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かごめ封印  作者: 月音


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12/19

第12話 京都 ― 千年の想い ―

 ーー京都、神泉苑ーー


平安の昔から変わらぬ池が、静かに水をたたえている。

池のほとりに、一人の女性が立っていた。

長い黒髪、白い着物、まるで絵巻物から抜け出たような美しさ。


辰の妖、結だ。

結は池の水面を見つめる。


千年――

この場所で、結は封印を守り続けてきた。


「龍神様、今日もお掃除に参りました」

老婆の声が響く。


結が振り返ると、竹箒を持った老婆が頭を下げていた。

「ありがとう、おばあさま」

結が微笑む。


「いえいえ」

老婆が嬉しそうに笑う。

「龍神様が居心地よく過ごせるように、皆で順番に掃除をしておりますから」

「明日は、隣の若夫婦が来ますよ」


「ふふ、楽しみにしているわ」

結が優しく答える。


老婆は満足そうに掃除を始めた。


結は京の街並みを見渡す。

瓦屋根が連なり、石畳の道が続く。

千年前と変わらない、雅な風景。


――いや、違う。

結は思い直す。

変わらないのではない。

人々が、守り続けているのだ。


結は知っている。

近代化の波が、何度もこの街を襲ったことを。

「ここにビルを建てたい」

「看板を大きくしたい」

「道路を広げたい」

そんな声が、何度も上がった。


でも、人々は首を振った。

「あきまへん」

「この街並みは、守らなあかん」

「龍神様が見守ってくれはる、この景色を」


結は見てきた。

高いビルを建てようとする業者と、景観を守ろうとする住民が対立する姿を。


看板の色も、高さも、厳しく規制される不便さを。

古い家を維持するために、莫大な費用を払う人々を。


「東京や大阪みたいに、発展できたらええのに」

そんな若者の嘆きも聞いた。


「でもな、うちらには、うちらの誇りがあるんや」

老人がそう答えていた。

「この景色は、何百年も前から、ご先祖様が守ってきはったもんや」

「わしらも守る。子や孫にも、守ってもらう」

「それが、京都に生まれた者の役目や」


経済的な犠牲。

不便さ。

規制の厳しさ。

それでも、人々は守り続けた。

千年前と変わらぬ、この雅な景色を。


結の目に、涙が浮かんだ。

「私が、この街を守っているのではない」


結が呟く。

「この街の人々が、守っているのだ」

「私はただ…その想いに、応えたいだけ」


結は空を見上げる。

「晴明様…」

「あなたが愛したこの街は、今も変わらず美しい」

「人々の覚悟が、この景色を守っています」

「だから私も…」

結が胸に手を当てる。

「この街を、人々を、守り続けます」


風が吹き、桜の花びらが舞った。

まるで、晴明が微笑んでいるかのように。


夜。

人々が眠りについた頃。

結は池に飛び込んだ。


水面が波立ち、結の姿が変わる。

美しい白銀の龍。

長い体、優雅な鱗、神々しい姿。

結は池の底へと潜っていく。


そして、地下深くへ――

広大な地下空間。

中央には、巨大な結界陣が描かれている。

その中心に、黒い瘴気が渦巻いていた。


禍津日神の本体が封じられている場所。

「また、漏れ出している…」

結が呟く。


封印は、千年を過ぎた頃から弱くなっていた。


黒い瘴気が、少しずつ結界から漏れ出す。

このまま放っておけば、京の街を汚染してしまう。


だから――

結は深く息を吸い込んだ。

そして、瘴気を全て吸い込む。

黒い瘴気が、結の体内に流れ込む。


「うっ…ぐ…」

結が苦しむ。


瘴気は毒だ。

妖の体でさえ、蝕んでいく。


だが、結は止めない。

体内に取り込んだ瘴気を、龍の力で浄化する。


何十年、毎晩繰り返してきたこと。

「これくらい…平気…」

結が自分に言い聞かせる。


だが――

結の体を見ると、変化が起きていた。

あんなに美しかった白銀の鱗が、くすんでいる。

所々、剥がれ落ちている。

ぼろぼろだった。


「ああ…また…」

結が悲しそうに自分の体を見る。


「使命だから――」

「けれど本当は」

「あなたが守ろうとした世界を、私が手放したくないだけ」


結は再び瘴気を吸い込んだ。

体が軋む。

痛みが走る。


それでも、結は止めなかった。

京の街を守るために。

晴明様の思い出を守るために。

変わらない人々の暮らしを守るために。



【現代・京都への到着】


