8 正攻法リリアン
思わず口を開けて呆然とするリリアンと三人の部下。そして成り行きで付いてきた下っ端のフォンテ。
「お腹が空いたからおやつはありませんかって聞いたんだけど、誰も答えてくれなかったの。だから自分で貰いにいく事にしたのだわ!」
やらかした元凶は、むしろ自分はちゃんとできて偉い子ですと言いたげに胸を張っていた。
ちなみにアニタは拘束されることなく放置するのが怖いので、一番筋肉質な部下の小脇に抱えられている。だというのに、何かの遊びかと思っているのか全く抵抗しない。足をぶらぶら揺らして余裕である。
リリアンがアニタを放り込んだのは、奴隷達の部屋。勿論アニタ以外の奴隷達も部屋の中に居た。
幸いだったのは、奴隷達が怯えて誰一人脱走していなかったこと。
彼らは壊れた鉄格子から離れた壁にひっついて、膝を抱えてビクビクしていた。
(ひい、ふう…全員居るわね。どうやらちゃんと立場がわかっているみたい)
ここで奴隷達への教育が生きていた。
そう、逃げ出したら折檻が待っている。初めのうちに教育され、わかっているから、奴隷達は逆らわない。
リリアンがアニタを奴隷達と同じ部屋にしたのは、奴隷も知らなさそうなアニタにわかりやすく現在の境遇を思い知らせるためだった。しかしアニタはそんなこと気にもせず、えいっと鉄格子を曲げたという。
奴隷部屋…牢獄の出入り口を、新入りがこじ開けた。
しかし新入りが自力で脱出する姿を見ても、奴隷達は便乗しなかった。
そもそも海の上なので、この部屋を出たところで自由はない。
彼らが自由になれるとしたら、自ら海へ飛び込んで死を選ぶ他ないだろう。
それも一つの選択だが、奴隷には任期がある。今耐えればなんとかなるという希望が残っていて、海に飛び込む選択肢を選ぶ奴隷は少ない。
――諸々の理由から、結果的に奴隷が逃げなかったのだとしても…奴隷部屋の扉を壊されたので、アニタにはしてやられた結果となる。
「このガキ…思ったより厄介だったようね」
想定していたよりお転婆で、馬鹿力だ。
鉄格子は本物だ。大人だって曲げられる物ではない。
それを子供一人が余裕で通り抜けられるほどの隙間を作るなんて、普通のガキにはできない。
筋肉質な男に抱えられて足を揺らす幼い女の子がこの鉄格子を曲げました、なんて言われても誰も信じられないだろう。
信じられないが本人が自白しているし、震えている商品達の反応からして本当のことだろう。奴隷達がアニタを見る目は、憐れな同類ではなく化け物を見る目付きだ。なんなら、奴隷商人のリリアン達より恐れられている。
(なんなのかしらこのガキ。色々おかしいわ)
そんな目で見られているのにアニタはけろりとしているし、怪力を隠す素振りもない。
鉄格子を曲げるほどの怪力を、アニタ本人が特別なものと認識していないらしい。
しかも震える声で語るフォンテによれば、アニタは簀巻きの状態で倉庫にいた。つまり、手足が不自由な状態で鉄格子を「えいっ」としたことになる。
えいってなんだ。
(というか簀巻きをなんとかできたなら、先にそっちでしょう。なんで簀巻きのまま鉄格子を壊してるのよ)
順番も行動も結果もおかしい。
しかし一番おかしいのは、少女のあっけらかんとした態度だ。
(あり得ない怪力だか知らないけど、この子のフィジカルは異常よ。普通じゃないわ。そういう奴らは、自分の異常性を認識していたら隠すかひけらかすか。どちらもないという事は、本人は自分の異常性を認識できていない)
アニタは、普通のつもりだ。
自分が周りと比べておかしいなんて、全く考えていない。
つまりこれは、こちらを見返してやろうだとか小賢しい心理が働いた行動ではない。
ほんとうに、おやつが食べたかっただけだ。
――となればリリアンが取る行動も決まる。
「アニタ。アタシ、アンタを船に乗せるとは言ったけど、おやつ付きとは言っていないわ」
「はれ!?」
当然おやつ付きだと思っていたらしいアニタは、衝撃の事実にはじめて驚愕の表情を浮かべた。
「え、ええ、だってフォンテおやつくれたのだわ!?」
「あれは俺の非常食…」
「おやつのない非常事態だったのね!」
「通常よ。おやつの有無を伝えなかったのは悪かったわね。でもアンタ、もっと悪い子よ」
「はれ?」
「よくもアタシの船を壊したわね」
男に抱えられたアニタは、口を開けた間抜け面で固まった。
抱えられているのは新しい遊びだと思っていたアニタ。揺れる足をぷーらぷら。




