は診療お休みです」

「お休み?」

「はい。和葉先生が…体調を崩されて」


舞鳳の顔色が変わった。

「和葉が?どこにいる?」

「ご自宅で休んでおられます」


「案内してくれ」

舞鳳の声が、珍しく強かった。


【和葉との再会 ― 壊れた心】


和葉の家は、高原の一角にあった。

小さな木造の家。


二人がドアをノックすると――

しばらく、返事がなかった。


「和葉、開けてくれ。舞鳳だ」

舞鳳が声をかける。


やがて、ドアが開いた。


そこに立っていたのは――

痩せ細った女性だった。

髪は乱れ、目には生気がない。

まるで、魂が抜けたような。


「…舞鳳?」

か細い声。


「和葉…!」

舞鳳が驚愕する。


和葉は、まるで別人のようだった。

「久しぶり…ね」

和葉は力なく笑った。

「そして…あなたが、星川桃矢さん?」


「はい」

桃矢が一礼する。


「ようこそ…どうぞ、入って」


【部屋の中 ― 和葉の告白】


部屋の中は散らかっていた。

食事の跡、薬の瓶、乱雑な書類。

カーテンは閉められ、薄暗い。


「ごめんなさい…片付けてなくて」

和葉が申し訳なさそうに言った。


舞鳳が和葉の肩を掴んだ。

「和葉、何があった?」


「…何も」

和葉が顔を背ける。


「嘘をつくな」

舞鳳の声が震える。


「お前、いつからこんなに痩せた?」

「いつから、こんな目をするようになった?」

和葉は黙った。


桃矢が優しく言った。

「和葉さん、話してください」

「俺たち、和葉さんを助けに来たんです」

和葉は桃矢を見た。


その目には、涙が浮かんでいた。

「助ける…?」

「私を…?」

和葉は笑った。


自嘲的な笑い。

「無理よ」

「私は…もう、終わってるの」


「誰も救えない」


「患者の心が、読めない」


「みんな、心が空っぽなの」

和葉が顔を覆った。


「そして、次々と…死んでいく」


「昨日も、一昨日も」


「私が診た患者が、自殺していく」

和葉の声が震える。


「私は…カウンセラー失格だわ」


「いや、人間失格よ」


「私なんて…いない方がいい」


舞鳳が和葉を抱きしめた。

「馬鹿なことを言うな」


「舞鳳…」


「お前は、誰よりも人を救ってきた」

「80年前も、今も」

「お前がいたから、何千人もの人が救われた」

舞鳳の声が震える。

「お前が…いなくなったら、俺が困る」


和葉は舞鳳の胸で泣いた。


桃矢が口を開いた。

「和葉さん、これは…あなたのせいじゃありません」


「え…?」

「禍津日神の仕業です」


桃矢が説明する。

「禍津日神が、人々の心を奪っているんです」

「感情を奪い、生きる意味を奪い、人を絶望させている」

「だから、和葉さんが読めないんです」

「心が、そこにないから」


和葉は目を見開いた。

