第7話 中部の森 ― 月の薬と母の愛 ―
列車が緑豊かな山間部を走っている。
窓の外には、田園風景と森が広がっていた。
「次は、卯の守る地だ」
舞鳳が地図を広げる。
「卯…兎の妖、ですよね」
桃矢が窓の外を見つめる。
「ああ。澪という妖だ」
舞鳳の表情が、少し複雑に曇る。
桃矢が気づいた。
「舞鳳さん…何か、心配なことが?」
「…ああ」
舞鳳が地図を閉じた。
「澪は、十二妖の中で最も成功した者だ」
「成功…?」
「ああ。澪は人間社会に溶け込み、市長になった」
舞鳳は窓の外を見つめた。
「人間の男と結婚し、五人の子どもを育てている」
桃矢は驚いた。
「五人も…!」
「ああ。だが…」
舞鳳の表情がさらに曇る。
「最近、連絡が途絶えがちなんだ」
「何か、問題が…?」
「わからない。だが、何かがおかしい」
舞鳳が桃矢を見た。
「桃矢、澪は…強い妖だ。だが、家族を持つことで、弱くもなった」
「弱く…?」
「ああ。守るべきものが増えれば、それだけ傷つきやすくなる」
舞鳳は拳を握りしめた。
「俺は…家族を持ったことがない。だから、澪の気持ちが完全にはわからない」
桃矢は舞鳳の横顔を見つめた。
初めて見る、舞鳳の弱さ。
「舞鳳さん…大丈夫ですよ」
「ん?」
「俺がいます。一緒に、澪さんを助けましょう」
舞鳳は少し驚いた顔をした。
そして、小さく微笑んだ。
「…ああ。頼りにしてる」
【月森家の豪邸 ― 子どもたちの孤独】
中部地方、緑豊かな市。
その中心部に、立派な洋館が建っていた。
月森家――この市で最も成功した一族の邸宅。
広い庭、プール、テニスコート。
誰もが羨む豪邸。
だが――
リビングには、四人の子どもたちだけが座っていた。
小学一年生の亜美(7歳)
小学三年生の陸(9歳)
小学五年生の都(11歳)
中学一年生の健吾(13歳)
そして、高校二年生の長女・清香(17歳)は――いない。
「お姉ちゃん、まだ帰ってこないね」
亜美が心配そうに呟く。
「三日も帰ってない…」
健吾が窓の外を見つめる。
「お母さんは?」
陸が尋ねる。
「今日も市役所。会議だって」
都が静かに答える。
「お父さんは?」
「研究所。いつも通り」
四人は、顔を見合わせた。
広いリビング。
豪華な家具。
だが、誰もいない。
「…寂しいね」
亜美が、小さく呟いた。
【三日前の朝 ― 清香の限界】
――三日前――
朝、月森家のダイニング。
長いテーブルに、五人の子どもたちが座っていた。
だが、両親の席は空いている。
「お嬢様方、朝食の準備ができました」
お手伝いさんの田中さんが、料理を運んでくる。
「ありがとう、田中さん」
清香が礼を言った。
長女として、しっかりしなければならない。
いつも、そう思っていた。
「お母様は、今朝も早く市役所へ」
「お父様は?」
「昨夜から研究所に泊まり込みです」
田中さんが申し訳なさそうに言った。
清香は、何も言わなかった。
いつものことだから。
「お姉ちゃん」
亜美が清香に寄り添った。
「今日も、森に行くの?」
「うん。行くよ」
清香が微笑む。
だが、その笑顔は疲れていた。
「かごめかごめ、歌うんでしょ?」
「そう。みんなで一緒に」
健吾が尋ねた。
「お姉ちゃん、毎日行かなきゃダメなの?」
清香は少し黙った。
(ダメなの?)
自分でも、わからなくなっていた。
母が言った。
「封印を守るために、毎日歌いなさい」
小さい頃から、ずっと。
でも――
(私、いつまでこれを続けるの?)
