第11話 九州の山里 ― 別れを生きる者たち ―
【千年前の約束】
――千年前、京の都――
安倍晴明の屋敷。
約束の時を待つ者。
舞鳳は晴明の言葉を胸に刻んだ。
「晴明様…」
「舞鳳、お前は十二妖の中で最も人に近い心を持つ」
晴明が振り返る。
「だからこそ、お前にしか託せない」
「その方は…私のことを受け入れてくださるでしょうか」
舞鳳の声が僅かに震えた。
晴明は穏やかに微笑んだ。
「お前が心配するようなことは起こらない」
「その者は、お前を家族のように想うだろう」
「家族…」
舞鳳が小さく呟く。
「そうだ。だが、忘れるな」
晴明の表情が真剣になる。
「お前の本当の役目は、その者を守ることだ」
「共に笑い、共に泣き、そして…」
晴明が言葉を切った。
「そして?」
「共に、最後の封印に臨め」
晴明が舞鳳の目を見つめる。
「それが、千年後の運命だ」
舞鳳は深く息を吸った。
「はい。この身に代えても」
晴明が優しく言った。
「お前は、ただその者の傍にいればいい」
「それだけで、全てが変わる」
月明かりが二人を照らす。
「晴明様…もし、私が役目を果たせなかったら」
「お前なら大丈夫だ」
晴明が断言した。
舞鳳は静かに頷いた。
「では、私も参ります」
「ああ。」
舞鳳が炎に包まれ、消えていく。
晴明は一人、夜空を見上げた。
「舞鳳…すまない」
小さな呟きが、夜に溶けた。
「お前が背負う痛みは、誰よりも重い」
晴明の姿が、月光の中に消えていった。
――回想終わり――
【現代・九州の山里の平和】
緑深い山々、清らかな渓流、ゆっくりと流れる時間。
九州の山奥、熊本と大分の県境に近い小さな集落。
広大な棚田の中に、一軒の古民家が建っていた。
茅葺き屋根、石垣に囲まれた敷地。
畑では、一人の大男が汗を流していた。
がっしりとした体格、日焼けした肌、豪快な笑顔――豪だ。
「よし、今年も良い出来だ!」
豪が里芋を収穫しながら、満足そうに笑う。
「豪おじさーん!」
子どもたちが駆けてくる。
「おう、来たか! 今日も手伝ってくれるのか?」
「うん!」
子どもたちは元気いっぱいだ。
豪は子どもたちと一緒に、畑仕事をする。
「豪おじさん、力持ちだね!」
「当たり前だ! 俺は亥の妖、猪の化身だからな!」
豪が笑うと、子どもたちも笑った。
【山里の守り神】
夕方、仕事を終えた豪は、集落の小さな祠へ向かった。
「よっ、今日も無事だったぜ」
祠の奥には、封印の石がある。
豪が手を当てると、石は淡く光った。
「封印も、問題なし。この集落は平和だ」
豪は満足そうに頷いた。
「このまま、ずっと平和であってくれ」
【舞鳳と桃矢の到着】
翌日、バスが山道を登ってきた。
桃矢と舞鳳が降り立つ。
「最後の封印地だな」
舞鳳が集落を見渡す。
「ああ。亥の豪が守る、九州の山里」
桃矢が深呼吸をする。
「豪さんに会えるんですね」
「ああ」
舞鳳が頷く。
「そして…」
舞鳳の表情が、わずかに曇った。
「舞鳳さん?」
桃矢が気づく。
「いや、何でもない」
舞鳳は笑顔を作った。
「さあ、豪に会いに行こう」
だが、桃矢は気づいていた。
舞鳳の笑顔が、少し寂しそうだったことを。
【豪との再会】
「よっ、舞鳳!」
畑で、豪が手を振っていた。
「豪!」
舞鳳が駆け寄る。
「久しぶりだな! 元気そうじゃないか!」
「ああ、お前もな!」
二人は抱き合った。
豪が桃矢を見た。
「で、こっちが星川桃矢か。噂は聞いてるぜ」
「はい。桃矢です」
「俺は豪。亥の妖だ。よろしくな!」
豪は豪快に笑った。
「さあ、飯を食おう! 腹が減っては戦はできねぇ!」
