37 解釈違いアニタ
「な、なんでアニタがここに…?」
出港(?)したときには居なかった。間違いなく、リリアンとフォンテしか立っていなかった見張り台に、ちょこんと少女が立っている。
いくら国を跨いで捜索される迷子でも、出港済みの船に飛び乗るなんてできるわけがない。
「アンタいつから」
「リリアンちゃんが海からお船によじ登っているのを追っかけてきたのだわ」
「アンタ後ろに居たの!?」
あの場の誰もがリリアンに集中していたが、実は居たらしい。
この赤毛の少女に気付かないなんてあるわけないと思いつつ、あのときは確かに全員リリアンに釘付けだった。もしかしたら、見逃す事もあるかもしれない。
(――いや、ないだろ)
納得し掛けたフォンテは慌てて首を振った。そんなわけがない。あの緊迫した場面で、リリアンの後ろからアニタが現われたら絶対気付く。この赤毛は、それだけの存在感を持っている。
しかし誰も気付かなかった。
今回だって、アニタが見張り台までやって来るのに誰も気付かなかった。
確かに神出鬼没な方向音痴だが、緊迫した場面ではあるが、気付かないなんてあり得ない。
そもそもこの場面で見張り台によじ登る意味が分らない。
「街でね、ドラゴンが来るって言っていたの」
ぽけっとした表情のまま、アニタが言う。
その視線はリリアン達を素通りして、ドラゴンに向けられていた。無理もないことだが、恐怖より驚愕が勝っているようで、未だ呆けた顔から戻ってこない。
「悪い人はドラゴンがお仕置きするんですって。港に悪い人が来ているから、ぐんのひとがドラゴンを連れてくるっていっていたのだわ」
ぐんのひと、がなんなのかわかっていない発音だった。
その軍の人に探されていると、アニタはわかっているのだろうか。何もわかっていない気がするし、軍の人もまさか国を跨いだ迷子が進んで逃亡する奴隷商人の船に乗っているなど思わないだろう。流石に距離があるので、向こうからはアニタが見えていないはずだ。
「だからアニタ、ドラゴンに会いたくて、会いたくて…港を目指したのだけれど、戻って来ちゃったのだわ。リリアンちゃんが見えたから、港ってどこにあるか聞こうと思ったのよ」
アニタの言う港と、リリアン達が船を止めた場所は違う場所らしい。
そしてドラゴンがお仕置きする悪い人がリリアン達であることも、アニタは全く気付いていない。
奴隷商人だとわかっているはずなのに、奴隷商人の居ない国から来たせいか、お仕置きされる側だと認識していないようだ。忌避される存在ではあるが、いきなり罰せられる立場でもないのである意味正しい。
しかし。
「あれが、ドラゴン…?」
目的地に辿り着かないことに定評があるアニタだが、全く別の場所を想定していたせいか、クリティカルで目的の場所へ辿り着いてしまった。
その結果、憧れのドラゴンに、今まさに食べられそうになっている。
(最悪だ)
いつか、アニタが現実を知り、ドラゴンがアニタの思うような憧れの存在ではないと知ったとて。
アニタがドラゴンに食べられるなんて、そんな事態にはならなかったはずなのに。
ぽかんとしているアニタは、正面を見て瞬きをしている。
「…アニタの知っているドラゴンと、違うのだわ」
余りにも呆けた言葉だったので、リリアンは引きつった口元で笑って見せた。
「お伽噺と現実は違うのよ。これが現実。あれがアンタの憧れていたドラゴンよ」
「違う違う違う! アニタのドラゴンは、こんなおデブなトカゲじゃないのだわ!」
おデブなトカゲ。
恐怖の塊にコミカルな表現をされ、フォンテは毒気が抜かれた。リリアンは思わず噴き出した。
笑ってから、しまったと引きつる。そんな時間ではないと言うのに、不意を突かれて笑ってしまった。今まさに、生きるか死ぬかの瀬戸際なのに。
いや、瀬戸際ではない。逃げ道がないので死一直線。そのはずだった。
こんなやりとりしている場合では…いや、何故こんなやりとりをする余裕がある?
リリアンはハッと顔を上げた。
変わらず巨大なドラゴンがそこに居る。
そこに居るのに。
「ドラゴンは、ドラゴンは、こんなトカゲじゃない!」
ぽかんとした顔から一転、見たことのない怒り顔…子供のようにふくれっ面でプンスコ怒るアニタ。
そんなアニタの威嚇に、ドラゴンが怯んでいた。
何故。
「ドラゴンって言うのはね、とっても強くてすごい存在なのよ。見た目だってこんなおデブじゃないんだから。駱駝の顔に牛の角、ワニの爪に…艶やかに長い胴体なのよ。本当なのよ。トカゲじゃないのだわ。トカゲじゃなくて…そう」
ブツブツ語るアニタは、琥珀の瞳を爛々と輝かせ――――……よっこいしょーっと柵を乗り越えた。
柵を乗り越えた。
見張り台の柵を。
「「なにしてんの!?」」
リリアンとフォンテが叫んだときには、アニタは元気よく柵を蹴り上げていた。
青空と白い雲。太陽を反射する海面が、小さな赤毛の少女を呑み込むまさにそのとき。
琥珀色の目を爛々と輝かせた少女は、叫んだ。
「アニタみたいに!」
少女が海面に叩き付けられる瞬間。
現われたのは、赤い鱗を持つ巨大な蛇だった。
アニタ、とうとう本性を…本性を…。
ぶっちゃけ隠していなかった…。