清香は、その疑問を口にできなかった。
【森での日課 ― 清香の孤独】
学校が終わった後、五人は市の郊外にある森へ向かった。
古い巨木が立ち並ぶ、神聖な場所。
市の天然記念物として保護されている森。
ここに、封印の石がある。
「さあ、始めよう」
清香が中心に立ち、四人が輪になる。
「かごめかごめ、かごの中の鳥は…」
子どもたちの歌声が、森に響く。
これが、毎日の日課だった。
小さい頃から、ずっと。
歌い終わると、清香はベンチに座った。
スマートフォンを取り出し、メッセージを見る。
真志からのメッセージ:
『今日も来れないの?みんな待ってるよ』
友達からのメッセージ:
『清香、最近全然遊べないね。忙しいの?』
清香の胸が痛んだ。
また、友達との約束を断った。
真志とのデートも。
「お姉ちゃん、疲れてる?」
都が心配そうに尋ねた。
「ううん、大丈夫」
清香は笑顔を作った。
だが、心の中では――
(いつまで、こんなこと続けなきゃいけないの?)
(私も、普通の女の子でいたい)
(友達と遊びたい。真志と、もっと一緒にいたい)
清香は拳を握りしめた。
【禍津日神の囁き ― 初日】
その夜、清香が眠りにつくと――
夢の中に、優しい声が響いた。
『清香…』
「誰…?」
暗闇の中、柔らかな光が見えた。
『お前は、よく頑張っているな』
声は優しく、温かい。
まるで、母のように。
いや、母よりも優しい。
『毎日、妹や弟の面倒を見て』
『毎日、森で歌を歌って』
『お前は、誰よりも立派だ』
清香の目に、涙が浮かんだ。
誰も、こんなふうに褒めてくれなかった。
母は忙しくて、いつも疲れている。
父は研究ばかりで、家にいない。
『でも…疲れたでしょう?』
「…うん」
清香は正直に答えた。
「疲れた。もう、嫌だ」
『そうか。それは辛いな』
声は、清香を包み込むように響いた。
『でも、大丈夫だ』
「え…?」
『もうすぐ、お前は自由になれる』
「自由…?」
『ああ。もう少しだけ、待っていなさい』
光が消え、清香は目を覚ました。
胸の奥に、わずかな希望が芽生えていた。
【二日目の囁き ― 真志への執着】
翌日も、森で歌を歌った。
だが、清香の心は晴れなかった。
学校で、真志と少し話した。
「清香、最近忙しそうだね」
「うん…ごめん」
「いや、いいんだけど。でも、たまには一緒に遊びたいな」
真志の笑顔が、清香の心を揺さぶった。
(真志と、もっと一緒にいたい)
夜、再び夢を見た。
『清香、来たね』
「あなたは…誰?」
『それは、まだ教えられない。だが、私はお前の味方だ』
「味方…?」
『ああ。お前の苦しみを、理解している』
声が続ける。
『お前には、やりたいことがあるのだろう?』
清香は頷いた。
「真志と、もっと一緒にいたい」
「友達と、遊びたい」
「普通の女の子として、生きたい」
『そうか。それは当然の願いだ』
声が優しく囁く。
『ならば、森に行くのをやめなさい』
「え…?」
『あの歌は、もう必要ない』
「でも、お母さんが…」
『お前の母は、忙しすぎる。お前のことを、見ていない』
清香は黙った。
それは、事実だった。
『お前は、もう十分に頑張った』
『自由になっていい』
『真志が、待っている』
「…真志が?」
『ああ。だが、あまり待たせると、心が変わってしまうぞ』
清香は焦った。
「そんな…!」
『他の女の子に、取られてしまうかもしれない』
清香の心に、恐怖が走った。
(真志を、失いたくない)
『だから、明日から森に行くのはやめなさい。真志のところへ行け』
清香は迷った。
だが――
「…わかった」
【桃矢と舞鳳の到着 ― 市役所へ】
翌朝、桃矢と舞鳳は月森市に到着した。
「立派な街だな」
桃矢が周りを見回す。
整備された道路、立派な建物、緑豊かな公園。
「ああ。澪が市長になってから、この市は大きく発展した」
舞鳳が市役所を見上げた。
「だが…それだけの責任を背負っている」
二人は市役所へ向かった。
【澪との再会 ― 疲れ果てた市長】
市長室。
立派なオフィスで、一人の女性が書類に目を通していた。
長い黒髪、優しい顔立ち。
