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かごめ封印  作者: 月音


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第8話  ーーおばばのやり残したことーー

十二支堂に、普段通りの時間が戻った。


「今日のお昼は、俺が作る。

ちょっと、うまいぞ」


桃矢が、台所に立ちながら言った。


「薫を呼んで、みんなで食べよう」

「何が食べたい?」


「主、俺は肉がいい!」

ハクが、尻尾を振った。


「私は……何でも嬉しいです」

風花が、微笑んだ。


「じゃあ、すき焼きにするか」

桃矢は、鍋を取り出した。


薫を呼ぶと、すぐに駆けつけてきた。

「先輩、お呼びですか?」


「ああ。今から一緒に昼飯食おう」


「わあ、嬉しいです!」


四人は、テーブルを囲んだ。


湯気が上がる鍋。

温かい空気。

笑い声。


――これが、十二支堂の日常だった。

誰かが欠けることのない、今の。


「桃矢様」

風花が、箸を止めて言った。

「こうして、みんなで食事ができるなんて……」

「長生きするものですね」


風花の目に、涙が浮かんだ。


「風花さん……残念だけど、生きてはいないよ」

桃矢が、優しく微笑んだ。


「あ、そうでした!」

風花は、涙を拭って笑った。


その時、桃矢のスマートフォンが鳴った。


画面を見ると――颯からだった。


桃矢は、スマートフォンを手に取った。


画面には、颯からのメッセージが表示されている。


『桃矢へ。

少し、気になることがある。

あの防空壕から、何か……よくないものを感じる。


毎日、鎮魂のお経をあげ、島民たちと出来る限りのことはしている。

それでも――何かが、そこに在る。


“悪しきもの”なのかどうかも、わからない。

ただ、確かに――気配がある。


それとは別に。

あれから、島が変わった。


生き生きしている。

笑い声が増え、朝の鐘も、前よりよく響く。


桃矢に、見てほしい。

みんな、お前に礼を言いたがっている。


よかったら――

みんなで一緒に、遊びに来ないか。』


桃矢は、しばらくメッセージを見つめたまま、動かなかった。


胸の奥で、二つの気配が、同時に揺れた。

ひとつは、あたたかいもの。

もうひとつは、眠りから覚めかけた冷たさ。


「……みんなで行くか!」

桃矢は、誰にともなく呟いた。


「主?」

ハクが、顔を上げた。


「颯さんから、連絡があった」

桃矢は、スマートフォンを置いた。


「みんなで遊びに来ないかって」


「私も行っていいんですか?」

薫が、目を輝かせた。


「あたりまえだろ。十二支堂のみんなで、って誘ってくれたんだ」

「薫、まだ冬休みだろ?」


「はい!」


「泊まりだけど、大丈夫か?」


薫が、嬉しそうに立ち上がった。

「はい、大丈夫です! 行きまーす!」


「俺も行く!」

ハクが、尻尾を振った。


「私も……」

風花も、頷いた。

「颯様にも、お会いしたいです」


桃矢は、微笑んだ。

「じゃあ、決まりだな」



【数日後・フェリー】


フェリーが、ゆっくりと港に近づいていく。


遠くに見える島――

中央に、煙を上げる火山がそびえている。


空は明るく、火山灰も少ない。


「あれが……颯様のいる島ですか」

風花が、デッキから島を見つめた。


「ああ」

桃矢が、頷いた。

「前に来た時は、どんよりと暗かったんだけどな」


ハクも、島を見た。

「全く暗さを感じないぞ!」


「颯さんたちが、頑張ったんだな」

桃矢は、微笑んだ。


フェリーが港に着くと――

島民たちが、待っていた。


「おお、桃矢さん!」

正夫が、杖をつきながら手を振っている。


前回よりも、背筋が伸びている気がした。


「正夫さん!」

桃矢が、手を振り返した。


「よく来てくれた!」

他の老人たちも、笑顔で迎えてくれた。


「さあさあ、疲れたじゃろ」

「まずは風呂じゃ、風呂!」


「えっ! 待ってください」

「まだ着いたばかりで――」

「颯さーん!」



【五右衛門風呂】