「私の…せいじゃない…?」


「ええ」

桃矢が頷く。

「和葉さんは、ずっと頑張ってきました」

「でも、敵が強すぎるんです」

「一人では、戦えません」


桃矢が和葉の手を取った。

「一緒に、戦いましょう」

「俺たちが、います」


和葉は涙を拭った。

「…ありがとう」


【舞鳳と桃矢 ― 作戦会議】


夜、三人は作戦を立てていた。

「封印の石は、高原の中心部にある神社にある」


舞鳳が地図を広げる。

「そこが、禍津日神の侵食を受けているはずだ」

「明日、行きましょう」


桃矢が言う。

「和葉さんも、一緒に」


和葉は不安そうな顔をした。

「でも…私、役に立てるかしら」


「大丈夫だ」

舞鳳が和葉の肩を叩く。

「お前は、俺たちの仲間だ」

「一人じゃない」


桃矢も頷く。

「三人で、戦いましょう」


和葉は小さく微笑んだ。

「…ありがとう」


舞鳳と桃矢が外に出た時。

桃矢が舞鳳に言った。

「舞鳳さん、和葉さんのこと、本当に心配してたんですね」


「…ああ」

舞鳳が空を見上げる。

「和葉は…優しすぎる」

「だから、心配なんだ」


桃矢は舞鳳の横顔を見つめた。

「舞鳳さんも、優しいですね」


「え?」


「仲間のことを、そんなに心配できるなんて」

桃矢が微笑む。

「俺、舞鳳さんと旅ができて、本当に良かったです」


舞鳳は少し照れた。

「…俺も、お前と旅ができて良かった」

二人は、並んで星空を見上げた。



【封印の地へ ― 心を奪われた人々】


翌日、三人は高原の中心部にある古い神社へ向かった。

鳥居をくぐり、参道を進む。


だが――

境内に、無数の人々が立っていた。


いや、立っているというより――

ただ、そこにいた。


目は虚ろ、表情はなく、動かない。


「これは…」

桃矢が息を呑む。


「心を…奪われた人々だ」

舞鳳が警戒する。


和葉が前に出た。

「みんな…」


和葉が人々に近づこうとする。


「和葉、危ない!」

舞鳳が止めようとしたが――


和葉は人々の前に立った。

「みんな、聞こえる?」


和葉の声は優しかった。

「辛いよね…苦しいよね…」


「でも、大丈夫」


「私が、助けるから」

和葉が一人の女性の手を取った。


その瞬間――

女性の目が、黒く染まった。


そして、和葉の腕を掴んだ。


「きゃあ!」

和葉の体に、黒い霧が流れ込んでくる。


「和葉!」

舞鳳が駆け寄る。

だが、他の人々が舞鳳の前に立ちはだかった。


無表情で、ゆっくりと近づいてくる。

「くそっ…!」


【桃矢の奮闘 ― 無力さ】


桃矢は必死に術を使った。

「浄化の術…!」

光が人々を包む。


だが――

効果がない。


人々は、何事もなかったかのように近づいてくる。

「なぜだ…俺の術が効かない…!」

桃矢が焦る。


舞鳳が叫んだ。