【豪の家】
古民家の囲炉裏端。
豪が作った料理が並ぶ。猪鍋、山菜の天ぷら、地酒。
「うまそうだな」
「食え食え! 俺の料理は絶品だぞ!」
三人は食事を楽しんだ。
「豪、お前…一人で暮らしているのか?」
舞鳳が尋ねた。
豪の笑顔が、わずかに翳った。
「ああ…まあな」
「昔は…誰かと?」
豪は箸を置いた。
「…昔、女がいた」
【豪の過去】
豪が静かに語り始めた。
「50年前、この集落に一人の女性が住んでいた。名は、ユリ」
――50年前――
若き日の豪が、山道を走っていた。
そこに、一人の女性が立っていた。
長い黒髪、優しい笑顔。
「あなた、豪さん?」
「ああ。お前は?」
「ユリです」
ユリは集落の診療所の看護師だった。
病人の世話をし、子どもたちに慕われ、豪も彼女に惹かれた。
二人は恋に落ちた。
「豪、一緒に暮らさない?」
「ああ!」
幸せな日々が続いた。
だが――
ある日、集落に豪雨が来た。
記録的な大雨が、山を襲おうとしていた。
「逃げろ! みんな高台に!」
豪が叫ぶ。
だが、ユリが言った。
「待って、豪! 診療所に寝たきりのおばあさんがいるの!」
「何!?」
「助けに行かなきゃ!」
「待て、ユリ! 俺が行く!」
だが、ユリは走り出した。
豪も追いかけた。
診療所に着くと、確かにおばあさんが一人、ベッドに横たわっていた。
「よし、助かった!」
豪がおばあさんを背負い、ユリと一緒に走り始めた。
だが――
その時、山から土砂が崩れてきた。
土石流だ。
「ユリ!」
豪が手を伸ばす。
だが、間に合わなかった。
ユリは土砂に飲まれた。
「ユリぃぃぃぃ!」
豪は必死にユリを探した。
だが、見つからなかった。
――回想終わり――
「俺は…ユリを守れなかった」
豪は拳を握りしめた。
「俺が、もっと早く動いていれば」
「俺が、もっと冷静に判断していれば」
「ユリは…死ななかった」
豪の目に、涙が浮かんだ。
「俺は猪だ。突進するのが得意だ」
「だが、突進しすぎて…大切なものを失った」
舞鳳は少し黙った後、静かに口を開いた。
「豪…お前は、間違っていない」
豪が顔を上げる。
「お前の『突進』は、誰かを守るためのものだ」
舞鳳が豪の目を見つめる。
「ユリさんが走り出した時、お前は迷わず追いかけた」
「それは、お前が彼女を愛していたからだ」
豪の目が揺れる。
「もし、お前が躊躇していたら…」
舞鳳が続ける。
「あのおばあさんは、確実に死んでいた」
「お前とユリさんが突進したから、一つの命が救われたんだ」
豪が息を呑む。
舞鳳は遠くを見つめた。
「なあ、豪。長く生きる俺たちは…大切な人との別れは、宿命だよな」
豪が舞鳳を見る。
「俺も…何百年も前になるが、別れを引きずった時があった」
舞鳳が小さく笑う。
「その時、小さなお寺の住職が言っていたんだ」
「『人は死に方を、生まれてくる時に自分で決めてくるんだ』って」
豪の目が見開かれる。
「そんなの眉唾かもしれない」
舞鳳が首を振る。
「その和尚は一度死んだわけじゃないし、生まれてくる前のことを覚えているわけでもない」
「何気なく言っただけかもしれない」
舞鳳が豪を見た。
「でも…俺は、救われたんだ」
「本人が決めたんなら、仕方ないって」
豪は黙って、舞鳳の言葉を噛みしめていた。
「ユリさんは…」
舞鳳が続ける。
「あの時、自分の意志で走り出した」
「誰かを救うために」
「それが、彼女が選んだ道だったんだ」
豪の目から、また涙が溢れた。
だが、今度は少し違う涙だった。
「そうか…ユリは…自分で決めたんだな」
