第4話 南の島 ― 守る価値 ―
フェリーが、ゆっくりと港に近づく。
桃矢と舞鳳は、デッキに立っていた。
遠くに見える島――中央に、煙を上げる火山がそびえている。空は灰色で、時折、火山灰が風に舞っている。噴煙は絶えず、まるで山が怒りを溜め込んでいるようだ。
「あれが…午の守る地か」
桃矢が呟いた。
「ああ」
舞鳳が答える。
「颯という妖だ。馬の化身で、激しく、熱い」
舞鳳は島を見つめた。表情が暗い。
「もう何年も、連絡が来ていない」
「何年も…?」
「ああ。他の妖たちも心配している。颯は…変わってしまった」
舞鳳の声が沈む。
「何があったのかは、会えばわかる」
【寂れた港】
フェリーが港に着いた。
だが、港には誰もいなかった。
「…人がいない」
桃矢が辺りを見回す。古い建物、錆びた看板、閉まった店。まるで、ゴーストタウンのようだ。
「人口流出が激しいんだ」
舞鳳が説明する。
「若者は都会へ出て、残っているのは老人ばかり」
二人は島の中心部へ歩き始めた。
道を歩くと、数人の老人とすれ違った。
背を丸めてゆっくり歩く男性。買い物袋を両手に提げ、息を切らせている女性。ベンチに座り、ぼんやりと海を見つめる老人。
「…あんたら、旅の者かい?」
畑仕事の帰りらしい、土のついたエプロンをつけた老婆が声をかけてきた。日焼けした顔には深い皺が刻まれ、目には疲労と諦めが宿っている。
「はい。この島の様子を見に来ました」
「…様子?見ての通りじゃよ。もう、この島は終わりじゃ」
老婆の声には、悲しみがあった。
「若い者は皆、出て行った。残っているのは、わしらのような年寄りばかり。年寄りが、年寄りの面倒を見とる」
老婆は咳き込んだ。
「もう、限界じゃ…」
【姥捨山の噂】
島の中心部にある小さな診療所。
そこで、島唯一の医師――70歳を超えた老医師が、患者を診ていた。
「先生、この島には…姥捨山があると聞いたんですが」
桃矢が尋ねると、老医師の顔が曇った。
「…ああ、ある。島の北側、火山の中腹に」
「本当に、そこに老人を…?」
「ああ」
老医師は苦々しく答えた。
「近年、噂を聞きつけて…本土から来る者もいると聞いた。確証はない。だが、この島の者だけでは説明がつかないほど、骨が増えている」
老医師は苦々しく続けた。
「いや…もしかしたら、昔からこの島にいた者たちが、どれだけ追い詰められていたか…その証かもしれん」
桃矢は息を呑んだ。
「なぜ、警察は…」
「証拠がない。『登山中に迷った』『自分で行方不明になった』と言い逃れされる。そして…」
老医師は窓の外を見た。
「この島の住民も、もう止める力がない。年寄りばかりで、誰も山に登れない」
「そこには…」
「古い防空壕がある。戦時中に作られた。今は、無数の人骨が転がっている」
桃矢の拳が震えた。
「許せない…」
舞鳳も、怒りで表情を歪めた。
「人間は…こんなにも、堕ちたのか」
【颯との遭遇】
二人は、姥捨山へ向かった。
険しい山道を登る。火山灰が降り、足場は悪い。だが、二人は黙々と登り続けた。
やがて、防空壕の入り口が見えてきた。
暗い洞窟の中に、無数の白い骨が散らばっている。
「これは…」
桃矢が絶句する。
その時――
「来るな」
低く、怒りに満ちた声が響いた。
振り返ると、一人の青年が立っていた。
背が高く、筋肉質。赤みがかった髪が風に揺れている。目は鋭く、全身から怒気が立ち上っている。
「颯…!」
舞鳳が叫んだ。
「舞鳳か」
颯が冷たく答えた。
「何の用だ」
「颯、お前…連絡が途絶えていたから、心配して…」
「心配?」
颯が嘲笑った。
「俺のことより、この骨の山を心配しろ」
颯は防空壕を指差した。
「見ろ。これが、人間だ。老いた親を、ゴミのように捨てていく」
「颯…」
「俺は千年、この島を守ってきた。地震から、噴火から、津波から。何度も、この島を救った」
