34 お墨付きアニタ
「船内探しましたが、手配された特徴の少女は見当たりません」
「本当に? 荷物の隙間も探したか。よくいるらしいぞ」
「奴隷の少女達にも赤毛で琥珀の目をした十歳児の皮を被った三歳児はいませんでした」
(アニタ――――!)
その特徴は間違いなくアニタ。少ない情報で、彼女以外あり得ないと思わせるのは流石である。
そして国を超えて捜索されているアニタに絶句した。先程まで頭を占めていた凄惨な過去の映像が、晴れ晴れとした笑顔のアニタに塗り替えられる。
「保護者曰く、いるはずがないと思っている所にこそ潜んでいるらしい。そこまで言われたら見付けないと適当に探したとか思われそうだ。くまなく探せ。全部ひっくり返して探せばこっちの捜し物も出てくるだろう」
「はっ!」
穏やかな声音だが、口調がどことなく面倒そうだ。捜索依頼は受けているが、熱心ではないのだろう。
しかしアニタの捜索は他国、トッレンテ国からの要請だ。軍事力で他国を制圧するヴォルティチェ国も、トッレンテ国には手を出さない。今はまだ、なのかもしれないが、きっと今はそのときではないのだろう。だからこそ、相手側の要請にも応えている。
それが迷子の探索なのは釈然としないが…。
(…トッレンテ国にとって、アニタはそれだけ重要な子だったのか?)
あの言動。とてもそうには見えなかったが…。
それともトッレンテ国が国民を大事にする国民性なだけだろうか。
「さて、こっちはこっちではじめるか」
部下達が船をくまなく探索しているのを横目に、男は縛られたフォンテ達を振り返った。
ようやく正面から見上げた男は、とても穏やかな顔をしていた。柔和な顔つきで少し垂れた目元も相手に安心感を与える。
だというのに、表情に浮かぶのは嘲り。
柔らかな顔をしながら、甚振るのが楽しいと隠しもしない。
「初めまして諸君。私はラファール。ラファール・ヴォレー中将だ」
(中将…将!?)
それは、上から数えた方が早い地位ではなかったか。
(それに、ヴォレー…ヴォレーって確か、ヴォルティチェ国の公爵家だ。王位を継がない王族が、代々引き継ぐ公爵家…つまり、この男はヴォルティチェ国王族か、その近しい人物)
フォンテは他国の人間だが、他国の主要人物は教えられていた。スキューマは小さな国だったので、他国と良好な関係を築かねばすぐ潰されてしまう。結局は奇襲を受けてしまったが、しっかり他国について学んでいたのだ。
そんな地位の高い人間が、人捜しで奴隷船を拘束。
探されている人間が危険人物。もしくはそれだけ重要な人間なのだと知らしめている。
フォンテはぺったり床に這いつくばって、ラファールから視線を逸らした。
「この船の船長は誰だ?」
「私です」
ラファールの問いかけに、名乗り出たのはヴェレだった。
(えっ)
思わず伏せていた顔を上げた。
驚愕が表情に出たフォンテの前に、大きな背中が割り込んでくる。縛られた状態で、近くにいたアンがフォンテの表情を隠した。
その行動に戸惑う。
(船長は、リリアン様だ)
船員達は皆、ヴェレの言葉を否定しない。反応したフォンテを隠そうと動くほど、自然に受け入れた。
どうして、と戸惑うがすぐ理解する。
何故ならこの場に、リリアンだけがいない。
ラファールはヴェレを一瞥して、ゆったり笑った。そして運び出されている途中の奴隷に鞭を打つ。
予備動作のない突然の暴力に、奴隷達から悲鳴が上がった。
衝撃で倒れた奴隷の髪を掴み、引きずりあげて、ラファールは優しい声音で問いかける。
「この船の船長は誰だ?」
「ヒィ…ッ、り、リリアン様です…!」
「それはこの男か?」
「違います!」
奴隷の証言に、アンが静かに舌打ちをする。表情は見えないが、大層歪んでいるのがわかった。
ラファールは即答した奴隷を放り投げ、わかりやすい嘲笑を浮かべながら苦い顔のヴェレを振り返った。
「船長の、リリアンはどこだ?」
「ここよ」
聞き慣れた声は、船の外から聞こえた。
振り返れば甲板の柵に、ずぶ濡れの麗人が一人立っていた。
濡れた金髪は太陽光を反射して輝き、船乗りなのに白い肌を伝い落ちる水滴も光を弾きキラキラ輝いている。簡素なシャツとズボンだが、濡れて肌に貼り付く様子は太陽の下だというのに妖艶。
濡れた金髪を煩わしそうに掻き上げるのは、不機嫌そうな顔をした麗人…リリアンだった。
「久しぶりね、ラファール。二度と会いたくなかったわ」
「二度と会いたくなかったなら、大人しく死ねばよかったんだ。つまりこれは、死に損なったお前が悪い。そうだろう?」
舌打ちしながら吐き出された暴言を上回る暴言。懐かしい友に出会ったかのような表情で、ラファールは唇をつり上げた。
「なあ、愚かな弟よ」
水も滴るいい男(魔性タイプ)




