9 教育リリアン
ぽかんと口を開いたアニタの大きな目が歪んだ鉄格子を映す。
鉄格子は部屋の扉。
部屋の扉は、船の一部だ。
部屋を出るために扉を壊したとようやく気付いたらしいアニタが、ぴゃっと赤毛の三つ編みを尻尾のように跳ねさせた。
「…ご、ごめんなさい!」
(謝った!)
リリアンは神妙な顔をしながら心の中でにやりと笑った。
賭けだったが、躊躇わずに謝ったアニタに確信を抱く。
(やっていることは異常だけどちゃんと理由が付いてきている…色々おかしいけれど考える頭と、何かしらの判断基準は持っている。でもって最低限のモラルもあるようね!)
順番も行動も結果もおかしいが、最低限の善悪は理解しているようだ。
そう、リリアンがするのはアニタの怪力否定や事実を認めない悪足掻きではない…やらかした事実に対しての説教。
そして折檻だ。
「許さないわ。アタシの船を壊すなんてお仕置きよ」
「あー!」
人の物を壊すことは悪いことだと認識済みらしいアニタが悲鳴を上げるが、もう遅い。
リリアンは腰に下げていた武器を手に取った。
それはモンスターの脱皮した皮膚で編まれた細長い鞭だった。細長い鞭の部分はいつも輪になって、リリアンの腰に下げられている。モンスター駆除には勿論だが、生意気な奴隷を鞭打つのにも使う。人に向けるときは手加減するが、人の肌を裂く強度だ。
手慣れた動作で取り出された鞭に、奴隷達はより怯えて固まった。
そう、教育を施された、いい反応例だ。
(上下関係は腕力で決まらないわ…どちらの立場が上なのか、恐怖と痛みを徹底的に教えてあげる!)
精神を屈服させれば、たとえ相手の筋力が上でもこちらに反抗できなくなる。
痛みとは、とてもわかりやすい恐怖だ。
しかしアニタが理解しているのは、器物破損への叱責。
奴隷達と同じ部屋にされたことは何も言わないので、もしかしたら自分が奴隷として扱われていることに気付いていないかもしれない。阿呆の子だから自分の立場を理解していないかもしれない。なんなら一緒に居たのが奴隷だとも思っていないかもしれない。
気付いていないならそれでいい。
今のうちに上下関係を叩き込むだけだ。
「馬鹿な子ね。大人しくしていればこのまま綺麗な肌でいられたのに」
綺麗なままの方が高値で売れるが、アニタのことは今躾けねば厄介続きだ。
ぴしゃりと床に鞭を打ち付ける。床に下ろされたアニタはオロオロと視線を彷徨わせたが助けてくれる大人などいない。フォンテは何か言いたげに視線をうろつかせたが、止める言葉は持っていない。
王子様なら情けないが、彼も下っ端の奴隷商人。こちら側の人間だ。
「覚悟なさい!」
泣かせるつもりで、怪我をさせるつもりでリリアンは鞭を振るった。
痛みを与える目的で振るわれた鞭はそのままアニタに向かい。
幼い身体を亀甲縛りにした。
「なんでよ!」
「きゃー!」
バランスを崩したアニタがリリアンの足元に転がる。
意図せず、鞭で幼い女の子をいけない感じに拘束する女王様の構図ができあった。
「船長が子供をえっちな感じに縛ってる…」
「お仕置きよって言いながら…」
「そんな趣味が…」
「ねーわよ!」
部下達がおもむろにヒソヒソし出したので、リリアンは勢いよく怒鳴った。フォンテもちょっと後退したので睨み付ける。情けない顔で視線を逸らした。
確かにいつも腰に鞭を下げてはいるが、別に嗜虐趣味があるわけではない。奴隷を打っているが、趣味で打っているわけではない。仕事と趣味は違う。
むしろ奴隷達への教育を趣味としているのは部下達の方だ。一緒にするな。
しかし気を取り直して再挑戦しても、結果は同じだった。
いけない感じに拘束される、未発達な少女の図になる。
なんでだ。
何度やってもいけない感じに拘束されるアニタと頭を抱えるリリアン。
鞭持参だけど、そんな趣味はない(自称)
自前の鞭をいつでも腰に下げているのに…。
多分誰も信じていない。