颯の声が震える。
「だが、人間は何をした?老人を捨てた。弱い者を見捨てた」
颯は拳を握りしめた。
「こんな人間を…守る価値があるのか?」
【颯の怒り】
颯の体が燃え始めた。
炎が纏わりつき、髪が逆立つ。馬の妖の本性が現れる。
「俺は、もう封印を守らない。人間が、禍津日神に滅ぼされようと知ったことか!」
「颯、待て!」
舞鳳が叫んだ。
だが、颯は聞かなかった。地面を蹴り、炎を纏いながら突進してくる。
「くっ…!」
舞鳳が颯を受け止める。二人の妖が、激しくぶつかり合う。
「颯、落ち着け!お前の気持ちはわかる!だが…」
「わかるものか!」
颯が舞鳳を吹き飛ばす。
「お前たちは、まだ人間に希望を持っている!だが、俺は見た!この島で、何度も何度も、人間の醜さを見た!」
颯が地面を叩くと、地割れが走り、マグマが噴き出す。
「この島ごと、燃やし尽くしてやる!」
【桃矢の行動】
その時、桃矢が防空壕の中に走り込んだ。
「桃矢!危ない!」
舞鳳が叫ぶ。だが、桃矢は止まらない。
颯の放った火炎が、防空壕の入口を焼いた。
桃矢の腕に火が掠める。
「くっ…!」
痛みに顔を歪めながらも、桃矢は奥へ進んだ。
崩れかけた天井から石が落ちてくる。
肩を打たれ、背中を擦りむく。
それでも、桃矢は止まらなかった。
暗闇の奥で、桃矢は震える老人を見つけた。
「…助け…て…」
息がある。
放っておけば、数分で命を落とすだろう。
「大丈夫です。必ず…助けます」
防空壕が崩れる音。
外では颯が叫び、炎が唸っていた。
桃矢が老人を背負おうとした瞬間だった。
胸元の勾玉が、突然激しく脈打った。
まるで、心臓のように。
「な、なんだ…!」
胸元の勾玉が、突然まばゆい光を放った。
防空壕の闇が消え、桃矢の意識がどこかへ引きずり込まれていく。
「な、なんだ…!」
――映像が、流れ込んできた。
(見せたいのか…?この人の、真実を…)
【勾玉が見せる真実】
◇◇◇
古い畳の色あせた六畳間。
そこで一人の老いた女性――102歳の母・トメが、痛む体を抱えながら、息子に向かって呟いている。
その横に座るのは、腰の曲がった80歳の息子・正夫。
たった二人の家族。
声は震え、けれどどこか穏やかだった。
「正夫…もう、わしを放っておいてええんだよ。毎日、すまんねぇ。おまえだって、楽になりたいだろうに…」
「そんなこと言うなよ、母さん…」
「もう、死ねたらええのに。でも、自分じゃ死ねんのよ。…連れていってくれんかね? あのお山へ」
正夫の顔が崩れた。
「やめてくれ…母さんそんなこと…」
「お前を苦しめとうないんよ。長生きなんか、もう…罰みたいなもんじゃ」
正夫の涙が畳に落ちる。
「そうだな母さん…すまん。オレも疲れた。すぐに行くから。向こうで…会おうな…」
母は静かに微笑んだ。
ーーその直後、場面が激しく揺れた。
正夫が母を背負い、険しい山道へ向かう。
その先にあるのは――防空壕。
母は弱々しく言う。
「正夫…ありがとうねぇ。よう生きて、よう頑張ったよ…」
正夫は泣いている。
誰にも頼れず、誰にも相談できず、他に選択肢のない10年以上1人で続けた“孤独な介護”の果て。
◇◇◇
映像が途切れた。
桃矢は震える手で、老人――正夫を抱きしめた。
「…あなたは、正夫さんですか」
正夫の虚ろな目が、わずかに動いた。
「母さんが…言った…『連れて行ってくれ』と…」
正夫の声は掠れている。
「俺も…疲れた…もう…限界だった…」
「でも…」
正夫の目から、涙が流れる。
「母さんを…ここに置いて…家に帰ったら…」
「……自分のしたことが…おそろしくて」
正夫の震えが止まらない。
「毎晩…母さんの顔が浮かぶ…」
「俺は…人殺しじゃ…だから防空壕に入った……」
桃矢は正夫の肩を抱いた。
「違います」