だが、目には深い疲労が滲んでいた。
澪だ。
「失礼します」
舞鳳が扉をノックした。
澪が顔を上げる。
「…舞鳳?」
澪が驚いた顔をする。
「久しぶりだな、澪」
「どうして、ここに…」
「封印の様子を見に来た。そして、こちらが星川桃矢」
桃矢が一礼する。
「星川桃矢です。晴明様の力を継ぐ者として、参りました」
澪は立ち上がり、深く頭を下げた。
「ようこそ。お待ちしていました」
だが、その表情は暗かった。
まるで、何かを押し殺しているような。
舞鳳が気づいた。
「澪…何かあったのか?」
澪は少し躊躇した。
そして――
「…娘が、帰ってこないんです」
澪の声が震えた。
「もう、三日も」
【澪の告白 ― 母としての失敗】
応接室で、澪は全てを話した。
五人の子どもたち。
毎日の森での歌。
清香に全てを任せていたこと。
そして、清香が三日間帰っていないこと。
「私…母親失格です」
澪は涙を流した。
「仕事ばかりで、子どもたちを見ていなかった」
「清香に、全てを押し付けていた」
「夫も、研究ばかりで…」
澪は顔を覆った。
「私たち、親として…何をしていたんでしょう」
桃矢は澪の向かいに座った。
「澪さん、気づけただけでも、遅くはありません」
「でも…もう、手遅れかもしれない」
「そんなことありません」
桃矢が強く言った。
「清香さんは、まだあなたを愛しています」
「どうして、そう言えるんですか?」
「だって…」
桃矢が微笑んだ。
「清香さんは三日間、家を出ましたが、遠くには行っていないんでしょう?」
澪は頷いた。
「友達の家に…泊まっているみたいです」
「それは、まだ帰る場所があると信じているからです」
桃矢の言葉に、澪の目に光が戻った。
「帰る場所…?」
「はい。清香さんは、家族を捨てたわけじゃない。ただ、自由が欲しかっただけです」
舞鳳も頷いた。
「澪、まだ間に合う。清香を取り戻そう」
澪は涙を拭った。
「…はい」
【舞鳳と桃矢 ― 二人の会話】
澪が席を外した後。
舞鳳と桃矢は、二人きりになった。
「桃矢」
「はい」
「お前…優しいな」
舞鳳が微笑む。
「さっきの言葉、澪を救った」
桃矢は照れくさそうに笑った。
「いえ、俺はただ…思ったことを言っただけです」
「それが、優しさだ」
舞鳳が桃矢の肩を叩く。
「お前がいてくれて、良かった」
桃矢は少し驚いた。
舞鳳が、こんなふうに感情を見せるのは珍しい。
「舞鳳さん…」
「俺は、家族を持ったことがない」
舞鳳が窓の外を見つめた。
「だから、澪の気持ちが完全にはわからない」
「でも、お前は…わかるんだな」
桃矢は首を振った。
「俺も、家族の苦しみを全部わかるわけじゃありません」
「でも、一緒に考えることはできます」
桃矢が舞鳳を見た。
「舞鳳さんも、一緒に考えてくれますよね?」
舞鳳は少し黙った。
そして、小さく微笑んだ。
「…ああ」
二人の間に、静かな絆が生まれていた。
【清香の変化 ― 三日間の自由】
三日間、清香は友達の家を転々としていた。
真志とも、たくさん時間を過ごした。
カラオケ、映画、ショッピング。
久しぶりの自由。
清香は笑った。
本当に、楽しかった。
だが――
どこか、心の奥が寒かった。
「清香、最近…変わったね」
真志が、ある日言った。
「え?変わってないよ」
「いや、何か…冷たくなったというか」
真志の目が、心配そうに清香を見つめる。
「前の清香は、もっと…温かかった」
清香は動揺した。
「そんなことない」
だが、真志は首を振った。
「清香…何かあったら、言ってね」
「大丈夫だって」
清香は笑った。
だが、その笑顔は無理をしているように見えた。
真志は不安になった。
(これは、俺が知ってる清香じゃない)
真志は、少しずつ距離を置き始めた。
【月森家の混乱 ― 残された子どもたち】
三日目の夜、月森家は大騒ぎだった。
「清香お嬢様が、まだ帰ってきません!」
田中さんが慌てている。
健吾、都、陸、亜美も心配で眠れない。
「お母さんに、連絡した?」
健吾が尋ねる。
「はい。ですが、市長は今夜も会議で…」
「お父さんは?」
