32 ひとりぼっちアニタ
「さみちいのだわ…」
両手でボストンバッグを抱え、アニタはとぼとぼ賑やかな大通りを歩いていた。
船が入港したのはその日の午後で、街が一番活気のある時間帯だった。ここの国民達は皆、笑顔で溢れている。
そんな笑顔の中を一人、とぼとぼ歩く。
冒険で知らない場所を歩くのは醍醐味だが、思ったより心が躍らない。船を下りたときはとっても楽しみで心どころか身体が自然と踊っていたのに。
「フォンテ達が一緒じゃないから、さみちいのだわ…」
別れも冒険の醍醐味なので涙を呑んで別れたが、早速とっても寂しかった。
アニタが走ると大慌てで付いてくるフォンテがいない。次はどこへ行くんだと笑ってくれた三人衆がいない。嫌そうにしながらも、いつも話を聞いてくれたリリアンがいない。
アニタは大変寂しくて、どんどん不満が積もっていった。拗ねるように、小さな唇が突き出ていく。
「皆冒険が好きなんだから、一緒に来てくれてもよかったのに」
アニタは気付いていた。
アニタが冒険を語ると船員達が懐かしそうな顔をしたことを。
彼らはドラゴンの話こそ好まないが、アニタのいつか行ってみたい、見てみたいを否定しなかった。つまり彼らも、冒険が好きなのだ。
否定したあとが怖いと思ってのことだが、そこはアニタ。とっても好意的に捕らえている。
「リリアンちゃんだって、本当は冒険したいのだわ」
アニタは知っていた。
リリアンの部屋。その本棚に、アニタの愛読書がたくさん収められていることを。
アニタはうっかり自分の部屋に帰ってきたのかと思って一冊読んだ。部屋の外からアニタを探すフォンテの声が聞こえて気付く。リリアンの部屋だった。
「お姉ちゃんの旦那さんだって冒険しているんだから、大人だって冒険してもいいのに」
そのお姉ちゃんの旦那さんは船乗りだが、漁師である。
海に出るが別の国へ行ったことはない。しかし漁で数日帰らないこともあり、アニタはそれを旅に出ていると判断していた。旅ではない。
「なんで我慢するのかしら…アニタわかんないのだわ…」
大人の事情が一切わからないアニタは唇を捕らせて立ち止まった。
「お嬢ちゃん沈んだ顔をしているね~瑞々しい果物は如何? 元気になれるよ!」
そこに店の売り子が声を掛ける。ぱっと顔を上げたアニタは、赤い実を片手に語りかける店主に近寄った。
「ビー玉何個で貰えますか!」
「いやビー玉じゃ買えないけど…お金はどうしたお金」
「まだ作っていないのだわ。おにーさん、お金作るところ知らない?」
「お、換金所かい? 港の入り口にあったはずだよ」
「そうだったの? ありがとうおにーさん! お金を貰ったら買いに来るわ!」
「うんうん、そうしてくれ」
見るからに四十代半ばの男性は、小さい女の子にお兄さんと呼ばれて笑顔だ。お兄さんお姉さんと呼ばれて喜ぶのは女性だけではない。
「お嬢ちゃん、今港に行くのはやめた方がいいよ」
いざ港へ、と歩き出そうとしたアニタは、アニタの隣で籠を抱えた女性に声を掛けられて立ち止まった。見上げれば、白髪の目立つ黒髪の女性が心配そうにアニタを見下ろしている。
その心配そうな目が姉に似ていて、アニタは彼女が本気で自分を案じているのだと気付いた。だからしっかり立ち止まり、向き合った。
「なんでだめなの?」
「港の方で、海賊が出たらしいのよ」
「ああ、そりゃあダメだ。今行ったら巻き込まれちまう」
きょとんとするアニタに、声を掛けてくれた女性は苦笑した。
膝を折って視線を合わせ、何も知らない童女に危険な理由を告げる。
「怖い海賊を懲らしめるために、軍がドラゴンを連れてくるから、港に近付いてはダメよ」
国民も、他国の人間も、ドラゴンと聞けば子供だろうと恐れを浮かべる。
それだけの脅威。脅しではない。出会ったら最後、一般市民は巻き込まれないように避けるしかない。
しかしそう言われたアニタの目は、太陽を反射する水面のようにキラッキラに輝いた。
何を換金するつもりなんだろうね。
そして私事ですが、9月は日曜日更新となります。
つまり次回の更新は9/7日曜日です。
リアルが忙しく、無念です。
9月はちょっとお報せもあるので、忙しくとも頑張りたいところです…!