「ああ」
舞鳳が頷く。
「だから、お前が自分を責める必要はない」
「お前は、彼女の選択を尊重すればいい」
豪は深く息を吸った。
「ありがとう…舞鳳」
桃矢も、胸が熱くなった。
舞鳳の言葉には、千年の重みがあった。
【舞鳳の様子】
その夜、桃矢は舞鳳が一人、山の展望台にいるのを見つけた。
「舞鳳さん」
舞鳳が振り返る。
月明かりの中、その表情は穏やかだった。
「桃矢か。どうした?」
「いえ…舞鳳さん、さっきから少し元気がないように見えて」
桃矢が隣に座る。
「何か、心配事ですか?」
舞鳳は少し黙った。
そして、小さく笑った。
「…わかるか」
「だって、もう何ヶ月も一緒にいますから」
桃矢が舞鳳を見る。
「教えてください」
舞鳳は夜空を見つめた。
「…なあ、桃矢」
「はい」
「もし、大切な人と別れなければならない時が来たら…お前、どうする?」
桃矢は驚いた。
「別れ…ですか?」
「ああ」
舞鳳が続ける。
「その別れが、誰かを守るためだとしたら」
「お前は、受け入れられるか?」
桃矢は少し考えた。
「…正直、わかりません」
桃矢が俯く。
「でも…」
桃矢が舞鳳を見た。
「その人が望むなら、俺は受け入れます」
「辛くても」
「そうか」
舞鳳が微笑む。
「お前は、強いな」
「舞鳳さん…」
「いや、何でもない」
舞鳳が立ち上がる。
「さあ、戻ろう。明日は封印の確認だ」
舞鳳が歩き出す。
桃矢は、その背中を見つめた。
(舞鳳さん…何か、隠してる…)
【異変の兆し】
翌朝、豪が目を覚ました。
「…何だ?」
外から、異様な気配がする。
豪が外に出ると――
空が、赤く染まっていた。
「これは…」
遠くから、地鳴りが聞こえる。
地面が揺れ始めた。
「地震か!?」
だが、これは普通の地震ではなかった。
山が、黒く染まっていく。
「まずい…!」
豪が走り出した。
【黄泉軍の襲来】
山道から、黒い影が這い上がってきた。
人の形をしているが、腐敗した肉体、虚ろな目。
屍兵だ。
「黄泉の軍勢…!」
豪が叫んだ。
無数の屍兵が、集落に迫ってくる。
「させるか!」
豪が地面を蹴った。
猪の妖の本性が現れる。
巨大な牙、鋭い目、獣の咆哮。
「うおおおおお!」
豪が突進する。
屍兵たちを、次々と吹き飛ばす。
だが――
「多すぎる…!」
倒しても、倒しても、次々と現れる。
「豪!」
舞鳳と桃矢が駆けつけた。
「舞鳳! 桃矢!」
「何が起きている!?」
「黄泉の軍勢が攻めてきた!」
舞鳳が屍兵を見た。
「これは…まずい。ただの禍津日神の眷属じゃない」
「何?」
「黄泉の国から、直接来ている!」
桃矢が結界を張る。
「とりあえず、集落の人々を避難させます!」
「ああ! 頼む!」
桃矢が村を走り、人々に叫んだ。
「みんな、公民館に避難してください!」
「何が起きてるんだ!?」
「説明は後です! 今すぐ!」
人々が走り出す。
子どもたちも、必死に逃げる。
「豪おじさん!」
子どもが叫んだ。
「大丈夫だ! 俺が守る!」
豪が笑顔を見せた。
「お前らは、逃げろ!」
【八雷神の登場】
豪は一人、山道で戦い続けた。
屍兵を何十体も倒した。
だが、傷だらけになっている。
「くそ…まだ来るのか…」
その時――
山から、さらに巨大な影が現れた。
黒い鎧を纏った、巨大な武者。
八雷神の一体だ。
「小さき妖よ、よくぞ戦った」
雷神が剣を構えた。
「だが、ここで終わりだ」
雷が降り注ぐ。
豪が避けようとするが――
「ぐあっ!」
雷に打たれ、豪が倒れた。
「豪!」
舞鳳が駆けつける。
だが、雷神が立ちはだかる。