連れて行かれた先には、裏庭に据えられた五右衛門風呂があった。


薪がはぜる音。

鉄の釜の底から、じんわりと熱が伝わる。


「熱いのがええんじゃ」

「芯まで温もるからの」


桃矢は、肩まで湯に沈みながら思った。


――京都とは、まるで別の時間が流れている。


「先輩、気持ちいいですね!」

薫が、隣の釜で声を上げた。


「ああ、最高だ」

「昼間から風呂なんて贅沢だと

思ったんだけどな」


桃矢は、空を見上げた。


空には、まだ太陽があった。


「俺も入りたい……」

ハクが、釜の縁でぼやいた。


「ハクは、俺と入ればいいだろ」

「そうか」


ハクは、そのまま桃矢の風呂に入った。


「風花さんはこちらですじゃ」

「いい湯加減になりましたよ」


風花は、ばあちゃんに手を引かれ、室内へと入っていった。



【囲炉裏】


夜は、囲炉裏を囲んだ。


鍋の中で、採れたての野菜が煮える。


「今日はな、島でとれたものばかりじゃ」

「うまいに決まっとる」


薫と風花は笑い、

ハクは無言で箸を進め、

桃矢は、言葉を失った。


素朴なのに、胸の奥が、じんと温かい。


「正夫さん、島が明るくなりましたね」

桃矢が、言った。


「そうじゃろ」

正夫は、誇らしげに頷いた。

「桃矢さんと舞鳳さんのおかげで、わしらは変わったんじゃ」


「毎朝、鐘を鳴らして、お互いを確認しとる」

「体操もしとる」

「山も、見回っとる」


正夫の目が、優しくなる。


「もう、誰も一人にさせん」

「もう、誰も捨てさせん」

「あれからずっと続けとるんじゃ」


桃矢は――胸が熱くなった。

「……よかった」



【翌朝・畑仕事】


翌朝、桃矢たちは畑仕事に参加した。


土を掘り、葉を揺らし、汗を流す。


「桃矢先輩、これで合ってますか?」

薫が、鍬を持って聞いた。


「ああ、そんな感じだと思う」

「実は、俺も詳しくなくて……」


「桃矢様、私も手伝います」

風花は、霊力で土を耕し始めた。


「おお、風花さん、すごいな」

老人たちが、感心している。


ハクは、畑の隅で大根を引っこ抜いていた。

「これ、デカいぞ!」


「すごいぞ、ちっこいの」

「ちっこいのじゃない! ハクだ」


「そんなこと、どうでもいいだろ」

「それよりハク、それは後で使うから、そこに置いてくれ」


桃矢が、笑った。



【防空壕へ】


昼には、船を出して魚を獲った。


「桃矢、落ちるなよ」


颯が笑い、背を差し出す。


次の瞬間――桃矢たちは、空にいた。


颯の背に乗って、空を飛んでいる。


潮風が頬を打ち、島が、小さくなる。


「……すごい!」


「気持ちいい!」

薫が、声を上げた。


風花も、目を輝かせている。

「颯様、ありがとうございます!」


「ははは、楽しんでくれ」


颯は、風を切りながら笑った。


空を飛んでいる時、桃矢は颯に言った。


「颯さん、お願いしてもいいですか」


「ん?」


「防空壕に、連れて行ってください」


颯は、ふと視線を落とした。


「……もてなしたかったが」


「行ってくれるか、桃矢」


「はい」


颯が、防空壕の前に降り立つ。

慰霊碑が、静かに立っていた。


『ここに眠る魂に捧ぐ。

我らは忘れず、繰り返さず』


桃矢は、線香に火をつけ、静かにお経を読み始めた。


読み終えてから、言った。


「悪い気は……感じません」


桃矢は、少しだけ言葉を選んだ。


「ただ――」


防空壕の奥を見る。


「強い思いは、感じました」


「でも、大丈夫だと思います」


颯は、ほっと息を吐いた。


「わかった。ありがとう」


その夜、桃矢は夢を見た。


暗い、防空壕。

だが、怖さはない。


ただ、ひとつの気配があった。


声にならない声。


怨みではない。

怒りでもない。


思い。

言えなかった言葉。

渡せなかった気持ち。



―その夜。


桃矢は、夢を見た。


暗い、防空壕。

だが、怖さはない。


ただ、ひとつの“気配”があった。


声にならない声。

怨みではない。

怒りでもない。


(……まだ……)


それは、

誰かを責めるものではなかった。



(……伝えたかった……)


