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かごめ封印  作者: 月音


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第18話 ーー 留める力 ーー

【白虎の記憶】


――見えたのは、山だった。

深い、深い山。

人の気配など、まるでない。


月が、木々の間から差し込んでいる。

そこに――

白い獣がいた。


四つ足で、しかし優美に。

風そのもののように、岩を駆ける。


(……これが)

桃矢は息を呑む。

(白虎……)


「そうだ」

声が、すぐ隣から聞こえた。


桃矢が振り向くと――

白虎が、人の姿で立っていた。


白い装束。

長い銀髪。

金色の瞳。


「ここは、我の記憶」

白虎は静かに言う。

「貴様が踏み込んだ、我の在処だ」


桃矢は、改めて白虎を見た。

「……初めて、ちゃんと見る」


白虎は、わずかに目を細める。

「そうだな」


「器の中では、姿など不要だったからな」


桃矢は、視線を山へ戻した。


「……これが、千年の記憶」


「藤原の山」

「あるが、ない場所」


白虎は頷く。

「ああ」


「千年以上――我は、ここにいた」


「霊力をあげる役目を負いながら、

その合間で、自身の修行も重ねていた」


「山を守り」

「風と共に在った」


桃矢は、走る白虎の姿を見つめる。


その動きは、美しかった。


――と同時に。

胸の奥へ、何かが静かに流れ込んでくる。


怒りでも、悲しみでもない。


もっと、深く長い――感情の痕跡のようなもの。


「……なんで」

ふと、言葉が出る。


「なんで、俺のところへ来たんだ」


白虎は、少し黙っていた。


やがて――静かに答える。


「惹かれた」


「千年の眠りの中で」

「我は、自由を渇望していた」


低く、静かな声だった。


「封じられ」

「留め置かれ」

「役目だけを与えられ続けることに――」


「怒りも、焦がれも、確かにあった」


桃矢は、息を呑む。


あの夜。

神泉苑でぶつかり合った、白虎の激しさが脳裏をよぎる。


「だが――」


白虎は、続けた。


「ただ解き放たれるだけでは」

「我は、我でなくなる」


「力を振るう獣に堕ちるだけだ」


白虎の金色の瞳が、静かに細まる。


「貴様を見て、悟った」


「縛られながらも、立つ者がいる」

「境界に立ち、選び続ける者がいる」


「自由とは――」

「逃げることではない」


「引き受けることだ」


白虎は、はっきりと言った。


「だから――」


「貴様を、選んだ」


「千年の眠りを破り」

「人の世へ、もう一度出る道を」


「……自由になりたかったはずなのだがな」


「気づけば――」


「また、人の背中を押している」


白虎は、肩をすくめるように笑った。


「まったく、懲りぬものだ」


白虎が、ふっと視線を山へ戻す。


走る“過去の白虎”が、

一瞬だけ――立ち止まる。


その瞬間。


桃矢の胸が、ぎゅっと締め付けられる。


(……っ)


呼吸が、乱れる。

霊力が溢れたわけじゃない。

むしろ――引き絞られる感覚。


「……感じたか」


白虎が、低く言う。


「力は、出すものではない」


「留めるものだ」


山の風が、止む。


いや――

桃矢の内側だけが、静まった。


今まで、無意識に外へ外へと流していたものが、

初めて――中心に集まる。


「それが、制御だ」


白虎は、淡々と告げる。


「貴様は、元々持っている」

「ただ――散らかしていただけだ」


桃矢は、言葉を失う。


だが、確かに分かる。


力が増えたわけじゃない。

けれど――


今なら、振るわずに立てる。


「これ以上は、今日は要らん」


白虎は背を向けた。


「目覚めれば、身体が覚えている」


山の景色が、風に溶け始める。


「戻るぞ、桃矢」

白虎の声が、遠ざかる。


「次は――」


「力を、動かす」


【現実へ】


「――っ!」

桃矢が目を開けた。


中庭に、朝日が差し込んでいる。


「……先輩!」

薫が駆け寄る。

「大丈夫ですか、急に動かなくなって……」


「ああ……」


桃矢は額の汗を拭う。

「大丈夫」


ハクが腕を組んで見ている。

「……どうだった」


「白虎の、記憶に触れた」

桃矢は静かに言う。


「山で過ごした、千年の記憶」


風花が、胸に手を当てる。

「……千年も」


桃矢は頷いた。

「ああ」


「白虎は、穏やかに過ごしていた。

それなのに――俺を、強くするために?」


「ならば」


だからこそ――

(ちゃんと、向き合わないと)