「あなたは…精一杯、頑張ったんです」
「一人で、母親を支え続けた」
「誰も助けてくれない中で」
桃矢の声が震える。
「あなたは…悪くない」
「悪いのは…あなたを孤立させた、社会の方です」
正夫は声を上げて泣いた。
80歳の老人が、子どものように泣いた。
桃矢は血を流す腕で正夫を背負った。
焼けた皮膚が痛む。肩から血が滴る。
その時、防空壕の天井が崩れ始めた。颯の力で、山全体が揺れている。
「桃矢!」
舞鳳が駆け寄り、桃矢と正夫を外へ引きずり出した。
【桃矢の言葉】
颯は、呆然と立ち尽くしていた。
桃矢が血を流しながらも、老人を守っている姿を見て。
「颯さん…」
桃矢が颯を見つめた。
「あなたの怒りは、正しい」
颯が目を見開いた。
「老人を捨てる人間は、許せない。俺も、許せない」
桃矢は膝をついた。体が限界に達している。
「でも…」
桃矢は正夫を見た。
「この人は…母親を愛していた」
「毎日、介護を続けた」
「でも、誰にも助けてと言えなかった」
桃矢の声が震える。
「一人で、限界まで頑張った」
「そして…追い詰められた」
桃矢は颯を見た。
「颯さん、この人も…被害者なんです」
颯は息を呑んだ。
「俺は…やっぱり守りたい」
桃矢が続ける。
「この人を。この人みたいに、孤独に追い詰められる人を」
「俺は…人間を守る価値があるかどうか、わからない」
「でも、わからないからといって、諦めたくない」
桃矢が手を伸ばす。
「一人でも、守る価値のある人がいるなら…俺は、戦う」
颯の目から、涙が溢れた。
「お前…馬鹿だな…」
その時――
正夫が、桃矢を背負おうとした。
80歳の老人が、震える足で立ち上がり、傷ついた桃矢を支えようとしている。
「正夫さん…」
「あんたは…わしを救ってくれた」
正夫の声が震える。
「だから今度は、わしが…」
颯は、その姿を見て息を呑んだ。
老いて、弱って、追い詰められていたはずの人間が。
それでも、誰かを支えようとしている。
「人間は…」
颯の声が震える。
「こんなにも…強いのか」
桃矢は正夫に支えられながら笑った。
「人間は馬鹿で、弱い。でも…だからこそ、支え合おうとする」
「馬鹿じゃなきゃ、やってられないんです」
颯は膝をついた。
千年守ってきたはずのものを、今、初めて理解した気がした。
【颯の気づき】
颯は、膝をついた。
拳を震わせた。
「俺が…守るべきだったのは…」
颯の声が、苦しげに絞り出される。
「この島の、人と人との繋がりだった…」
「孤独に、追い詰められていた…のか」
颯は顔を覆った。
「俺は…何を守ってきたんだ…」
舞鳳が颯の肩に手を置いた。
「颯、気づくのが遅すぎたわけじゃない」
「今からでも、間に合う」
颯は顔を上げた。
「間に合う…?」
「ああ」
桃矢が頷く。
「これから、この島を…本当の意味で、守りましょう」
「孤独な人を、作らないように」
「みんなが支え合える島に」
颯は桃矢の手を取った。
「…ああ」
「もう一度だけ…信じてみる」
ーー颯は防空壕を見た。
「また、人間を信じることが出来るとは」
桃矢は頷いた。
「颯さん、人間は変わりやすい。醜くも、尊くもなる」
「だからこそ、俺たちが必要なんじゃないですか?」
桃矢が手を伸ばした。
「人間が道を踏み外しそうな時、手を差し伸べる存在が」
颯は、桃矢の手を見つめた。
「お前…晴明様に、似ているな」
「え?」
「晴明様も、そう言っていた。『人間は弱い。だから、守る価値がある』と」
颯は桃矢の手を取った。
「わかった。もう一度だけ…信じてみる」
【封印の補修】
颯、舞鳳、桃矢の三人は、火山の中腹にある封印の石へ向かった。
石は、溶岩の中にあった。高熱で近づけない。
「颯、頼む」
「ああ」
颯が溶岩の中に飛び込んだ。馬の妖の力で、炎を纏いながら泳ぐ。
封印の石は、大きく亀裂が入っていた。
