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かごめ封印  作者: 月音


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第13話 ーー 結ぶ決意 ーー

【翌朝・十二支堂】


店の準備を終えたあと、

薫は黙って立っていた。


昨日、桃矢は「一緒に行く」と言ってくれた。

その言葉が、どれだけ心強かったか。


でも――いや、だからこそ。


一人で行かなければならない。

そう、決めた。


「……先輩」


「ん?」


桃矢は、何かを察したように視線を向ける。

薫は、少しだけ視線を落とした。


「昨日、一緒に行くと言ってくれて……

 本当に、ありがとうございました」


「でも、やっぱり今日は……

 一人で、行かせてください」


桃矢は、ゆっくりと微笑んだ。

「薫なら…そう言うと思った」


「はい」

薫が、小さく頷いた。


桃矢は、黙ったまま薫を見る。

その目が、ちゃんと前を向いているのが分かる。


「藤原の歴史に、私がちゃんと向き合わなきゃいけない

と思って」


「本当は怖いけど、

 逃げたままじゃ何も終わらないから」



やがて、桃矢が小さく息を吐いた。


「……分かった」


「終わったら、ちゃんと連絡しろ」


薫は、その言葉を胸に受け止める。


「はい」


深く、頭を下げた。


「行ってきます」


「行ってこい」


戸が閉まる音が、静かに響いた。


桃矢は、その場に立ったまま、

しばらく動かなかった。


(……薫なら大丈夫か)


そう呟いてから、

ゆっくりと店の奥へ戻っていった。



【藤原邸・門前】


京の都から少し外れ、竹林を抜けると


黒く塗られた塀が300㍍ほど続く。


三門の前で、薫の足が止まった。


(……やっぱり、

 桃矢先輩に一緒に来てもらえば良かった……)


弱音が、喉まで出かかる。


すぐに首を振った。


「だめだめ」


胸の前で、ぎゅっと拳を握る。


深呼吸。


「……よし」



【藤原邸・屋敷内】


門をくぐった瞬間、

空気が変わった。


春先だというのに、

肌に張りつくような冷たさ。


風は通っているのに、

音だけが遠い。


薫は、

砂利を踏む音さえ立てぬよう、足を運ぶ。


正面玄関の扉を少し開き、中に入った。


畳敷きの長い廊下。


障子越しに、薄い光。


(―この時間なら…

 おじいさまの部屋にいるはず)


一歩、近づくたびに、

胸の奥が静かに締まる。


手のひらが、じっとりと汗ばむ。

ーー喉が、渇く。


おじいさまは怖い。


力のない自分を、ずっと見下してきた。

冷たい目で、突き放してきた。


(でも――)


薫は、立ち止まらなかった。


(逃げたら、何も変わらない)


障子の前で、膝をつく。

息を、整える。


「……失礼します」


声が、わずかに震えた。


返事がない。


だが、

中に“いる”ことだけは、

はっきりと分かった。


重い、気配。


薫は、そっと障子を開けた。


薄暗い部屋。


奥に、道雅の姿。


薫は、両手を畳につき、

深く頭を下げた。


冷たい視線が突き刺さる。


その瞬間。


「…遅かったな」

「そんな所にいないで、入りなさい」


低く、しわがれた声が、

部屋に響いた。


「戻ってくると思っていた」


空気が、ぴたりと止まった。


心臓が、早鐘を打つ。


薫は、ゆっくりと部屋の中ほどにあるソファーに

座った。


(ここで、終わらせる)

(きっと、私にしか出来ない)


薫は、口を開いた。


「……はい」


どこを見ていると言うことはなく空間を見つめながら、

必死に背筋を伸ばす。


逃げたくない。

逃げるわけにはいかない。


「戻って、きました」

声は、かすかに震えていた。



「……あの史実書は、読んだか」


一瞬、時間が止まる。


薫は、息を吸うのを忘れた。


(――バレてる)