「桃矢、心がないから術が効かないんだ!」


「じゃあ、どうすれば…!」


「わからない!」

二人は、人々に囲まれていく。


和葉は、黒い霧に侵食され続けている。

「和葉…!」


舞鳳が必死に和葉に近づこうとする。


だが、人々が邪魔をする。


「どけ…どけぇぇぇ!」

舞鳳が変化し、猿の力を解放する。


素早く動き、人々を飛び越えていく。


だが――

その時、巨大な黒い手が現れた。


禍津日神の分身だ。

「ぐあっ!」


舞鳳が掴まれた。

「舞鳳さん!」

桃矢が叫ぶ。


禍津日神の分身が、舞鳳を締め上げる。

「くっ…!」

舞鳳が苦しむ。


「桃矢…逃げろ…」


「え…?」


「こいつは…強すぎる…」

舞鳳が血を吐く。


「お前まで…巻き込まれるな…」

「逃げろって言ってるだろ…!」


桃矢は首を振った。

「嫌だ!」


「桃矢…!」


「舞鳳さんを見捨てるなんて、できない!」

桃矢が禍津日神の分身に向かって走った。


「お前は…俺の大切な友だ!」


「一緒に、ここまで来たんだ!」

桃矢が叫ぶ。


「一人で逃げるなんて…できるわけないだろ!」


舞鳳の目が見開かれた。

「桃矢…」


禍津日神の分身が、桃矢に向かって黒い波動を放った。

巨大な、破壊の波。


桃矢には、避けられない。

「桃矢ぁぁぁ!」

舞鳳が叫んだ。



【舞鳳の犠牲 ― 命を賭けて】


その瞬間――

舞鳳が、力を振り絞った。


禍津日神の手を無理やり引き剥がし、

桃矢の前に飛び出した。


「舞鳳さん!?」

黒い波動が、舞鳳を直撃した。


「ぐああああああ!」

舞鳳の体が、黒く染まっていく。


背中から、黒い霧が噴き出す。


「舞鳳さん…舞鳳さん!」

桃矢が舞鳳を抱きかかえた。


「なんで…なんで俺を庇ったんですか…!」


舞鳳は血を吐きながら、笑った。

「当たり前だろ…」

「お前は…俺の大切な友だ…」


舞鳳が桃矢の頬に手を伸ばす。

「お前が死んだら…俺は…」

舞鳳の手が、力なく落ちる。


「やめろ…やめてくれ…!」

桃矢が泣き叫んだ。


「舞鳳さんを…舞鳳さんを奪わないでくれ…!」


「俺には…舞鳳さんが必要なんだ…!」

桃矢が舞鳳を抱きしめる。


「お願いだ…死なないでくれ…!」


舞鳳の意識が、遠のいていく。

(ああ…これで、終わりか)

(悪くない…最期だな)

(桃矢を…守れた)

舞鳳の目が、閉じようとする。


だが――

その時、桃矢の声が聞こえた。

「舞鳳さん!」


「俺、まだ舞鳳さんと話したいことがたくさんあるんです!」

「一緒に、最後まで旅したいんです!」


「だから…」

桃矢の涙が、舞鳳の顔に落ちる。

「だから、死なないでください…!」

舞鳳の胸に、温かいものが広がった。


(桃矢…お前…)

(そんなに、俺を必要としてくれるのか)

