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かごめ封印  作者: 月音


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第11話 ーー 雛の願い ーー

【十二支堂・朝】


「先輩、また電話です」


薫が、少し嬉しそうに受話器を取る。


「はい、十二支堂です――」


最近、依頼の電話が増えていた。



あの一件以来、十二支堂の名は、思いがけず広まってしまった。



「ありがとうございます。詳しくお伺いしますね」


桃矢は、その様子を横目で見ながら、心の中で呟く。


(……有名になるのも、考えものだな)


依頼が増えるということは――

危険も、確実に増えるということだ。


電話を切った薫に、桃矢は声をかけた。


「薫」


「はい?」


「今日から、新しいルールを作る」


風花とハクも、顔を上げた。


「依頼に行くときは、必ず俺かハクと一緒だ」


「薫は、絶対に無理をしない」


「ハクは、状況を細かく報告してくれ」


「相手が強ければ、俺が行く」

桃矢は、一拍置いてから続けた。


「この決まりは、必ず守ってくれ」


三人が、顔を見合わせる。


「……誰も、なくしたくない」


低く、静かな声だった。


桃矢は、一瞬だけ視線を伏せる。

二度と、同じ光景を見たくなかった。


「十二支堂が相手にするのは――

そういう、危ない存在だということを、忘れないでほしい」


沈黙。


「……はい」

薫が、静かに頷いた。


「了解」

ハクも、珍しく真面目な顔で答える。


「分かりました」

風花も、小さく頷いた。


桃矢は、ようやく息を吐いた。


「それで、さっきの依頼は?」


「古い商家の蔵で、雛人形が暴れているそうです」

薫が報告する。


「雛人形?」


「はい。亡くなった祖母が大切にしていたもので……」


「最近、勝手に位置が変わったり」


「夜中に、人形から声が聞こえたりするそうです」


桃矢は、少し考えた。


「……あ、でも」

薫が首をかしげる。


「これ、そんなに危なくなさそうです」


「どうして?」


「依頼主の方が言ってました。

『私をじゃなくて……私のお雛様を助けてください』って」


桃矢は、しばらく考えてから言った。

「……なら、風花と薫で行ってみるか」


「ハク、頼んでいいか。明日は予定が入ってて

行けないんだ」


「おう、任せろ」




【古い商家】


依頼主の千鶴(七十代)が、静かに頭を下げた。


「こちらです……」


案内された蔵には、七段飾りの立派な雛人形があった。

だが、お雛様たちはあちこちに散らばり、

着物も、乱れている。


「この雛人形は……」


千鶴が、ぽつりと語り出す。


「祖母が、私のために用意してくれたものなんです」


雛人形をもとの場所に戻しながら、

懐かしむような目をして見た。


「毎年、桃の節句には必ず飾ってくれて……」


声が、少し震える。


「でも、祖母が亡くなってから飾らなくなって」


「去年の年末ごろからでしょうか、

蔵から声が聞こえるようになりました」


風花が、そっとお雛様に手を触れた。


「……ああ」

目が、潤む。


「風花さん?」


薫が、小さく声をかける。


「このお雛様たち……」


風花の声は、優しかった。


「ずっと、見守ってきたのに」


「もう、飾ってもらえない」


「役目を、果たせなくなった」


「それが……悲しいんです」


その瞬間。

雛人形全体が、ゆらりと揺れた。


お内裏様が、静かに立ち上がる。


三人官女も、一斉に動いた。


「あなた方から、敵意は全く感じません」


風花が、穏やかに語りかける。


「どうか、お話を聞かせてください」



雛人形たちの動きが、止まった。


お雛様が、ゆっくりと口を開く。



「私たちは、江戸の世に

京の人形師の手によって作られました」


「そして、ほどなくして

この家へと迎えられたのです」


静かな声が、蔵に響く。


「この家には、女の子が多く生まれ」


「私たちは、何人もの成長を

見守ってまいりました」


「……そうでしたな」


懐かしむように、続ける。


「松子も、多江も、千鶴も」


「滞ることなく、