胸の奥が、ひやりとする。


問い詰められたわけじゃない。

声も、低く穏やかだ。


なのに。


おじいさまは、最初から全部知っていた。


言い訳をしたい。

逃げたい。


でも――


(ここで、嘘をついたら)

(もう、二度と向き合えない)


薫は、すぐに言葉を探そうとして――やめた。


ここで安易に言葉を出せば、“取り繕う”ことになる。


薫は、ただ視線を落としたまま、黙って座っていた。


沈黙が、部屋を満たす。


祖父も、黙っている。


その沈黙が、薫の心臓を締めつける。


息苦しい。

指先が、冷たい。


薫は、小さく、息を吸った。


【史実書】


やがて――


道雅は、ゆっくりと机の上の一冊に手を置いた。


薫が、昨夜見たのと同じ。

藤原一門の史実書。


「……そこに書いてあることを」


道雅は、淡々とした声で言う。


「どう思った」


問いではあるが、試す響きはない。

ただ――確かめている。


薫は、息を整えた。


「……正直に、言っていいですか」


「構わん」


薫は、小さく息を吸う。


「驚きました」


視線を落としたまま、続ける。


「思っていたより……ずっと、静かな記録でした」


道雅の眉が、わずかに動く。


薫の背中に、じっとりと汗が滲む。


(間違えたら――怒られる)


それでも、言葉を続けた。


「恨みや、怒りが――あまり、書かれていなかった」

「事実だけが、淡々と」


道雅は、短く息を吐いた。


「それが、史実だ」


「……はい」


薫は、ゆっくりと顔を上げる。


道雅の目が、薫を見下ろしている。

冷たく、鋭い。


「でも」


声を、絞り出す。


「そこに書いてあった“事実”は――確かに、藤原一門が都を守るために身を投じた記録でした」

「功績が、消されたことも」


道雅は、黙っている。


その沈黙が、重い。


「でも……晴明様を、悪としては書いていなかった」


「禍津日神は安倍晴明が封じた

――そう、書いてありました」


道雅の目が、薫を捉える。


「おじいさまは、ずっと『すべてを奪った』と――そう、言っていました」



長い、沈黙。


薫は、呼吸を忘れそうになる。


「だから、聞きたいんです」


「史実書に書いてある“事実”と、おじいさまが私に語ってきた言葉」


「その“差”は……どこから来たんですか」


逃げない視線で、道雅を見た。


道雅は、すぐには答えなかった。


その沈黙が、薫の胸を締めつける。


やがて、低い声で言った。


「……事実だけでは、人は生きられん」


その一言が、部屋に落ちた。


道雅は、しばらく黙っていた。


薫は、じっと待つ。

息を潜めて。


やがて――


道雅が、ぽつりと吐き捨てるように言った。


「……今でも、やつには神社まである」

「今でも、民に敬われている」


その横顔が、薄暗い部屋の中で影を落としている。


「ともに闘った藤原家のことなど――誰も、知らぬではないか」


声は低く、だが――

底に、深い痛みが滲んでいた。


薫は、息を呑む。


「名を残した者は神となり、名を消された者は土に還る」


道雅の指が、史実書の表紙を撫でる。


「それが、正しい歴史か」


薫の胸が、ぎゅっと締まる。

答えられない。


「史実書にはな」


道雅は、指先で表紙をなぞる。


「事実しか書いておらん」


「だが――」


視線が、ゆっくりと薫へ向く。


冷たくはない。

けれど――深く、暗い。


「“事実”は、人の心を救わん」


「見方を変えれば、事実はひとつではない」


「置き去りにされた事実はーー悔しさも、怒りも

すべて、行き場を失う」


道雅の声が、ほんの少しだけ震えた。


その震えに、薫の胸が痛む。


「わしはな」


道雅は、静かに続ける。


「晴明を、悪だと思いたかったわけではない」


薫の目が、見開かれる。


(え――)


