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36 変態ツァイヒェン


「ふぉ――――――っっ!!!!」


 愕然とした周囲を上塗りするように響いたのは、よぼよぼツァイヒェンの狂喜乱舞した歓声だった。

 見た目がよぼよぼじいさんだから、軍人なけなしの良心で緩く拘束されていたツァイヒェン。彼は船が形状を変えた瞬間、俊敏な動作で縄抜けをして大砲台の下に潜り込んだ。


「いつかいつかといつ来るかもわからなかった待ちに待ったこの瞬間! 儂の船が最新形態へ変態を遂げる時が来た! これぞ船…いや乗り物の最終形態、男のロマンじゃ! 我が人生に一片の悔いなし! 集え若人よ共に夢の果てを目指そうぞ!!」


 よぼよぼした外見から出る力強い発声。肺活量が超人のそれ。

 そんな彼が大砲台の下にあるへこみに足を入れ、力強く突起を引いた瞬間、船の揺れが大きくなった。


 バランスを崩して転がる軍人が多くいる中、船員達は無事だった。好機とばかりに縄抜けをして各々の配置へ付く。一人意味が分らぬフォンテが、リリアンに首根っこを掴まれて共に見張り台へと移動した。一番高い場所だから、何が起きたのかがよくわかった。


 これはもう船じゃない。


「ふ、船が怪物になっちゃった…」

「それヘン爺に言ってやりなさい。すぐにでも怪物の一部よ」

「喰われる…?」


 今まで船の一部にされると慄いていた脅し文句だが、あながち間違いでもない。

 不届き者は船の一部にされ、その怨念で船が動いていると言われても今なら納得する。


 それだけ、フォンテにとって現在の船は異常形態だった。船なのに生き物のように手足があるし、波もないのに大きく揺れている。むしろ船が動いて波を起こしている。

 ラファールも、大きく揺れる甲板から海へと放り出されていた。すぐに部下に助けられて港に引き上げられていたが、調えられた金髪と軍服がびしょ濡れでぐちゃぐちゃだ。そんな彼らを見下ろして、リリアンは高らかに嗤った。


「おーっほっほっほっほ! だぁれが大人しく捕まる物ですか! 罪状を並べて捕まる前に逃げてみせるわぁ!! アンタ達! とにかく遠くまで逃げるのよ!」

「「「イエスリリアン様―!」」」


 手足の生えた船が海に飛び込む。その手足を回転させて波を掻いて進む船。その勢いに目を回しながら、フォンテは必死に柵にしがみ付いた。


「ざ、罪状って。強行突破の方が罪になるんじゃ!?」

「馬鹿ね商人としてでなくアタシ個人に思う所があるのよあっちは。なんでもでっち上げて殺しに来るしでっち上げなくても殺しに来るの。でもってアタシが頭なんだからアンタ達も抹殺対象よだって奴隷商人だもの。死にたくなければそこでしがみ付いてなさい」


 言葉と同時にガクンと船(?)が揺れた。

 船の手足が高速で回転し、風を起こして海を進む。一瞬水を掻いて進んでいるのかと思ったが違った。あの手足は一応、理に適った設計だったようだ。全然そんな風に見えないけれど。

 爆発的な速度で海を走る船。風圧で転覆しないように船員達が動き回っている。帆の角度や重さの調整などフォンテにはさっぱりだが、海を走る船の速度は軍艦といえど追いつけない速度だった。


 しかし港から遠ざかっていく船を見送るラファールは、焦ることなく笑っていた。むしろ、嗤っていた。


「ふざけた船だが、まあいい…生死を偽り、姿を偽り、名を変え、奴隷商人にまで身を落としても尚、生き延びたかったようだが…愚弟よ。お前の命運は尽きた。あの日、賜るはずだった兄王の慈悲を、俺が代わって与えてやろう」


