第2話 ーー白猿現るーー
【式神召喚】
ある日の依頼
京都・東山区
桃矢の携帯が鳴った。
「はい、星川です」
『先生!お願いします!息子が…息子が悪霊に…!』
依頼者の切迫した声。
「わかりました。すぐに向かいます」
桃矢が電話を切ると――
「行きましょう、桃矢先輩」
薫が既に、鞄を持って立っていた。
「え…藤原さん?」
「店、もう閉めてきました」
薫が当然のように言う。
「札も『臨時休業』に変えて」
「いや、でも…」
桃矢が困惑する。
「君は店番を…」
「先輩こそ、一人で行くつもりですか?」
薫が眼鏡を直す。
「危険な依頼なんでしょう?」
「まあ…そうだけど…」
「なら、サポートが必要です」
薫が鞄を開ける。
中には、護符、浄化の塩、経典、そして――
「これ、実家から送ってもらった退魔の鈴です」
「君…準備良すぎない?」
「当然です」
薫がキッパリ言う。
「先輩のパートナーですから」
【桃矢の葛藤】
依頼先へ向かう道中。
桃矢は、複雑な表情をしていた。
(藤原さんは、善意で付いてきてくれている)
(それはわかる)
(でも…)
桃矢の脳裏に、要石の舞鳳が浮かぶ。
(舞鳳さんは、あの石の中で一人だ)
(孤独に、じっと耐えている)
(なのに、俺は…)
桃矢は、薫の明るい横顔を見た。
(仲間に囲まれて、楽しく暮らしている)
(それは…違う気がする)
「先輩?」
薫が不思議そうに桃矢を見る。
「どうかしました?」
「いや…何でもない」
桃矢は、視線を逸らした。
【依頼現場】
依頼先の家に着くと、状況は深刻だった。
息子(中学生)が、部屋に閉じこもり暴れている。
「うああああああ!」
「出て行け!出て行けええええ!」
悪霊の声が、少年の口から漏れる。
「酷い…」
薫が顔を強張らせる。
「先輩、私に何か…」
「いや」
桃矢が薫を制する。
「君は、ここで待っていて」
「でも…」
「危険すぎる」
桃矢が真剣な顔をする。
「これは、俺一人で…」
だが、その時――
少年が飛び出してきた。
目は血走り、顔は歪んでいる。
「殺す…殺してやる…!」
少年が、薫に向かって襲いかかる。
「危ない!」
桃矢が薫を庇い、少年の腕を掴む。
だが、悪霊の力で少年は異常な力を持っていた。
「くっ…」
桃矢が押される。
「先輩!」
薫が護符を投げる。
護符が少年に貼り付き、動きが一瞬止まる。
「今です!」
「ありがとう!」
桃矢が術を放つ。
「退魔の光!」
だが――
悪霊は、予想以上に強かった。
光を弾き、再び襲いかかる。
「ぐっ…」
桃矢が壁に叩きつけられる。
「先輩!」
薫が駆け寄る。
「大丈夫ですか!」
「ああ…でも、これは…」
桃矢が少年を見る。
「一人じゃ、厳しいかもしれない…」
その時、薫が言った。
「先輩、式神を出してください」
「え?」
「式神です!」
薫が桃矢を見つめる。
「先輩ほどの陰陽師なら、式神を使役できるはずです!」
「でも…」
桃矢が躊躇する。
(式神を出せば、戦力は増える)
(でも…)
桃矢の脳裏に、また要石の舞鳳が浮かぶ。
(舞鳳さんは、一人で戦っている)
(なのに、俺だけ…)
「先輩!」
薫が桃矢の肩を掴む。
「今は、目の前の人を救うことを考えてください!」
「あの少年を、助けるんでしょう!」
薫の言葉に、桃矢ははっとした。
「…そうだな」
桃矢が立ち上がる。
「ありがとう、藤原さん」
桃矢が印を結ぶ。
「来い――式神!」
【式神の召喚】
桃矢の手から、光が溢れ出す。
勾玉が輝き、光の渦が生まれる。
そして――
光の中から、小さな影が現れた。
「これは…」
薫が目を見開く。
光が消えると、そこには――
小さな猿の式神
肩に乗るくらいのサイズ。
白い毛並みに、虹色の光が淡く宿っている。
大きな瞳で、桃矢を見上げている。
「キッ」
小さく鳴いた。
「猿…」
桃矢が呟く。
そして、はっとする。
「まさか…」
桃矢の脳裏に、舞鳳の姿が浮かぶ。
猿の妖。
この式神の姿は――
「舞鳳…?」
桃矢が呟く。
式神の猿が、首を傾げる。
「キュ?」
「いや…」
桃矢が首を振る。
「そんなわけ、ないか…」
(でも…どうして猿の姿なんだ?)
(式神の形は、術者の心を映すはず)
(俺が無意識に…舞鳳さんを…?)