「だが――」


道雅の声が、低く沈む。


「誰かを恨まねば、藤原家は消えてしまう」


沈黙。


重い、沈黙。


「恨みはな」


道雅は、薫をまっすぐ見て言った。


「名を残すための、最後の楔だ」


薫の胸が、強く締めつけられる。


(そうだったんだ……)

(守ろうとしていたんだ)

(歪んだ形で――)


道雅は、薫から視線を外さない。


「だから、聞く」


その声に、鋭さが戻る。


「お前は――それでも、史実だけで進むのか」


「それとも」


道雅の目が、薫を射抜く。


「恨みを、引き継ぐのか」


【藤原の力】


道雅は、史実書から手を離した。


「藤原一門はな」


その声に、わずかな誇りが宿る。


「元より、術で劣っていたわけではない」


薫は、顔を上げる。


道雅の目が、鋭く光った。


「むしろ――“要石”などに頼らずとも」


声が、静かに響く。


「禍津日神を、永遠に葬る力を」

「藤原は、持っておったはずなんだ」


(……そんなはずない)


薫の目が、見開かれる。


「それを――今の世に見せつける」

「もう少し」

「あと少しで、全うできる」


道雅は、淡々と言った。


「そうすれば、誰の力が真に都を守ったのか」

「安倍晴明より、藤原の方が上だと――分からせることができる」


薫の胸が、嫌な音を立てる。

息が、苦しい。


「しょせん――」


道雅は、視線を伏せる。


「あやつは、人柱がなくては封印すら成し得なかった」


その声が、冷たく響いた。


「それが、事実だ」


沈黙。


薫は、喉が渇くのを感じた。

指先が、冷たい。


(それは――)

(“証明”じゃない)

(“再演”だ)


千年前の歪みを、もう一度なぞろうとしている。


(誰かが、また犠牲になる)


(言わなきゃ)

(今、言わなきゃ――)


薫は、ゆっくりと息を吸った。


薫は、しばらく俯いたまま動かなかった。


やがて――


小さく、けれどはっきりと口を開いた。


「……それは」


一度、言葉を切る。

深く、息を吸った。


「証明じゃ、ありません」


道雅の目が、わずかに細くなる。


「千年前と同じことを――もう一度、繰り返すだけです」


薫は、顔を上げた。


道雅の目が、真正面にある。

冷たく、鋭い。


「力を示すために、また誰かが犠牲になる――」

「それは――やるべきじゃ、ない」


沈黙が、部屋を満たす。

重く、冷たい。

でも。


(もう、止まれない)


薫は、息を吸った。


「……私は」


声を、絞り出す。


「藤原の力が、上か下かを知りたいわけじゃありません」


道雅の視線が、動かない。


「ただ――」


言葉が、喉に詰まる。


「もう、誰も人柱にしない方法を」


「探したい」


視線は、真っ直ぐ道雅の目を見た。


“孫としての答え”であり、

“次の時代の選択”でもある。


道雅は、すぐには何も言わなかった。


ただ――

その目が、薫を値踏みしている。


道雅が、低く言った。


「力を持たぬお前が、それを口にするのか」


その声が、冷たく響く。


「千年の時がたち、まだ答えが出せぬというに」


薫は、唇を噛みしめる。


(言い返せない)

(……私には力が、ないから)


俯きそうになる。


でも――


(ここで、俯いたら)

(終わる)