新幹線が京都駅に滑り込んだ。

桃矢、舞鳳、豪がホームに降り立つ。


「京都…」

桃矢が駅舎を見上げる。

「ついに、来たんだな」

舞鳳が静かに言う。

「ああ」


豪が周りを見回す。

「結は、どこにいるんだ?」


「神泉苑だ」

舞鳳が歩き出す。

「行こう」


【神泉苑】


三人がタクシーで神泉苑に到着した。

古い池が、静かに水をたたえている。


「ここか…」

桃矢が池を見る。

「ああ」

舞鳳が頷く。


「千年前、晴明様と共に禍津日神を封じた場所」

「そして、結がずっと守ってきた場所」


舞鳳が池のほとりに立つ。

「結、いるか?」

舞鳳が声をかけた。


すると――

池の水面が波立った。

泡が浮かび上がり、水が盛り上がる。


そして――

一人の女性が、水の中から現れた。

長い黒髪、白い着物、美しい顔立ち。

結だ。


「舞鳳…久しぶりね」

結が微笑む。


「ああ」

舞鳳が頷く。


「そして…」

結が桃矢を見た。

「星川桃矢ね」


「はい」

桃矢が頭を下げる。

「俺は、星川桃矢です」


「ようこそ、京都へ」

結が優しく言う。

「待っていたわ」


結が池から上がろうとした、その時――


「結!」

舞鳳が叫んだ。


結の体が、おかしかった。

白い着物から覗く腕が、黒ずんでいる。

肌がひび割れ、血が滲んでいる。


「結、お前…」

舞鳳が駆け寄る。


「大丈夫よ」

結が微笑む。

「これくらい、慣れているから」


だが、結の足が崩れた。


「結!」

舞鳳が結を抱きとめる。


「すみません…少し、疲れているだけ」

結が弱々しく笑う。


「嘘をつくな」


舞鳳が厳しい声で言う。


「お前、瘴気を吸い込んでいるだろう」


結は答えなかった。

ただ、静かに微笑むだけ。


「…地下へ行こう」

舞鳳が結を抱えて立ち上がる。


「桃矢、豪、ついて来い」



【地下への階段】


池のほとりに、地下へ続く階段があった。

舞鳳が先頭に立ち、結を抱えて降りていく。


桃矢と豪が続く。

階段を降りると、広大な地下空間が広がっていた。

天井は高く、壁には無数の梵字が刻まれている。

中央には、巨大な結界陣が描かれている。


そして、その中心から――


黒い瘴気が、わずかに漏れ出していた。

「これが…禍津日神の…」

桃矢が息を呑む。


「ああ」

舞鳳が頷く。


「千年前、晴明様が封じた禍津日神本体だ」

舞鳳が結を地面に座らせる。

「少し待ってろ」


「いくぞ、桃矢」

桃矢と舞鳳が結界陣の前に立った。


2人が手を合わせ、術を唱える。

「臨・兵・闘・者・皆・陣・列・在・前」

桃矢と舞鳳の手から光が放たれる。


光が結界陣に流れ込み、梵字が輝き始めた。


黒い瘴気が、少しずつ結界の中に押し戻されていく。

「12番目の封印を強化する」


舞鳳が続ける。

「これで、しばらくは大丈夫だ」

光が消える。


瘴気の漏れが止まった。

「ありがとう、舞鳳」

「ありがとう、桃矢」

結が安堵の息を吐く。


「休め」

舞鳳が結の隣に座る。


「もう、無理をするな」


「でも…」


「いいから」

舞鳳が優しく言う。

「今は、俺たちがいる」


結は涙を浮かべた。

「ありがとう…」



【桃矢の秘密】


結が少し休むと、顔色が戻ってきた。


「桃矢」

結が桃矢を見た。


「はい」

桃矢が前に出る。

「あなたのこと、話さなければならないわ」

結が語り始めた。


「千年前、晴明様は禍津日神を封じた」


「だが、晴明様は知っていた」


「封印は、いつか崩れると」


「だから…」

結の声が震える。

「晴明様は、死後の世界で待ち続けた」


「待ち続けた…?」

桃矢が聞き返す。


「ええ」

結が頷く。


「晴明様は、生まれ変わる前の魂たちの中から、一つの魂を選んだ」


「特別に輝く、純粋で、優しい魂」


「それが…」

結が微笑む。

「あなたよ、桃矢」


桃矢は言葉を失った。

「晴明様は、あなたの魂を自分の体内に取り込んだ」


「数百年、自分の魂と共に育て、守り、力を与えた」

「そして…」

結の目に涙が浮かぶ。


「千年が過ぎ、封印が限界に近づいた時」

「晴明様は、あなたの魂を人間界に送り出した」

「継承の勾玉と共に」


桃矢は震える手で、胸の勾玉を握りしめた。

「俺は…晴明様の…」


「ええ」

結が頷く。

「あなたは、晴明様の魂の一部」

「晴明様の想いを継ぐ存在」

「だから、あなたは選ばれたの」


桃矢の目から、涙が溢れた。

(あれ、なんで涙が…)