舞鳳の唇が、わずかに動いた。

「…わかった」


「え…?」


「死なない…から…」

舞鳳が、かすかに微笑んだ。

「お前を…一人にしない…から…」

桃矢の目から、涙が溢れた。


「舞鳳さん…!」



【桃矢の覚醒 ― 晴明の力】


その時――

桃矢の体が、光り始めた。


「え…?」

桃矢の胸から、強烈な光が溢れ出る。

勾玉が、まばゆく輝いている。


そして――

桃矢の脳裏に、無数の映像が流れ込んできた。


安倍晴明の記憶。

千年前の術。

封印の方法。

禍津日神との戦い。


そして――

晴明の声が響いた。

『桃矢、お前は強い』

『お前には、俺の全てを託した』

『術も、知識も、心も』

『だが、一番大切なのは』

『仲間を想う、その心だ』


桃矢は涙を流した。

「晴明様…」

『桃矢、お前にはできる』

『舞鳳を救え』

『和葉を救え』

『みんなを、救え』

光が、さらに強まる。


桃矢は立ち上がった。

その目には、強い決意があった。

「晴明様…ありがとうございます」


桃矢が両手を広げた。

「俺は…みんなを救う」

「舞鳳さんを」

「和葉さんを」

「心を奪われた人々を」

桃矢の体から、巨大な光の輪が広がった。

「浄化の術…!」


光が、境内全体を包み込む。


心を奪われた人々が、光に包まれる。

黒い霧が、ゆっくりと剥がれていく。

人々の目に、光が戻る。


「あれ…私…」

「ここは…どこ…」

「何をしていたんだろう…」

人々が、我に返った。


表情が戻り、感情が戻る。


桃矢は、舞鳳に駆け寄った。

「舞鳳さん、頑張ってください!」

桃矢が舞鳳の胸に手を当てる。


「浄化…!」

光が舞鳳の体を包む。


黒い霧が、少しずつ剥がれていく。

「うぐ…ああ…」

舞鳳が苦しそうに呻く。


「もう少しです!頑張ってください、舞鳳さん!」

桃矢が必死に術を続ける。


汗が額を伝い、手が震える。

だが、桃矢は諦めなかった。

「舞鳳さん…俺、まだ舞鳳さんと話したいことがたくさんあるんです」

「だから…」

桃矢の涙が、舞鳳の顔に落ちる。

「だから、戻ってきてください」


その言葉が、舞鳳の心に届いた。

黒い霧が、一気に剥がれた。


舞鳳が目を開けた。

「桃矢…?」

「舞鳳さん!」

桃矢が舞鳳を抱きしめた。

「良かった…本当に良かった…!」

舞鳳は桃矢の背中をポンポンと叩いた。


「お前…泣きすぎだろ」

「だって…!」

桃矢が顔を上げる。


その顔は、涙でぐしゃぐしゃだった。

舞鳳は、その顔を見て笑った。

「お前、本当に…優しいな」

「そして…」

舞鳳が桃矢の頭を撫でた。

「強くなった」

桃矢は微笑んだ。

「舞鳳さんのおかげです」

二人は、涙を流しながら笑い合った。



【和葉の救出 ― 解放の言葉】


和葉は、地面に倒れていた。

体が黒く染まり、苦しそうに息をしている。

桃矢が駆け寄った。


「和葉さん!」

桃矢が和葉の手を取る。

和葉の手は、冷たかった。

「和葉さん、聞こえますか!」

和葉の意識は、深い闇の中にいた。



――和葉の心の中――


暗闇。

どこまでも続く、暗闇。

和葉は、その中で一人座っていた。

「私は…誰も救えなかった」

和葉が呟く。


周りには、無数の影が立っている。

兵士たちの影。

患者たちの影。

「先生…なぜ、救ってくれなかったんですか」

「先生…私、死にました」

「先生…あなたのせいです」

影たちが、和葉を責める。


「ごめんなさい…ごめんなさい…」

和葉は頭を抱えた。

「私が…悪いの」

「私が…無力だから」

「みんな…死んだの」

和葉は涙を流した。


その時――

光が差し込んできた。

「和葉さん」

優しい声。


桃矢の声だ。

「桃矢…さん…?」


「和葉さん、聞いてください」

桃矢の声が、闇の中に響く。

「あなたは、誰も救えなかったわけじゃない」

「でも…」

「戦争で、あなたは何百人もの兵士の心を癒しました」

光が、少し強くなる。

「死んでいった兵士たちも、あなたがいたから最期は穏やかでした」