「研究所から出られないと…」
子どもたちは、顔を見合わせた。
「…お姉ちゃん、どこにいるんだろう」
亜美が泣き出した。
都が亜美を抱きしめる。
「大丈夫だよ。お姉ちゃん、きっと帰ってくる」
だが、都の目にも涙が浮かんでいた。
その時――
玄関のチャイムが鳴った。
「誰だろう…?」
田中さんが出ると、二人の青年が立っていた。
桃矢と舞鳳だ。
「こんばんは。星川桃矢と申します。市長にお会いしたいのですが」
「市長はおりませんが、お二人のことは伺っております、
お通しするようにと」
舞鳳と桃矢が中に入る。
「子どもたちは?」
「リビングに…」
【子どもたちとの対話】
リビングで、桃矢と舞鳳は四人の子どもたちと向かい合った。
「君たちが、清香さんの弟妹たちだね」
桃矢が優しく言った。
四人は頷いた。
「清香お姉ちゃんが、帰ってこないんです」
亜美が泣きながら言う。
「わかってる。大丈夫、必ず連れて帰るから」
桃矢が亜美の頭を撫でた。
「でも、その前に聞きたいんだ」
桃矢が四人を見つめる。
「君たちは、清香さんのこと、どう思ってる?」
健吾が答えた。
「お姉ちゃんは、いつも僕たちの面倒を見てくれました」
都も続ける。
「お母さんとお父さんが忙しくても、お姉ちゃんがいたから寂しくなかった」
陸が言う。
「お姉ちゃんは、いつも笑ってた。でも…」
「でも?」
「最近、疲れてるみたいだった」
亜美も言う。
「お姉ちゃん、無理してたのかな…」
桃矢は頷いた。
「そうだね。清香さんは、君たちのために頑張りすぎていた」
「僕たちが…悪かったの?」
健吾が涙を流す。
「違うよ」
桃矢が強く言った。
「君たちは、何も悪くない」
「清香さんも、悪くない」
「じゃあ、誰が…」
「誰も悪くないんだ」
桃矢が微笑んだ。
「ただ、家族としてもう少し話す時間が必要だっただけ」
舞鳳も頷いた。
「だから、これから取り戻そう。清香を。そして、家族の時間を」
四人の子どもたちの目に、希望の光が戻った。
【父・隆の帰宅 ― 家族の再会】
その夜、研究所から隆が帰ってきた。
「澪、一体どうしたんだ?急に呼び出すなんて」
リビングに入ると、見知らぬ二人の青年がいた。
「こちらは…?」
「安倍桃矢さんと、舞鳳さん。晴明様の…」
澪が説明する。
隆は驚いたが、すぐに頭を下げた。
「月森隆です。妻と共に、この地の封印を守ってきました」
「お話は伺っています」
桃矢が一礼する。
「まず、清香さんを探しましょう」
隆の顔色が変わった。
「清香が…どうした?」
「三日間、帰っていないんです」
澪が震える声で言った。
隆は言葉を失った。
「そんな…なぜ、もっと早く言わなかった」
「あなたが、研究所にいたから…」
「研究なんて、どうでもいい!娘の方が大事だ!」
隆が叫んだ。
子どもたちが驚く。
父が、こんなに感情的になるのは初めて見た。
「探すぞ。今すぐに」
隆が立ち上がる。
「私も行きます」
澪も立ち上がった。
【清香の発見 ― 家族との対峙】
夜、清香は友達の家から出てきた。
そこに、家族全員が待っていた。
父、母、健吾、都、陸、亜美。
そして、桃矢と舞鳳。
「清香」
澪が駆け寄ろうとする。
だが、清香は冷たく言った。
「何?」
「家に帰ろう」
「嫌」
清香が背を向ける。
「清香、お願いだ。話を聞かせてくれ」
隆が言う。
「今さら何を話すの?」
清香が振り返った。
その目には、怒りがあった。
「お父さん、いつも研究所にいるじゃない」
「お母さんだって、市長の仕事で忙しいでしょ」
清香の声が震える。
「私たち、放っておかれてたじゃない!」
「毎日毎日、弟や妹の面倒を見て」
「毎日毎日、森で歌って」
「私、いつまでこれを続けなきゃいけないの!」
清香が叫んだ。
澪と隆は、言葉を失った。
「お姉ちゃん…」
健吾が前に出た。
「僕たち、寂しかったよ。お姉ちゃんがいなくて」
「お姉ちゃん、帰ってきて」
都が涙を流す。
「お姉ちゃん!」
陸と亜美も泣いている。
清香は、弟妹たちを見た。
その瞬間――
心の奥で、何かが揺れた。
(みんな…泣いてる)
(私のために…?)