白虎の声が、胸の奥から響く。

「休むな、桃矢」


「次だ」


「……はいっ!」

桃矢は立ち上がり、再び呼吸を整えた。


「来い」


白虎の気配が、右腕に集まる。


「力を――顕現させろ」


「形にするんだ」


掌の光が、ゆっくりと収束する。


――その時。

桃矢の胸元が、淡く光った。


「……?」


思わず視線を落とした、その瞬間。


肌身離さず下げていた勾玉が、

まるで呼応するように――浮かび上がる。


白く、柔らかな光を帯びて。


「これは……」


桃矢の喉が、ひくりと鳴った。


幼い頃から、ずっと持っていたもの。

生まれ落ちた時から、

握りしめていたと聞かされたもの。


「それだ」


白虎が、静かに告げる。


「貴様が、最初から持っていたもの」


「それが定まらねば――」

「力は、ただ溢れるだけだ」


勾玉が、桃矢の掌へと静かに降りる。


温かい。


不思議なほど、馴染む。


「これは……」


「貴様の、意志の“核”だ」

白虎の声が、内側に響く。


桃矢は、勾玉を見つめた。


瞬間――

勾玉の光が、脈打つように強まった。


「その勾玉で――」

「貴様の力を、制御してみせよ」


桃矢は、息を整えた。


勾玉を、そっと掌に包む。


温かい。


それだけで、胸の奥が静まっていく。

(制御……)


ただ――

ここにある、と認める。


白虎の気配が、背後で静かに見守っているのが分かる。


次の瞬間。

勾玉の光が、ふっと強まった。


同時に――

桃矢の内側で、何かが揺れた。


霊力が、湧き上がる。

胸の奥で、渦を巻くように集まり、

勾玉へと、吸い寄せられていく。


「……おお……」

ハクが、思わず声を漏らした。


空気が、静かに張りつめた。


「……そうだ」

白虎が、低く言う。


「それが、留めるということだ」


だが――

次の瞬間。

桃矢の視界が、ぐらりと揺れた。


(……っ!?)

勾玉が、熱を帯びる。

掌が、痺れる。


(熱っ……!)


制御しきれない霊力が、

一瞬だけ、溢れかける。


「欲張るな、桃矢」


白虎の声が、鋭く響いた。

「今日は――“触れただけ”でいい」


「……っ、はい!」

桃矢は、歯を食いしばり、


意識を――手放す。


その瞬間。

勾玉の光が、すっと収まり、


霊力も、静かに胸の奥へ戻っていった。


中庭に、風が吹き抜ける。

何事もなかったかのように。


桃矢は、大きく息を吐いた。

「……今の」


「失敗だ」

白虎は、即答する。


だが――

「同時に、進歩でもある」


桃矢は、驚いて顔を上げた。


「貴様は初めて――」

「力を、壊さずに手放した」

「それが出来る者は、少ない」


白虎の声には、

わずかだが――確かな評価があった。


桃矢は、勾玉を握りしめる。

まだ、熱が残っている。


(……出来る。まだ、少しだが手応えがあった)


完全じゃない。

でも――

道は、見えた。


白虎の声が、胸の奥で低く響く。


「次は――」

「留めた力を」

「どう“使わぬか”を、学べ」


桃矢は、静かに頷いた。

「……はい」


「……疲れた」

どっと、全身から力が抜ける。


「当然だ」

白虎が言う。

「初めて、我の力を正しく引いたのだからな」


「……今日は、ここまでだ」


桃矢は、その場に座り込んだ。


薫が、慌てて駆け寄る。

「先輩、大丈夫ですか!?」


「ああ……」

桃矢は笑った。


「大丈夫」

「……始まったんだな」


白虎との、共存が。


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