「あなたの手を握りながら、『ありがとう』と言って逝きました」

和葉の目に、涙が浮かんだ。


「そして、今も何千人もの人を救ってきました」

「あなたがいたから、生きる勇気をもらった人がたくさんいます」

「あなたは…十分、頑張りました」

桃矢の声が、温かく和葉を包む。

「もう…自分を責めないでください」

「完璧じゃなくていいんです」

「できることを、できる範囲で」

「それで、十分です」

光が、さらに強まった。

影たちが、消えていく。


そして――

影たちの声が変わった。

「先生、ありがとうございました」

「先生がいてくれて、救われました」

「先生、大好きです」


和葉は顔を上げた。

影たちが、微笑んでいた。

「みんな…」


「先生、もう自分を責めないで」

「先生、幸せになってください」

影たちが、光の中に消えていく。

和葉は涙を流した。


「ありがとう…みんな…」




現実世界。


和葉の目から、涙が流れた。

「ありがとう…桃矢さん…」

桃矢が和葉に浄化の術をかける。

光が和葉の体を包む。

黒い霧が、ゆっくりと剥がれていく。


そして――

和葉の体に、色が戻った。


「和葉さん!」

和葉が目を開けた。


「桃矢さん…」

「良かった…」

桃矢が安堵の息をつく。


和葉は微笑んだ。

「ありがとう…私を、救ってくれて」


【禍津日神との対峙 ― 完璧なコンビネーション】


その時――

禍津日神の分身が、再び現れた。

「ほう、力を目覚めさせたか」

巨大な黒い影が、三人を見下ろす。

「だが、まだ未熟だ」

「お前たちでは、私を倒せない」


桃矢が立ち上がった。

「貴様…!」


舞鳳も隣に立った。

「桃矢」


「はい」

「二人で行くぞ」

「ああ」

二人は顔を見合わせた。


そして、微笑んだ。

何も言わなくても、わかる。


何ヶ月も一緒に旅をしてきた。

何度も、共に戦ってきた。


今の二人なら――

「行くぞ!」

「ああ!」

二人は同時に動いた。


舞鳳が左から飛び込む。

「おっと、速いな」

禍津日神が舞鳳を掴もうとする。


だが、舞鳳はそれをかわし、右へ跳ぶ。


その瞬間――

桃矢が右から術を放つ。

「浄化の矢!」

光の矢が、禍津日神に命中する。


「ぐっ…!」

禍津日神がよろめく。


「今だ、舞鳳さん!」

「わかってる!」

舞鳳が禍津日神の背後に回り込む。


そして、力を込めて蹴りを放つ。

「とりゃあ!」

禍津日神が前に倒れそうになる。


その瞬間――

桃矢が正面から大技を放つ。

「浄化の光輪!」

巨大な光の輪が、禍津日神を包む。


「ぐああああ!」

禍津日神が悲鳴を上げる。


二人は着地し、振り返った。

禍津日神の分身が、消えていく。

「やった…」

桃矢が呟く。


舞鳳が桃矢の肩を叩いた。

「お前、いい動きしてたぞ」

「舞鳳さんこそ」

桃矢が笑う。

「息、ぴったりでしたね」

「ああ」

舞鳳も笑った。

「お前と組むの、楽しいな」

「俺もです」

二人は拳を合わせた。


【封印の補修 ― 三人の歌】


和葉が立ち上がった。

「私も…手伝います」

「和葉さん、大丈夫ですか?」

桃矢が心配そうに尋ねる。


「ええ」

和葉が微笑む。

「もう、逃げません」

「この地を、守ります」

和葉が封印の石に手を当てた。


桃矢と舞鳳も、石に手を当てる。

三人で、『かごめかごめ』を歌い始めた。

「かごめかごめ、かごの中の鳥は…」

光が石を包む。

「いついつ出やる、夜明けの晩に…」

亀裂が塞がっていく。

「鶴と亀が滑った、後ろの正面だあれ」

光の柱が天へ伸び、封印は完全に修復された。


【その後 ― 和葉の再生】


数日後。

和葉は、再び診療所に戻った。

だが、以前とは違った。


相談室で、患者と向かい合っている。

「先生、私…最近、生きている意味がわからなくて」

30代の女性が、不安そうに言う。


和葉は女性の手を取った。

羊の力が発動する。

(ああ…心が、読める)