だが、すぐに黒い霧が心を覆った。
禍津日神の声が響く。
『気にするな。彼らは、お前を縛ろうとしているだけだ』
「うるさい…」
清香が頭を抱えた。
「清香!」
澪が駆け寄る。
「触らないで!」
清香が澪を突き飛ばした。
澪は地面に倒れた。
「お母さん!」
子どもたちが駆け寄る。
清香は、自分が何をしたか気づいた。
「あ…お母さん…」
清香の手が震える。
(私…何を…)
だが、心の中で声が囁く。
『そうだ。もう、戻れない。お前は自由を選んだのだ』
清香は混乱した。
そして――
走り去った。
【真志の決意 ― 清香を取り戻す】
清香は、公園のベンチで一人座っていた。
「何やってるんだろう、私…」
涙が溢れた。
母を突き飛ばした。
弟妹たちを泣かせた。
(私…最低だ)
その時――
「清香」
声がした。
振り返ると、真志が立っていた。
「真志…」
「清香、最近おかしいよ。何があったの?」
「何も…」
「嘘だ」
真志が清香の隣に座った。
「俺、清香のこと好きだから」
真志が清香の目を見つめる。
「だから、わかるんだ」
「清香が苦しんでるの」
清香は、ついに堰を切ったように泣き出した。
そして、全てを話した。
家族のこと。
森での歌のこと。
夢の声のこと。
母を突き飛ばしたこと。
真志は黙って聞いていた。
そして――
「清香、家に帰ろう」
「え…?」
「家族が、待ってるよ」
「でも…私、お母さんを…」
「大丈夫だよ」
真志が清香の手を握った。
「清香は、家族を愛してる。弟や妹のことも、お母さんのことも」
「だから、苦しいんだ。本当は、一緒にいたいのに」
清香は涙を流した。
「うん…」
「なら、帰ろう。そして、話そう。ちゃんと」
真志が立ち上がり、手を差し伸べた。
清香は、その手を取った。
「ありがとう、真志」
「どういたしまして」
真志が微笑んだ。
「俺、清香の味方だから」
【家族の対話 ― 本音をぶつけ合う】
月森家のリビング。
家族全員が集まった。
清香が、真志に付き添われて帰ってきた。
「清香…」
澪が立ち上がる。
「ごめんなさい、お母さん」
清香が頭を下げた。
「私、お母さんを突き飛ばして…」
「いいの」
澪が清香を抱きしめた。
「それより、帰ってきてくれて嬉しい」
隆も、子どもたちも、みんなで抱き合った。
しばらくして、全員が落ち着いた。
桃矢が口を開いた。
「皆さん、今から大切な話をします」
桃矢がテーブルの中央に座る。
「清香さん、あなたの本音を聞かせてください」
清香は躊躇した。
だが、真志が隣で頷いてくれた。
清香は、ゆっくりと話し始めた。
「私…森での歌が、嫌だった」
澪と隆が息を呑む。
「毎日毎日、同じことの繰り返し」
「友達とも遊べない。真志とも、ゆっくり過ごせない」
清香の声が震える。
「弟や妹の面倒も見なきゃいけない」
「お母さんとお父さんは忙しくて、家にいない」
「私、いつまでこれを続けなきゃいけないの?」
清香が涙を流した。
「私も…普通の女の子として、生きたかった」
澪は、清香の言葉を聞いて、胸が張り裂けそうになった。
「清香…ごめんなさい」
澪が深く頭を下げた。
「私、母親失格です」
「仕事ばかりで、あなたの気持ちに気づかなかった」
隆も頭を下げた。
「俺も…父親として、何もできていなかった」
「研究ばかりで、家族を見ていなかった」
二人は涙を流した。
「ごめん、清香」
舞鳳が口を開いた。
「澪、隆。二人とも、自分を責めすぎだ」
「でも…」
「二人は、この市のために、人々のために働いてきた」