「次は貴様だ」
【大禍津日神降臨】
その時――
空が裂けた。
巨大な黒い裂け目が、空に開く。
そこから、巨大な影が現れた。
「ようやく、会えたな」
低く、重い声。
影が地上に降り立つと、その姿が見えた。
黒い着物、角のような冠、巨大な体躯。
そして――無数の目が、全身に浮かんでいる。
「私は、大禍津日神」
その声に、全員が震えた。
「禍津日神の…親…!」
桃矢が息を呑む。
「そうだ。私の息子を、千年も封じてくれたな」
大禍津日神が、桃矢たちを見下ろした。
「礼を言わねばならぬな」
「何が礼だ!」
桃矢が叫ぶ。
「お前が、災害を起こしたのか! 地震も、土砂崩れも!」
「そうだ」
大禍津日神は躊躇なく答えた。
「ここ最近の地震、大雨、多種に渡る災害は我らが起こしたもの」
「なぜそんなことを!」
「一度、人の世を一掃しなければならぬ」
大禍津日神の声が冷たく響く。
「人間は傲慢だ。神を忘れ、自然を壊し、欲望のままに生きている」
「この者たちの傲慢さは、言葉では伝わらぬ」
「ならば、力で示すしかない」
大禍津日神が手を上げると、空から雷が降り注いだ。
舞鳳が防御するが、その力は圧倒的だった。
「くっ…強い…!」
「これが…神の力か…!」
大禍津日神が笑った。
「お前たちでは、私に勝てぬ」
「だが、楽しませてもらおう」
【京都への誘い】
大禍津日神が桃矢を見た。
「聞け」
桃矢が息を呑む。
「十三番目の封印…京都で決着をつける」
「京都…?」
「そうだ。安倍晴明が眠る地。全ての封印の中心」
「そこで、最後の封印を――破る」
桃矢の顔色が変わった。
「お前たちが来るなら、正々堂々と戦おう」
「来ないなら…」
大禍津日神が集落を見渡した。
「今ここで、この山里は崩す」
「待て!」
桃矢が叫んだ。
「わかった。俺たちは行く。京都へ」
「桃矢!」
舞鳳が止めようとする。
だが、桃矢は首を振った。
「舞鳳さん、このままじゃこの集落が…」
大禍津日神が満足そうに笑った。
「よい返事だ」
「では、京都で待っている」
「全力で来い。安倍晴明と共に」
舞鳳の表情が変わった。
「…晴明様を、知っているのか」
「当然だ」
大禍津日神が舞鳳を見た。
「そして、舞鳳…お前の運命も知っている」
舞鳳が息を呑む。
「十三番目の封印…お前が、その鍵だ」
桃矢が驚いて舞鳳を見る。
「舞鳳さん…?」
だが、舞鳳は何も言わなかった。
大禍津日神が消えていく。
「待っているぞ。全力で来い」
黄泉軍も、雷神も、全て消えた。
【集落に静けさが戻って】
集落に静けさが戻った。
豪は山道に座り込んでいた。
傷だらけの体。血が流れ、息が荒い。
「豪!」
舞鳳が駆け寄る。
「大丈夫か!」
桃矢も治癒の術をかける。
「ああ…なんとか…」
豪が立ち上がろうとするが、膝から崩れた。
「無理するな」
舞鳳が豪を支える。
「くそ…俺は…」
豪が拳を握りしめた。
「また、守れなかった…」
「何を言ってる。お前は戦った」
「だが、あの神には…全く歯が立たなかった」
豪の目に、悔しさが滲む。
「俺は…やっぱり、ダメなんだ」
「突進するしか能がない」
「ユリを守れなかったように…今日も、集落を守りきれなかった」
桃矢が豪の前に座った。
「豪さん、あなたがいなかったら、この集落はもっと酷いことになっていました」
「でも…」
「黄泉軍を何十体も倒した」
「雷神と戦った」
「その間に、集落の人々は逃げられた」
桃矢が豪の手を握る。
「あなたは、守ったんです」
「集落の人々を」
豪は目を見開いた。
「俺が…守った…?」
舞鳳が頷く。