女性の心が、和葉に流れ込んできた。


孤独、不安、悲しみ――

だが、同時に。

希望を持ちたいという、小さな光も。

「大丈夫ですよ」

和葉が微笑む。

「あなたは、一人じゃありません」

「私が、います」

「そして、あなたを愛してくれる人が、きっといます」


女性の目に、涙が浮かんだ。

「先生…」


「一緒に、探しましょう」

「生きる意味を」


女性は頷いた。

「はい…」


診療が終わった後。

スタッフが和葉に言った。

「先生、今日は調子良さそうですね」


「ええ」

和葉が笑った。

「少し、肩の荷が下りたの」


「え?」

「完璧じゃなくていいんだって、教えてもらったから」

和葉は窓の外を見た。

青い空が広がっている。

「私は、私にできることをする」

「それで、十分なの」


【別れの日 ― 次の地へ】


桃矢と舞鳳が次の地へ向かう日。

和葉が見送りに来た。

高原の草原で、三人は並んで立った。

「桃矢さん、舞鳳さん、ありがとう」

和葉が深く頭を下げる。

「あなたたちが来てくれなければ、私は…」


「和葉」

舞鳳が和葉の肩に手を置いた。

「お前は、強い」

「一人で、戦ってきた」

「それだけで、十分すごいことだ」

和葉は涙を拭った。

「ありがとう、舞鳳」


「これからも頼むぞ」


「ええ。この地は、私が守るわ」

和葉が微笑む。

「そして…自分も、大切にする」


桃矢が頷いた。

「それが一番です」


和葉が舞鳳を見た。

「舞鳳、変わりましたね」

「え?」

「前より、優しい顔をしています」


舞鳳は少し驚いた。

「そう…か?」


「ええ」

和葉が微笑む。

「桃矢さんと一緒にいて、幸せそうです」


舞鳳は少し照れた。

「…そんなこと、ないだろ」


「いいえ、あります」

和葉がくすくす笑う。

「二人とも、良いコンビですね」


桃矢と舞鳳は顔を見合わせた。

そして、笑った。


【草原の道 】


二人が草原の道を歩いていた。

風が心地よく吹いている。


「なあ、桃矢」

「はい?」

「さっき和葉が言ってたこと」

舞鳳が少し照れくさそうに言う。

「俺、優しい顔してるって」

「ああ、言ってましたね」

桃矢がにっこり笑う。

「本当ですよ」

「は?」

「舞鳳さん、最初に会った時より全然優しい顔してます」

桃矢が舞鳳を見上げる。

「最初は、もっと怖かったです」

「怖かったって…」


舞鳳が苦笑する。

「俺、そんなに怖かったか?」

「はい」

桃矢が即答する。

「めちゃくちゃ怖かったです」

「マジか…」

舞鳳がショックを受けた顔をする。


「でも」

桃矢が続ける。

「今は全然怖くないですよ」

「むしろ、一緒にいると安心します」

舞鳳は少し驚いた。

「安心…?」

「はい」

桃矢が微笑む。

「舞鳳さんがいてくれるから、俺は頑張れるんです」

舞鳳は少し黙った。


そして、小さく笑った。

「お前…本当に、いいこと言うな」

「え、普通のこと言っただけですけど」

「いや、いいことだ」

舞鳳が桃矢の頭をぐしゃぐしゃと撫でた。


「俺も、お前がいてくれるから頑張れる」

桃矢は嬉しそうに笑った。


しばらく歩いた後。


桃矢が言った。

「舞鳳さん」

「ん?」

「さっき、俺を庇ってくれた時…」

桃矢の声が少し震える。

「本当に、怖かったです」

舞鳳が足を止めた。


「舞鳳さんが死んじゃうんじゃないかって」

桃矢が舞鳳を見上げる。


その目には、涙が浮かんでいた。

「もう、あんなことしないでください」

「桃矢…」

「俺、舞鳳さんがいなくなったら…」

桃矢の声が詰まる。


「俺、一人じゃ戦えないです」


舞鳳は桃矢の肩に手を置いた。

「わかった」

「え?」

「もう、無茶はしない」

舞鳳が微笑む。

「お前を、心配させたくないからな」


「舞鳳さん…」


「でも」

舞鳳が真剣な顔になる。

「お前も、無茶するなよ」

「さっき、俺を助けようとして飛び込んできただろ」

「あれも、危なかった」


桃矢は少し照れた。

「だって…」


「だって?」


「舞鳳さんを、見捨てられないじゃないですか」

桃矢がぷいっと顔を背ける。

「舞鳳さんは、俺の大切な人ですから」


舞鳳は目を丸くした。

そして、笑った。

「お前…本当に、素直だな」


「何ですか、それ」

「褒めてるんだ」

舞鳳が桃矢の背中を叩く。

「お前のそういうとこ、好きだぞ」

桃矢は顔を赤くした。

「な、何言ってるんですか急に…」

「事実を言っただけだ」

舞鳳がからかうように笑う。

「照れるなよ」

「照れてないです!」

桃矢が早足で歩き出す。


舞鳳は、その後ろ姿を見て微笑んだ。

(本当に…いい奴だな、桃矢は)