「これは…酷いな」
颯が石に手を当てる。
「千年、俺はこれを守ってきた。だが…心が折れかけていた」
颯は桃矢を見た。
「だが、お前が来てくれた。だから、もう一度頑張れる」
地上では、桃矢が島の老人たちを集めていた。
医師が診療所で治療していた正夫も、包帯を巻いたまま参加していた。
「皆さん、一緒に歌ってください。この島を守るために」
「わしらのような年寄りが…?」
「はい。皆さんこそが、この島の宝です」
老人たちの目に、涙が浮かんだ。
「かごめかごめ、かごの中の鳥は…」
老人たちが、か細い声で歌い始める。
「いついつ出やる、夜明けの晩に…」
歌声が、火山に響く。
溶岩の中で、颯が封印の石を抱きしめた。
「晴明様…見ていてくれ」
光が石から溢れ出す。
「鶴と亀が滑った、後ろの正面だあれ」
颯が叫んだ。
「封!」
光の柱が天へ伸びる。火山の活動が静まり、溶岩が冷えていく。
【老人たちの決起集会】
数日後――
診療所の待合室に、島の老人たち30人ほどが集まっていた。
正夫が前に立つ。
「皆、聞いてくれ」
正夫が語り始めた。
「わしは…あの防空壕に、母を連れて行った」
老人たちが息を呑む。
「母は102歳。わしは80歳。二人だけで暮らしていた」
「毎日、毎日介護をした。終わりの見えない介護は辛い…」
正夫の目に、涙が浮かぶ。
「母が言った。『もう、わしを楽にしてくれ』と」
「わしも…限界だった」
「だから…母を、あの山に連れて行った」
老人たちが静かに聞いている。
「でも…」
正夫の声が震える。
「桃矢さんが、わしを救ってくれた」
「『あなたは悪くない』と言ってくれた」
正夫が拳を握る。
「わしは思った。このままじゃいかん、と」
「わしらは、年寄りだ。体も弱い。若い者もいない」
「だが…何もしないわけにはいかん」
老人たちの目にも、涙が浮かぶ。
正夫の声は震えていた。
だが、一言一言、噛みしめるように話す。
「わしらだけでも、生きていく仕組みを作らんか」
「一人で倒れても、誰かが気づく仕組みを」
「体を鍛えて、寝たきりにならない仕組みを」
「そして…もう二度と、あの防空壕に人を捨てさせない仕組みを」
誰も、口を挟まなかった。
正夫の言葉を、全員が真剣に聞いていた。
一人の老婆が手を挙げた。
「正夫さん、わしらにできるかのう…」
「できる!」
正夫が力強く答える。
「わしらは、この島で何十年も生きてきた。台風も、地震も、乗り越えてきた」
「若い者に頼らんでも、わしらだけでやれる」
医師も立ち上がった。
「私も協力します。毎朝、体操教室を開きましょう」
「寝たきりにならないために、体を動かすんです」
老人たちが頷く。
「よし、やろう!」
「わしらが変わらんとな」
【ともしび会(互助システム)】
翌朝から、新しい取り組みが始まった。
朝9時。
島中に、鐘の音が響いた。
各家の老人が、玄関先で鐘を鳴らす。
「私は元気です」の合図だ。
正夫が杖をつきながら近所を見回る。
「おお、山田さんちも鳴っとる」
「田中さんちも」
「…あれ?佐藤さんちが鳴っとらん」
正夫は杖をつきながら佐藤の家を訪ねた。
「佐藤さーん!」
返事がない。
正夫は扉を開けた。
佐藤が、床で倒れていた。
「佐藤さん!」
正夫はすぐに医師を呼んだ。
「間に合った…」
医師が処置をする。
佐藤は一命を取り留めた。
「正夫さん、先生…ありがとう…」
「礼はいらん。わしらは、家族だからな」
正夫は微笑んだ。
「もう、誰も一人で死なせん」
【元気塾(体操教室)】
毎朝8時、公民館に老人たちが集まるようになった。
医師が前に立つ。
「さあ、始めましょう!」
「足を上げて、一、二、三、四!」
老人たちが、ゆっくりと体を動かす。
腰が痛む者もいる。膝が悪い者もいる。
だが、誰も休まない。
「動けるうちは、動く!」