舞鳳が窓の外を見た。
「澪、お前が市長になってから、この市は大きく発展した」
「隆、お前の研究は、多くの人を救ってきた」
「二人は、立派な人間だ」
舞鳳が二人を見た。
「だが…家族のことを、少し忘れていた」
「それは事実だ」
澪と隆は頷いた。
桃矢が続ける。
「でも、今気づけた。それが大切なんです」
「これから、変えていけばいい」
澪が清香を見つめた。
「清香、これから変わります」
「市長の仕事、減らします」
「子どもたちと、もっと時間を過ごします」
隆も頷いた。
「俺も、研究所から早く帰るようにする」
「週末は、家族で過ごそう」
清香は涙を拭った。
「お母さん、お父さん…」
「そして、清香」
澪が清香の手を握った。
「森での歌、もう無理しなくていいわ」
「え…?」
「あなた一人に、全てを押し付けていた」
「これからは、家族みんなで守りましょう」
「毎日じゃなくて、週に何回か。みんなで一緒に」
清香の目に、光が戻った。
「本当に…?」
「ええ。約束するわ」
澪が微笑んだ。
健吾が前に出た。
「お姉ちゃん、僕も手伝うよ」
都も続ける。
「私も。お姉ちゃん一人に任せない」
陸と亜美も頷いた。
「僕たちも!」
清香は、家族全員を見渡した。
みんな、自分を見てくれている。
「みんな…」
清香は声を上げて泣いた。
「ありがとう…」
家族全員で、もう一度抱き合った。
【真志との別れ ― 恋人の支え】
数日後、清香と真志は公園で話していた。
「真志、ありがとう」
清香が微笑む。
「あの時、私を助けてくれて」
「どういたしまして」
真志も笑った。
「でも、俺は何もしてないよ。清香が自分で決めたんだ」
「ううん」
清香が首を振る。
「真志がいてくれたから、帰る勇気が出た」
清香が真志の手を握る。
「真志、これからもよろしくね」
「ああ」
真志が清香の頭を撫でた。
「俺、ずっと清香の味方だから」
二人は、幸せそうに笑い合った。
【禍津日神との対決 ― 母の愛】
その夜、月森家全員で森へ向かった。
桃矢と舞鳳も同行した。
森の中心、封印の石の前に立つと――
黒い霧が噴き出した。
「ほう、家族揃って来たか」
禍津日神の声が響いた。
「禍津日神…!」
澪が前に出た。
「清香を、よくも洗脳してくれたな」
「洗脳?」
禍津日神が笑った。
「私は、清香の本音を聞いただけだ」
「お前が娘を追い詰めたのだ」
澪は言葉に詰まった。
「そうです」
清香が前に出た。
「お母さんが、私を追い詰めました」
澪の顔が蒼白になる。
「でも――」
清香が母を見た。
「お母さんは、悪気があったわけじゃない」
「ただ、一生懸命だっただけ」
清香が微笑んだ。
「だから、私は許します」
「そして、これからは家族で守ります」
禍津日神が苛立った。
「馬鹿な…!」
「家族の絆など、脆いものだ!」
黒い霧が、清香に襲いかかる。
「清香!」
澪が清香の前に飛び出した。
そして――
澪の体が、光り始めた。
兎の力が解放される。
「母の愛を、舐めるな」
【月の薬 ― 浄化の力】
澪が懐から、小さな瓶を取り出した。
「これが、月の薬」
銀色に輝く液体。
舞鳳が驚いた。
「澪…まさか、完成していたのか」
「ええ」
澪が頷く。
「夫と二人で、何年もかけて作りました」
隆も前に出た。
「この薬は、命を再生させる」
「そして、邪気を浄化する」
二人は顔を見合わせ、頷いた。
澪が瓶を開け、禍津日神に投げつけた。
液体が禍津日神に触れると、黒い霧が消えていく。