舞鳳も、桃矢の後を追った。



【夕暮れの丘 ― 絆の深まり】


夕日が沈みかけていた。

二人は、丘の上で休憩していた。

草原に座り、夕日を眺めている。

「綺麗ですね」

桃矢が呟く。

「ああ」

舞鳳も頷く。

しばらく、二人は黙って夕日を見ていた。


そして――

桃矢が口を開いた。

「舞鳳さん」

「ん?」

「俺、この旅が終わったら…どうなるんでしょうね」


舞鳳は少し考えた。

「わからないな」


「でも」

舞鳳が桃矢を見た。

「お前は、きっと立派な陰陽師になる」

「晴明様みたいに、人々を救う」

桃矢は首を振った。

「俺、晴明様みたいにはなれないと思います」


「なぜだ?」

「だって、俺…まだまだ弱いですから」

桃矢が自嘲的に笑う。

「さっきだって、舞鳳さんに助けてもらいました」


舞鳳は桃矢の肩を叩いた。

「馬鹿」

「え?」

「お前は、もう十分強い」

舞鳳が真剣な顔で言う。

「俺を助けてくれただろ」

「和葉も助けた」

「人々の心も、取り戻した」

「それは、お前が強いからだ」

桃矢は目を見開いた。

「でも…」

「いいか、桃矢」

舞鳳が桃矢の目を見た。

「強さってのは、力だけじゃない」

「心の強さだ」

「お前は、誰よりも優しくて、誰よりも強い心を持っている」

「それが、お前の本当の強さだ」

桃矢の目に、涙が浮かんだ。

「舞鳳さん…」

「だから、自信を持て」


舞鳳が微笑む。

「お前は、立派な陰陽師だ」


桃矢は涙を拭った。

「ありがとうございます」


「どういたしまして」

舞鳳が桃矢の頭を撫でた。


二人は、並んで夕日を見つめた。

オレンジ色の空が、二人を包んでいた。



【安倍晴明の声】

その夜、桃矢の夢に安倍晴明が現れた。

桃矢は、草原の中に立っていた。

そして、目の前に晴明が立っていた。

「桃矢」

「晴明様…!」

桃矢が驚く。

晴明は微笑んだ。

「よくやった」

「和葉を救い、舞鳳を救い、人々を救った」

「お前は、私の全てを受け継いだ」

晴明が桃矢の肩に手を置く。

「術も、知識も、心も」

「お前は、もう一人前の陰陽師だ」

桃矢は涙を流した。

「晴明様…ありがとうございます」

「いや」

晴明が首を振る。

「礼を言うのは、私の方だ」

「お前が、私の想いを継いでくれた」

「お前が、仲間たちを救ってくれた」

晴明が微笑む。

「そして…」

「舞鳳との絆も、深まったな」

桃矢は頷いた。

「はい」

「舞鳳さんは、俺の大切な人です」

「一緒に、最後まで戦います」

「ああ」

晴明が頷く。

「最後の戦いが、近い」

「だが、お前なら大丈夫だ」

「お前と舞鳳なら、必ず勝てる」

晴明の姿が、光の中に消えていく。

「信じているぞ、桃矢」

「はい!」

桃矢が叫んだ。

光が消え、桃矢は目を覚ました。



【朝の光】


朝日が昇っていた。

桃矢が目を覚ますと、隣で舞鳳が眠っていた。


草原で野宿したのだ。

桃矢は、舞鳳の寝顔を見て微笑んだ。

(舞鳳さん…いつも、ありがとう)

桃矢は、そっと自分の上着を舞鳳にかけた。


そして、立ち上がって空を見上げた。

青い空が広がっている。

(あと少しだ)

(あと少しで、全ての封印を巡り終える)

(そして…最後の戦いが待っている)

桃矢は拳を握りしめた。

(大丈夫)

(舞鳳さんがいる)

(俺は、一人じゃない)

朝日が、桃矢を照らしていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