それぞれの道を歩み、成長していった」


「それこそが――」


お雛様は、穏やかに微笑んだ。


「私たちの、何よりの願いなのです」


「……千鶴」


千鶴は、はっと息を呑んだ。


「ずいぶん、大きくなったな」


懐かしむような声。


「三つの頃――

庭の池に、足を滑らせたことを覚えておるか」


蔵の空気が、静まる。


「泣いて、泣いて……

祖母に抱かれても、なかなか泣き止まなかった」


「私たちは、ずっと、ひやひやしておった」


お雛様は、微笑んだ。


「だが、一年ごとに少しずつ大きくなり」


「言葉が増え、歩幅が伸びて」


「その成長を見るのが、何よりの喜びだった」


「やがて、嫁いで、この家を離れたな」


千鶴は、唇を噛みしめる。


「それからは、祖母――松子が

毎年、私たちを飾ってくれた」


「だが……」


声が、わずかに沈む。


「私たちの役目は、成長を見守ること」


「それを、最後まで全うできたとは言えなかった」


「松子は、私たちを箱に仕舞わず

蔵に出していてくれた」


「それでも――」


「この季節だけこの想いが

強くなるようだ」


春の気配が、蔵に満ちる。


「もう一度、誰かの節目を見届けたい」


「それが、私たちの願いだ」



長い沈黙のあと。


千鶴が、静かに口を開いた。


「……覚えています」



その一言で、

雛人形たちは、満足したように微笑んだ。


しばらく、誰も言葉を発さなかった。


やがて、薫が一歩、前に出る。


「……千鶴さん」


千鶴が、顔を上げた。


「もし、よろしければ」


薫は、雛人形を見つめながら、静かに続ける。


「このお雛様たちを、

十二支堂にお譲りいただけませんか」


千鶴の目が、少し見開かれる。


「十二支堂で、大切に飾ります」


「うちには、小さなお客様もいらっしゃいますし……」


薫は、少し照れたように笑った。


「きっと、お雛様たちも

退屈なさらないんじゃないかと思って」


風花が、そっと頷く。


千鶴は、雛人形を見渡したあと、

ゆっくりと微笑んだ。


「……十二支堂さんなら」


「私も、いつでも会いに行けますね」


「それなら――」


深く、頭を下げる。


「ぜひ、お願いします」



【十二支堂】


「ただいまー!」


薫と風花が、大きな荷物を抱えて戻ってくる。


「おかえり……って、何だそれ!?」


「お雛様です!」


「……は?」


「十二支堂に来てもらうことになりました!」


風花が、穏やかに説明する。


「役目を、果たしたいと」


「千鶴さんも、それならと」


桃矢は、少しだけ笑った。


「……そうか」


「なら、大事にしないとな」




【三月三日を過ぎて】


桃の節句が終わった。


「あれ……」


薫が気づく。


雛人形は、もう動かない。


だが、皆、穏やかに微笑んでいた。


桃矢が、そっと呟く。


「また来年、か」



雛人形を見つめながら、

薫は、ふと幼い頃の記憶を思い出していた。


自分の家にも、

小さな雛人形があった。


毎年、決まった時期になると出されて、

気づけば、また仕舞われて。


特別に気にしたこともなかった。


(……私のお雛様も)


薫は、静かに考える。


(あんなふうに、見守っていてくれたのかな)


飾られている理由も、

仕舞われる意味も、

その頃は、よく分かっていなかった。


でも――


(“私のため”のお雛様があったってことは)


胸の奥が、少しだけ温かくなる。


(私は……ちゃんと、

家族に愛されていたのかな)


ただ、そう思えたことが、

薫には十分だった。



薫は、十二支堂に飾られた雛人形を片付ける気になれず、

長い時間見つめていた。


「桃矢先輩、お雛様」


「……通年、出しておきましょうか」


「出しっぱなしだと、結婚が遠のくぞ」


「相手もいないからいいです」


桃矢は、なぜか少しだけ、ほっとした。


ーーーーーーーーーーー


【翌年・早春】


春の風が、堂を抜ける。


「……おはようございます」


雛人形が、また目覚めた。


「おかえり」


薫は、笑った。


十二支堂に――

また、春が来た。


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