 海が盛り上がる。

 突然大きく波打つ海面に、風圧で進んでいた船が制御を失う。叩き付けるような波に、うっかりひっくり返りそうになった。

 海が渦巻き、海面に穴が空いたような錯覚。それからすぐに滝のように立ち上った巨大な影。

 飛沫を上げて海から飛び出したのは、緑青色の鱗だった。


「お前の母と同じように、ドラゴンに喰われて死ぬがいい!」


 海を進むリリアンに、愉しげなラファールの声は届かない。

 けれど海の底から現われた巨大な化け物…ドラゴンの存在に、幼い日の惨劇が呼び起こされる。


 巨大な影。水を弾く鱗。縦割れの瞳孔に鋭い爪。

 成人男性の腕より太い牙が、容易く硬いものを噛み砕く…人の胴体など、一噛みで千切る獰猛さ。

 白が赤く染まり、滴り落ち、巨体を支える太い四肢に踏み潰される。踏み躙られる。血の一滴まで蹂躙された、最愛の家族。


「ドラゴン…!」


 憎悪と怯え。恐怖と怒り。

 海面から飛び出したドラゴンは、太いが鋭い尻尾で海面を叩き付けた。

 船に直撃しなかったのは不幸中の幸いだが、真横の衝撃で船が大きく揺れる。何人か、悲鳴と共に海へと消えた。


 背中を支えるリリアンの足がなければ、フォンテも同じ運命だっただろう。

 突如現われたドラゴンに…家族を食い殺した存在に、恐怖で力が抜けてしまっていた。

 フォンテの背を足で支えながら、リリアンは盛大に舌打ちをした。


「あんなでっかいドラゴンまで手懐けるなんて、本当に外道の国ね…!」


 モンスターは飼い慣らせない。

 ドラゴンだって飼い慣らせない。

 だというのに、ドラゴンを軍事的に利用することに成功したのが、ヴォルティチェ国。


 ヴォルティチェ国が他国に攻め入るのは、ドラゴンの存在が強い軍事力となると同時に…嵩張る餌代を、他国の人間で補っているからだ。


 ドラゴンが入るから勝てるヴォルティチェ国。しかしそのドラゴンを養う為には、他国を攻め続けるしかない。

 そんな負の循環で成り立つ国は、勿論国民だってドラゴンの餌。気に食わない人間など、牢屋に入れる暇すら惜しいとドラゴンの巣に放り込まれる。


 リリアンも、母親もそうだった。


 ――うっかり国王と心を通わせてリリアンを産んだ女は、嫉妬に狂った王妃の采配で母子共々ドラゴンの巣に捨てられた。とってつけたような窃盗の罪状は、事実確認すらされることがなかった。

 リリアンが逃げ出せたのは、巨大なドラゴンの足元を駆け抜けられる小柄な子供だったから。一口にもなれない小さな生き物に、ドラゴンが反応しなかったから。

 そしてこの船の大半が、リリアンと同じようにドラゴンから命辛々逃げ延びた者。もしくは大切な人を食い殺された者ばかりだ。


(今まで全力でヴォルティチェ国の餌やりを邪魔してきたけれど、それもここまでか。餌やりの邪魔をし続けて最後には餌になるなんて最大の皮肉ね…!)


 ここで終わりたくなどない。

 けれど、抗う術をリリアンは持たない。


 フィールドは海。頼みの船もドラゴンの前ではガラクタと同じ。せめて喉に刺さる小骨になって苦しめてやろうと睨み付けたリリアンは、背後から聞こえた声に飛び上がることになる。


「あれが…ドラゴン…?」

「…は!?」


 勢いよく振り返ったリリアンの目に飛び込んだのは、小さな赤毛。


「あ、アニタ…?」


 赤毛の少女が、ぽかんとした顔で立っていた。


船が発進したときには、そこにいなかったアニタ。


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作画:紺子ゆきめ様

「事故チューだったのに!」

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よろしくお願い致します!


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