「自分の体は、自分で守る!」
正夫が笑う。
「わしゃ、筋肉痛じゃ!」
「わしも!」
「動けると、嬉しいの」
老人たちは、嬉し涙を拭った。
長い間、体が思うように動かなかった。
だが今、自分の足で立ち、動いている。
それだけで、胸が熱くなった。
一週間後――
正夫が階段を、杖なしで登れるようになった。
「おお、正夫さん!」
「足腰が、少し強くなったわい」
正夫は胸を張った。
「体操のおかげじゃ」
【姥捨山監視隊】
週に一度、老人たちが山を見回ることになった。
最初の日――
正夫を先頭に、10人ほどの老人が山道を登る。
杖をつき、腰を曲げながらも、一歩ずつ進む。
「正夫さん、大丈夫かい?」
「ああ、まだまだいけるわい」
30分かけて、防空壕に着いた。
老人たちは、そこで黙祷した。
「ここで亡くなった人たちよ、安らかに」
正夫が言う。
「わしらが、二度とこんなことを起こさせん」
老人たちが頷く。
「この山を、見守り続ける」
「誰も、捨てさせない」
【慰霊碑の建立】
さらに一週間後――
老人たちが、防空壕の前に慰霊碑を建てた。
石を運び、土台を作り、碑文を刻む。
全て、老人たちの手で。
颯も手伝った。重い石を運び、老人たちを支える。
「颯さん、ありがとう」
正夫が続けた。
「これからはわしらも一緒にこの島を守らせてくれ」
碑文には、こう刻まれていた。
「ここに眠る魂に捧ぐ。我らは忘れず、繰り返さず」
正夫が慰霊碑に手を合わせた。
「母さん…見ていてくれ」
「わしは、もう二度と…誰も孤独にさせん」
【桃矢たちの出発】
桃矢と舞鳳が島を出る日――
老人たちが港に集まっていた。
「桃矢さん、ありがとう」
正夫が深く頭を下げる。
「あんたが、わしらを変えてくれた」
「いえ、正夫さんたちが、自分たちで変わったんです」
桃矢が微笑む。
正夫は胸を張った。
「わしら、これからも頑張るよ」
「毎朝、鐘を鳴らして、お互いを確認する」
「体操して、体を鍛える」
「山を見回って、誰も捨てさせん」
老人たちが頷く。
「若い者がいなくても、わしらだけでやれる」
一人の老婆が前に出た。
「桃矢さん、また来てくれよ」
「その時は、もっと元気になっとるからな!」
桃矢は涙を堪えた。
「はい。必ず、また来ます」
颯も見送りに来ていた。
「桃矢、舞鳳、ありがとう」
「お前たちが来てくれて、この島は変わった」
颯は老人たちを見た。
「弱いと思われていた老人たちが、立ち上がった」
「一人で倒れないように、支え合っている」
「一人にならないように、声をかけ合っている」
「体を鍛えて、自分たちで生きていこうとしている」
颯は微笑んだ。
「人間は…変われる」
「老いていても、弱くても、立ち上がれる」
颯が桃矢の肩を叩く。
「それを、教えてくれた」
桃矢が頷く。
「颯さん、この島を守ってください」
「ああ。任せておけ」
颯は力強く答えた。
「老人たちと共に、この島を守り抜く」
【エピローグ】
一年後――
島では、大きな変化が起きていた。
ともしび会
毎朝9時、島中に鐘の音が響く。
誰一人、取り残される者はいない。
元気塾
公民館には、毎朝30人以上の老人が集まる。
杖なしで歩けるようになった者も増えた。
「わしは、昨日神社まで歩けたぞ」
「わしもまた畑仕事をしようと思う」
姥捨山監視隊
毎週、老人たちが山を見回る。
もう、防空壕に新しい骨が増えることはなかった。
そして――
ある日、一人の若者が島に帰ってきた。
「じいちゃん!」
正夫が驚く。
「お前…都会から戻ってきたのか!」
「うん。じいちゃんたちが頑張ってるって聞いて」
「俺も、島に帰って手伝うよ」
正夫の目に、涙が溢れた。
「そうか…ありがとう」
若者は島を見回した。
「この島、変わったね」
「みんな元気で、明るくて」
「ああ」
正夫が微笑んだ。