「ああ。お前がいたから、誰も死ななかった」
「お前の『猪突猛進』は、武器だ」
「時には代償もあるが…今日は、それが集落を救った」
豪の目から、涙が溢れた。
「そうか…俺は…」
「ああ」
舞鳳が豪の肩を叩いた。
「お前は、十分に戦った」
【集落の人々との別れ】
翌朝、集落の人々が公民館前に集まっていた。
「豪さん!」
子どもたちが駆け寄ってくる。
「おお、みんな無事だったか!」
豪が笑顔を見せた。
「豪さん、ありがとう!」
「あなたがいたから、私たちは助かったわ」
老人たちも頭を下げた。
「豪さん、これからどうするんですか?」
一人の女性が尋ねた。
豪が山を見た。
「俺は、京都へ行く」
「京都?」
「ああ。最後の戦いがある」
豪が集落の人々を見渡した。
「でも、必ず帰ってくる」
「この集落を、永遠に守ると約束する」
子どもたちが泣き出した。
「豪おじさん、行かないで!」
「ごめんな」
豪が子どもたちを抱きしめた。
「でも、これは俺の使命なんだ」
「この集落を、日本を、守るために」
老人の一人が前に出た。
「豪さん、私たちも何かできることは?」
「ああ」
豪が頷く。
「かごめかごめを、歌い続けてくれ」
「封印を支えるために」
「わかりました」
人々が頷いた。
「豪さん、気をつけて」
「必ず、帰ってきてください」
豪は深く頭を下げた。
「ありがとう。みんな」
【バスの中で ― 舞鳳の秘密】
三人は、山里を離れるバスに乗っていた。
窓際で、桃矢が舞鳳に尋ねた。
「舞鳳さん」
「ん?」
「さっき、大禍津日神が言っていたこと…」
桃矢が舞鳳を見つめる。
「『十三番目の封印、お前がその鍵だ』って」
舞鳳は黙っていた。
「舞鳳さん、それって…」
「桃矢」
舞鳳が桃矢の言葉を遮った。
「今は、まだ話せない」
「でも…」
「京都に着いたら、全て話す」
舞鳳が桃矢の肩に手を置いた。
「約束する」
桃矢は不安そうな顔をした。
「舞鳳さん…何か、悪いことが起きるんですか?」
舞鳳は少し黙った。
そして、優しく微笑んだ。
「お前と旅ができて、本当に良かった」
「え…?」
「この一年、俺は幸せだった」
舞鳳が山々を見つめる。
「千年、一人で生きてきた」
「だが、お前と出会って…初めて、『仲間』ができた」
舞鳳が桃矢を見た。
「ありがとうな、桃矢」
桃矢の目に、涙が浮かんだ。
「舞鳳さん…まるで、お別れみたいなこと言わないでください」
「ごめん」
舞鳳が桃矢の頭を撫でた。
「でも、覚えておいてくれ」
「俺は、お前のことを誇りに思っている」
豪が二人の隣に立った。
「舞鳳、お前…」
豪も気づいていた。
舞鳳の覚悟を。
「豪」
「ああ」
「お前も、一緒に来てくれるか? 京都へ」
「当たり前だ」
豪が拳を握る。
「最後まで、戦うさ」
三人は、京都へ向かうバスの中で、それぞれの想いを胸に秘めた。
【安倍晴明の声】
その夜、桃矢の夢に晴明が現れた。
「桃矢」
「晴明様…」
「ついに、大禍津日神が動いた」
晴明の表情が厳しい。
「次は、結に会え」
「結が、全ての真実を教えてくれる」
「舞鳳さんのことも…ですか?」
晴明は少し黙った。
「ああ」
「そして…お前自身の、秘密も」
桃矢が驚く。
「俺の…秘密?」
「なぜ、お前が選ばれたのか」
「なぜ、継承の勾玉を持って生まれたのか」
晴明の姿が消えていく。
「全ては、京都で明らかになる」
桃矢は目を覚ました。
窓の外には、朝日が昇っていた。
(京都で…全てがわかる…)
桃矢は不安と期待が入り混じった気持ちで、京都へ向かうバスの揺れを感じていた。