小さく、息を吸う。


「私は千年前のことを、知りません」


薫は、続ける。


「藤原の痛みも、晴明様の選択も」

「でも、…桃矢先輩なら」


道雅の視線が、わずかに動く。


「“力を使ったあとに、何が残るか”を」


「先輩は、ちゃんと見ようとします」


短い沈黙。


「だから……」


「私は、桃矢先輩の力になりたい」


道雅の目に、初めて別の色が宿った。


「ほう。桃矢、か」


道雅は、ゆっくりと息を吐いた。


その声に、冷たい響きが混じる。


「その名を出したな」


道雅の目が、薫を射抜く。


「ここでその名を出すと言うことは、

覚悟があると言うこと」


道雅は、視線を逸らさずに続けた。


その声が、一段と低くなる。


「お前が、星野桃矢を選ぶのは」

「藤原の血にとって、最も重い決断だ」


空気が、張りつめる。


道雅の声が、静かに響いた。


「それでも、あの男を選ぶと?」


薫は、逃げなかった。


「……はい」


道雅の口元が、ほんのわずかに動く。


「お前は――」


道雅の声が、低く響く。

部屋の空気が、一瞬で変わった。


「桃矢が、安倍晴明の魂の一部だと知っていて」

薫の呼吸が、止まる。

「私に、そんなことを言うのか」


その声に、千年の怨念が滲む。


薫は、一瞬だけ息を止めた。

それでも――視線を、逸らさない。


「……はい」


静かに、しかしはっきりと答えた。


道雅の目が、細くなる。

その視線が、薫の心臓を貫く。


「私は、生まれた時からずっと」


「藤原の家で育ちました」


「おじいさまの思いも」


「千年、積み重なってきた悔しさも」


薫は、道雅を見た。


「分かる、つもりです」


胸の奥が、痛む。


それでも――言葉を続ける。


「でも……」


「十二支堂の人たちと触れ合ううちに、気づいたんです」


「桃矢先輩は、晴明様であって」


「晴明様じゃ、ない」


道雅の目が、鋭く光る。


それでも――


「魂の一部を持っていても」


薫は、言葉を続ける。


「その人が、同じ選択をするとは限らない」


「力があるから、ではなく」


「血筋が正しいから、でもなく」


薫は、真っ直ぐに道雅を見た。


「誰を守りたいか。何を失いたくないか」


「その答えを、間違わない人だと思うんです」


道雅が、わずかに息を吐いた。

その音が、部屋に響く。


薫は、一拍置いてから――息を吐いた。


(もう、引けない)

(最後まで、言い切る)


「そして……」


道雅の視線が、薫を捉える。

その目が、冷たい。


「桃矢先輩と、おじいさまの――」


喉が、渇く。

言葉が、出にくい。


「なそうとしていることは」


薫は、道雅を見た。


「同じなのではないかと」


息を、吸う。


「私は……思いました」


空気が、凍りついた。


道雅の目が、鋭く光る。

冷たい汗が、背中を伝う。


それでも――

言葉を、続けなければ。


「どちらも」

「奪うためじゃ、ない」


道雅は、黙っている。


「ただ――」

「これ以上、失わせないため」


薫は、道雅をまっすぐ見た。


「守るために」


言い切った。


沈黙が、部屋を満たす。

重く、冷たい。


道雅は、何も言わない。

ただ――薫を、見ている。


その目に、何があるのか。

分からない。


薫は、もう一歩だけ踏み出す。

最後の言葉を――


「思いは、違います」


息を、整える。


「でも……」


「目指している“終わらせ方”は」

「同じ場所を、見ている気がするんです」


言い切った。


道雅は、すぐには言葉を返さなかった。



やがて――

道雅が、低く言った。


「あんな小僧に」

「何ができると言うのだ」


吐き捨てるような声。


「だけど――」

「藤原が開こうとした霊道を、封鎖したわ」


視線を逸らす。


「やつ一人の力ではない!」


そして――

道雅は、踵を返した。


「……話は終わりだ」


「待ってください、おじいさま!」


思わず、声を張る。


道雅の背が、一瞬だけ止まる。


「桃矢先輩が、安倍晴明の魂の一部だとしたら……」


「藤原一門、安倍晴明、十二妖がいる」


「禍津日神を封印した千年前と、近い状況なのでは」


道雅は――振り返らなかった。


障子が、静かに閉まった。


薫は、その場に座り込んだまま――

動けなかった。


指先が、震える。

止まらない。


(言った)

(全部、言った)