桃矢の胸が、きゅっと締めつけられる。


思い残し。

言えなかった言葉。

渡せなかった気持ち。


「……大丈夫だよ」


桃矢は、夢の中で呟いた。


「ちゃんと、聞くから」


朝、目を覚ますと、

潮の匂いがした。


島は、今日も静かだった。


だが桃矢は知っている。

ここには、まだ“声”が残っている。


それは、

いつか向き合うためのものだと。


ーーー


その次の夜、桃矢はまた夢を見た。


朝の、柔らかい光が差し込む台所。


古い木の床。

磨り減った箒。

軒先で揺れる洗濯物。


そこに、ひとりの“おばば”が立っていた。


腰は曲がり、

白い髪は細い。


だが、その目は穏やかだった。


「……やり残したことが、あるんよ」


声は、かすれている。

それでも、はっきりしていた。


「掃除をして、洗濯をして、畑に出て……」

「それだけで、ええ」


「一日で、ええんよ」

「普通の暮らしを……もう一度だけ」


桃矢は、黙って頷いた。


桃矢が目を覚ますと、隣に風花が立っていた。



「桃矢様」

「同じ夢を、見ました」


「風花さんも……?」


「はい」


風花は、指先をきゅっと握った。


「……わかるんです」

「わかってしまうから……苦しいんです」


「思い残すことがあって、成仏できない気持ち……」

「当たり前すぎて、後回しにしてしまうこと」


風花は、空気の揺れる方を見た。


「おばば様、そこにいらっしゃいますよね」


「私の身体を、使ってください」


おばばは、驚いたように――

そして、ゆっくりと、頭を下げた。


風花の身体は、静かに動き出した。


箒を持ち、床を掃く。

洗濯物を干し、風に揺れる白布を見上げる。

畑に出て、土に触れる。


一つ一つの動作が、丁寧で、ゆっくりだった。


急がない。

省かない。

雑にしない。


昼が近づく頃、風花は台所に立った。


まな板の上で、包丁が、とん、とん、と静かに音を立てる。

畑で採れた野菜を洗い、切り、鍋に入れる。


味付けは、薄めだった。

派手なものは、何も入れない。

それでも、湯気には、懐かしい匂いが混じっていた。


「……できたよ」


ぽつりと、風花の口から声が漏れた。

それは、風花の声でもあり――

確かに、おばばの声だった。


囲炉裏に、鍋が置かれる。


「わあ……」

薫が、目を丸くした。

「いい匂いですね」


「腹、減った!」

ハクは、もう箸を構えている。


桃矢は、鍋を見つめてから、風花を見た。

そして、何も言わずに、頷いた。


みんなで、箸を伸ばす。


野菜は柔らかく、

だしは、身体の奥まで沁みていく。


「……おいしいです」

薫が、静かに言った。


「うん」

桃矢も、短く頷いた。


ハクは、無言で食べ続けている。

それが、何よりの答えだった。


風花は、みんなの顔を、順に見た。


笑っている。

黙って食べている。

夢中になって、箸を進めている。


その光景を見た瞬間――

胸の奥に、じんわりと、温かいものが広がった。


(……役に立てた)


(ちゃんと、誰かのために)


言葉にしなくても、はっきりとわかった。


風花の喉が、きゅっと鳴る。

だが、涙は落ちなかった。


ただ、深く、息を吐いた。


昼が過ぎ、

夕方には、戸を閉めた。


陽が沈む頃、風花は、縁側に腰を下ろした。


空を染める、淡い橙色。

遠くで、波の音がする。


「……ありがとう」


それは、おばばの声でもあり、

風花自身の声でもあった。


その瞬間――

風花の身体が、ふっと軽くなった。


何かが抜けた、というより、

きちんと置いていけたような感覚だった。


防空壕から漂っていた気配が、

静かに、静かに、消えていった。



ーーー


【次の日の朝】


島の朝は早い。


潮の匂いが、窓から入り込んでくる。


「桃矢! 起きたか!」


外では、ハクと薫が魚を釣って帰ってきていた。


「先輩、鯛です!」

「大物だな」


「朝ごはん、もう少し待っててくださいね」

薫とハクは台所に急いだ。


桃矢は、その光景を見て、くすりと笑った。


「あの二人は、ここの生活が合ってるみたいだ」



【帰路】


島を離れる日。


「また来てくれよ」

「はい、必ず」


「人間は……弱くて、強い」

「だからこそ、守る価値があるだよな」


「はい」


フェリーが、港を離れる。


風花は、静かに島を見つめていた。


「風花さん」

「はい」


「よかったな」


「はい……」

「おばば様、最後に笑っておられました」


桃矢は、風花の肩に手を置いた。

「風花さんがいてくれて、よかった」


風花は、涙を浮かべて――でも、笑った。


フェリーは、京都へと向かっていく。

十二支堂へ。


帰る場所へ。

本と湯気と、待つ灯りのある場所へ。


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