「ぐっ…何だ、これは…!」
「月の力です」
澪が微笑んだ。
「清らかで、優しく、そして強い」
「母の愛のように」
隆も続ける。
「父の想いのように」
二人の手が、繋がれた。
光が、さらに強まる。
【家族の封印 ― かごめかごめ】
桃矢が叫んだ。
「今です!みんなで歌ってください!」
月森家の七人が、輪になった。
父・隆
母・澪
長女・清香
長男・健吾
次女・都
次男・陸
三女・亜美
そして、真志も輪に加わった。
「かごめかごめ、かごの中の鳥は…」
家族の歌声が、森に響く。
清香が、涙を流しながら歌った。
今度は、一人じゃない。
家族みんなで。
「いついつ出やる、夜明けの晩に…」
光が、封印の石を包む。
「鶴と亀が滑った、後ろの正面だあれ」
光の柱が天へ伸び、禍津日神は封印された。
【その後 ― 変わった家族】
数週間後。
澪は、市長の仕事を減らした。
副市長に権限を委譲し、自分は週に三日だけ出勤することにした。
隆も、研究所から早く帰るようになった。
夕食は、家族全員で食べるようになった。
森での歌も続けているが、今は家族で楽しんでいる。
週に二回、みんなで森に行く。
清香は、友達や真志とも、たくさん時間を過ごせるようになった。
弟妹たちも、以前より笑顔が増えた。
月森家は、本当の意味で家族になった。
【桃矢と舞鳳 ― 別れの日】
桃矢と舞鳳が次の地へ向かう日。
月森家全員が見送りに来た。
「桃矢さん、舞鳳さん、ありがとうございました」
澪が深く頭を下げた。
「あなたたちのおかげで、私たち家族は変わることができました」
隆も頭を下げる。
「本当に、感謝しています」
清香も前に出た。
「桃矢さん、あなたが来てくれなければ、私は家族を失っていました」
「ありがとうございました」
桃矢は微笑んだ。
「いえ。あなたたちが、自分で気づいたんです」
「家族の大切さを」
舞鳳が澪に言った。
「澪、これからも家族を大切にしろよ」
「ええ」
澪が頷く。
「約束します」
桃矢と舞鳳は、駅へ向かう道を歩いていた。
「桃矢」
「はい」
「お前のおかげで、澪は救われた」
舞鳳が微笑む。
「俺一人では、あそこまでできなかった」
桃矢は照れくさそうに笑った。
「舞鳳さんがいてくれたから、俺も頑張れました」
二人は顔を見合わせ、笑った。
「良いコンビだな、俺たち」
「ええ」
桃矢が頷く。
「これからも、一緒に頑張りましょう」
「ああ」
二人は、並んで駅へ向かった。
朝日が、二人を照らしていた。
【安倍晴明の声】
その夜、桃矢の夢に安倍晴明の声が響いた。
『桃矢、よくやった』
『澪は、母としての強さを取り戻した』
『家族は、何よりも大切だ』
『それを、お前が教えてくれた』
晴明の声が、優しく響く。
『そして…舞鳳のことも、頼む』
『あいつは、お前を信頼している』
『お前も、あいつを信頼してやってくれ』
桃矢は微笑んだ。
「はい、晴明様」
【舞鳳との夜道】
翌朝、二人は次の地へ向かう列車に乗った。
窓の外には、朝日に照らされた森が広がっている。
「舞鳳さん」
「ん?」
「俺、舞鳳さんと旅ができて…本当に良かったです」
舞鳳は少し驚いた。
「…どうした、急に」
「いえ」
桃矢が微笑む。
「月森家を見ていて、思ったんです」
「家族って、いいなって」
「でも、俺たちも…ある意味、家族みたいですよね」
舞鳳は少し照れた。
「…ああ」
「俺も、お前と旅ができて…良かった」
二人は、並んで窓の外を見つめた。
朝日が、二人を照らしていた。