薫の目から、涙が零れた。


本当に、怖かった。

それでも――

逃げなかった。



【仏間――夢】


線香の煙が、ゆっくりと立ちのぼる。


道雅は、一人座していた。

薫との対話が、まだ胸に残っている。


――あの目。

恐怖に震えながらも、逃げなかった目。


(今日は絶対に怒らぬと決めていたが……)


道雅は、深く息を吐いた。


(真っ当なことを言いおって)


(薫、成長したな)


視線を、位牌へ向ける。


歴代の、藤原の当主たち。

千年、恨みを繋いできた者たち。


「……歴代のご先祖様」


声は、かすれていた。

いつもの凛とした声ではない。

疲れた、老人の声だった。


「どうか――」


道雅は、位牌を見つめる。


「教えてください」


線香の煙が、揺れた。


道雅は、目を閉じた。


ゆっくりと――

空気が、変わった。


冷たさが、消える。

重さが、薄れていく。


代わりに――

穏やかな、温もり。


道雅は、目を開けた。


煙の向こうに、人影が揺らめいている。


「……道雅よ」


低く、穏やかな声。


千年も前の、藤原家の頭首。


「道胤様……」


その魂が、今――

道雅の前に、立っている。


道胤は、静かに微笑んでいた。

ただ――穏やかに。


「今度は――」


道胤の声が、優しく響く。


「また、結ぶ時が来た」


息が、止まる。


「千年前は」


道胤は、静かに続ける。


「ああするしか、道がなかった」


道雅の胸が、締まる。


「だが――」


道胤の目が、道雅を見る。

優しく、温かい。


「今は、違う」


その言葉が、重く胸に落ちる。


「お前の決断一つで」


道胤は、穏やかに言った。


「ひとつの命が、救われるかもしれぬ」


「……猿の妖」


名を呼ぶように、静かに。


「勇気ある決断をした、舞鳳を」


道雅の目が、見開かれる。


「お前は、知っておろう」


道雅は、黙って頷いた。


「己の身を削り」


道胤の声が、静かに響く。


「それでも、民を守る道を選んだ」


道雅の胸が、熱くなる。


「それは――」


道胤の声が、少しだけ強くなる。


「藤原が、誇ってよい“力”ではなかったか」


道雅は、何も言えなかった。


ただ――

涙が、零れそうになる。


「力とは」


道胤は、穏やかに言った。


「勝つことだけではない」

「名を残すことでもない」


その声は、優しく。


道雅の目に、揺らぎが走る。

涙が、滲む。


「道雅よ」


道胤は、微笑んでいた。

穏やかに。

優しく。


「今度は――」


その声が、温かく響く。


「間違えるでない」


道雅の涙が、零れた。


「結べ」


「…未来につなぐ選択を」


その言葉とともに――

世界は、ゆっくりと白んでいく。


温かい光に、包まれる。


道胤の姿が、薄れていく。


道雅は、思わず手を伸ばした。


「お待ちください――」

「まだ、伺いたいことが――」


だが。


光は、優しく道雅を包み込む。


遠くから、声が聞こえた。


「お前なら、できる」

「信じておる」


光が、消えた。



【夢明け】


道雅は、ゆっくりと目を開けた。


夜明け前の仏間は、まだ薄暗い。

線香の煙が、静かに揺れている。


頬に、冷たいものが伝う。


道雅は、そっと手を当てた。

濡れている。


(……夢、だったのか)


いや――


(夢、ではない)


道雅は、深く息を吐いた。


道胤様の言葉が、まだ胸に残っている。


道雅は、位牌を見つめる。


(千年前、すべてを奪われた当事者だ)

(それなのに)

(“結べ”と、仰った)



道雅の胸が、ぎゅっと締まる。


「……桃矢に、会おう」


それが――

道雅の出した、答えだった。


道雅は、ゆっくりと立ち上がる。


東の空が、わずかに白み始めている。


夜明けが、近い。


道雅は、その空を見上げ小さく息を吐く。


「……千年…守り続けてきた

その歴史を変えるのは、私でいいのか」



そう呟いて――


歩き出した。


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