「先輩!」
薫の声で、桃矢は我に返る。
「今は、集中してください」
「ああ、そうだな」
桃矢が式神を見る。
「行け」
式神の猿が頷き、飛び出した。
【式神の活躍】
小さな体だが、動きは素早い。
少年に取り憑いた悪霊に、式神が飛びかかる。
「キキッ!」
鋭い爪で、悪霊の気を切り裂く。
「ぐああああ!」
悪霊が苦しむ。
その隙に、桃矢が術を放つ。
「天津祝詞!」
光が悪霊を包む。
式神が、さらに攻撃を重ねる。
まるで、桃矢の動きを理解しているかのように――
完璧な連携。
「すごい…」
薫が見惚れる。
「先輩と式神の息が、ぴったり…」
そして――
「うわあああああ!」
悪霊が、ついに少年の体から引き剥がされた。
桃矢が最後の術を放つ。
「浄化!」
光が悪霊を包み、消滅させる。
少年が、倒れる。
「タケル!」
母親が駆け寄る。
「大丈夫…もう、悪霊は消えました」
桃矢が安堵の息をつく。
式神の猿が、桃矢の肩に飛び乗ってきた。
「キュー」
満足そうに鳴く。
「ありがとう」
桃矢が式神の頭を撫でる。
「君がいてくれて、助かったよ」
【帰り道】
依頼を終え、二人は古本屋へ戻る道を歩いていた。
式神の猿は、桃矢の肩に乗ったまま。
「先輩、その式神…」
薫が式神を見つめる。
「名前、つけないんですか?」
「名前?」
「はい」
薫が微笑む。
「式神にも、名前があった方がいいと思います」
「でも…」
桃矢が式神を見る。
「名前、か…」
桃矢の脳裏に、また舞鳳が浮かぶ。
(この子は、猿の姿だ)
(まるで…舞鳳さんみたいに)
(でも、名前を…)
桃矢が躊躇する。
その時、薫が言った。
「白猿はどうですか?」
「え…?」
桃矢が驚いて薫を見る。
「白猿…?」
「はい」
薫が式神を見つめる。
「この子、どこか舞い踊るような動きをしますよね」
「それに、きれいだから」
薫が微笑む。
「だから、白猿」
桃矢の目から、涙が溢れた。
「先輩?」
薫が心配そうに桃矢を見る。
「どうかしました?」
「いや…」
桃矢が涙を拭う。
「いい名前だと、思って」
桃矢が式神を見る。
「お前の名前は…」
桃矢が式神を見つめる。
「白猿…ハク」
「ハクって呼んでいいか?」
式神が嬉しそうに鳴いた。
「キュッ!」
まるで、その名前を気に入ったかのように。
【地下の研究室】
店に戻ると、桃矢は地下へ降りた。
石造りの広い空間。
壁一面に貼られた、封印術の資料。
机の上には――
∙世界中から集めた古文書
∙陰陽道の秘伝書
∙封印解除の術式図
∙ラップトップ(陰陽道のデータベース)
そして、ホワイトボードには――
「舞鳳解放の条件」
1.要石なしで禍津日神を封印する術を完成させる
2.六芒星の結界を、舞鳳なしで維持する方法
3.桃矢自身の霊力を、晴明レベルまで高める
桃矢は机に向かった。
肩には、式神のハク。
「ハク…」
桃矢が呟く。
「お前の名前、白猿」
「舞鳳さんと同じ、猿の姿」
桃矢がハクを撫でる。
「でも…お前は、舞鳳さんじゃない」
「舞鳳さんは、晴明神社で1人頑張っている」
「要石として、この国を守ってくれている」
桃矢が拳を握る。
「だから、俺は…」
「舞鳳さんを、解放する」
桃矢がラップトップを開く。
「今日も、調べるか」
画面には、世界中の封印術が表示される。
チベット密教の封印術。
インドのヴェーダ文献。
古代エジプトの呪術。
ヨーロッパの魔術書。
「この術を組み合わせれば…」
桃矢がホワイトボードに書き込む。
複雑な術式図が、どんどん増えていく。
「でも、まだ足りない」
桃矢が頭を抱える。
「俺の力じゃ、まだ…」
その時――
ハクが、桃矢の肩を叩いた。
「キュー」
桃矢が顔を上げる。
「ハク…?」
ハクが、桃矢を見つめている。
その瞳には――
まるで「頑張れ」と言っているかのような、優しさがあった。
「……ありがとう」
桃矢がハクを撫でる。
「お前がいてくれるだけで、心強いよ」
桃矢は再び、古文書に向かった。
「舞鳳さん…」
桃矢が呟く。
「待っていてください」
「必ず、あなたを解放します」
「そして…」
桃矢の目が、強く光る。
「また一緒に、旅をしましょう」
深夜。
地下の明かりは、消えなかった。
桃矢は、朝まで研究を続ける。
毎晩、毎晩――
舞鳳を解放するために。
【同時刻・藤原家本邸】
京都の奥座敷。
道雅は、窓の外を見ていた。
月明かりが、庭を照らしている。
「星川桃矢…」
道雅が呟く。
「お前が、舞鳳を解放しようとしているのは知っている」
道雅の目が、鋭く光る。
「だが…」
「それは、我らにとって好都合だ」
信彦が、道雅の隣に立った。
「父上、本当によろしいのですか」
「ああ」
道雅が頷く。
「桃矢が舞鳳を解放すれば…」
「六芒星の封印が、弱まる」
「その隙を、我らは突く」
道雅の唇が、冷たく笑みを形作る。
「禍津日神を、再び解放する」
「そして…」
道雅が拳を握りしめる。
「藤原家が、再び封印する」
「千年の屈辱を、晴らすために」
月が、雲に隠れた。
暗闇が、藤原家を包む。
【翌朝・古本屋】
桃矢は、机に突っ伏して眠っていた。
開きっぱなしの古文書。
びっしりと書き込まれたホワイトボード。
ハクが、桃矢の頬を叩く。
「キュー、キュー」
桃矢が目を覚ます。
「ん…朝か…」
桃矢が時計を見る。
午前6時。
「また、徹夜してしまった…」
桃矢が立ち上がる。
体が重い。
だが――
「頑張らないと」
桃矢が拳を握る。
「舞鳳さんのために」
ハクが、桃矢の肩に乗る。
「キュー」
まるで「一緒に頑張ろう」と言っているかのように。
桃矢は微笑んだ。
「ありがとう、ハク」
「お前がいてくれて、本当に良かった」
二人は、地上へと上がっていった。
新しい一日が、始まる。