舞鳳が桃矢の肩に手を置いた。

「だから、お前は強いんだ」

「晴明様の力を、受け継いでいるから」


桃矢は舞鳳を見た。

「舞鳳さん…知っていたんですか?」


「ああ」

舞鳳が頷く。

「最初から」


「お前の中に、晴明様の魂があることを」

「だから、守りたかった」

「だから、一緒に旅をした」


桃矢の涙が止まらない。

「ありがとうございます…」


豪も、静かに頷いていた。

「桃矢は、特別な存在だったんだな」



【舞鳳の秘密】


沈黙が流れた。


結が、舞鳳を見た。


その目には、悲しみが浮かんでいた。


「舞鳳…」

結が口を開こうとする。


だが、言葉が出てこない。


結は、言えなかった。

舞鳳の秘密を。

舞鳳の運命を。


「結」

舞鳳が静かに言った。

「言わなくていい」

「わかってるんだ」


舞鳳が結を見る。

「千年前のあの時から」

「かごめかごめを歌った、あの時から」

「気づいてた」


桃矢が二人を見た。

ただならぬ気配を感じる。

「…何、何のこと?」

桃矢が尋ねる。


舞鳳が立ち上がった。

「いいか、桃矢」

舞鳳が桃矢を見る。


「13番目の封印は、特別なんだ」


「本当は千年前のあの時」


「十二支の妖の誰かが要石となれば、永遠の封印はできたんだ」

桃矢は息を呑んだ。


「でも、晴明様はしなかった」

舞鳳が続ける。

「千年前、かごめかごめを歌った時」


「俺が、13番目の要石に決まった」


「そんな…」

桃矢の顔が青ざめる。


「舞鳳さん、要石になるって…それって…」


「死ぬことだ」

舞鳳が静かに答えた。

「俺の体が石になり、禍津日神を永遠に封じる」


「やめてください!」

桃矢が叫ぶ。

「そんなこと、させません!」


「桃矢」

舞鳳が桃矢の肩を掴む。

「これは、俺の使命だ」

「千年前から、決まっていたことだ」


「でも!」

桃矢の目から涙が溢れる。

「舞鳳さんがいなくなるなんて…」


舞鳳は、桃矢の目を見つめた。


「俺だって離れたくない!俺がどんなにお前を…」


舞鳳は言葉を飲み込んだ。


それ以上、言えなかった。


「そんな顔しないでくれよ、桃矢」


舞鳳が苦笑する。

「千年の決意が揺らぐじゃないか」


「舞鳳さん…」


「もう何も言わないでくれ」


舞鳳が桃矢から目を逸らす。

「決めたことなんだ」


沈黙が降りた。


桃矢は、何も言えなかった。


豪も、拳を握りしめていた。


結は、静かに涙を流していた。



【六芒星の真実】


舞鳳が、結界陣の前に立った。


「でも、その前に」

舞鳳が手をかざす。


すると、光の線が地面に浮かび上がった。

「これが、晴明様が設計した封印の全体図」


光が、日本列島の形を描く。


そして、六つの点が輝いた。

「北海道――子の千尋」

「東北――丑の巌」

「関東――寅の小雪」

「中部――卯の澪」

「北陸――酉の朱音」

「九州――亥の豪」

六つの点が、線で結ばれていく。


美しい六芒星が、完成した。

「六芒星…」

桃矢が息を呑む。


「ああ」

舞鳳が頷く。


「晴明様は、最強の結界である六芒星を選ばれた」

「上向きの三角形は、火・陽・天」

「下向きの三角形は、水・陰・地」

「二つの三角形が重なり合い、完全な調和を生み出す」


舞鳳が中心――京都を指差す。


「そして、その中心に――」

京都の点が、強く輝いた。


「俺が、要石として存在する」


「六つの頂点から力が集まり、中心で統合される」


「俺が要石になることで、六芒星は完成し――」


舞鳳の声が震える。

「封印は、永遠となる」


桃矢は、六芒星を見つめた。

完璧な配置。

完璧な計算。

完璧な封印。


「晴明様は…千年前から、全てを計算されていたのか…」


「ああ」

舞鳳が頷く。

「俺たちの配置も」


「俺の運命も」


「お前の誕生も」


「全ては、この六芒星のために」


桃矢は舞鳳を見た。

舞鳳は、静かに微笑んでいた。

「だから、俺は京都を守ってきた」


「六芒星の中心として」


「そして、要石として」


舞鳳が六芒星の中心に立った。


「これが、俺の使命だ」



【晴明の準備】


天界。

安倍晴明が、降臨の準備をしていた。

「ついに、その時が来たか」

晴明が空を見上げる。


「桃矢、舞鳳、結…待っていてくれ」


「明日、私が降りる」


「そして、共に戦おう」


晴明の体が、光り始めた。


「大禍津日神…お前の野望は、ここで終わる」


光が強まり、晴明の姿が消えた。


翌朝、京都の空に異変が起きる。

黒い雲が広がり、雷が鳴り響く。


大禍津日神が、ついに京都に現れる。

最後の戦いが、始まろうとしていた。

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