30 入国アニタ
一歩は大事だ。
新しい一歩。場所を移動する一歩。何かをはじめるための一歩。
歩みは小さいけれど、確かな変化が一歩だ。
そんな意気込み新たに、アニタは小さな足を踏み出した。
「新しい冒険の始まりよー!」
元気よく飛び出したアニタは大きなボストンバッグを抱え、踊るように港に降り立った。
ちなみにこのボストンバッグ、手ぶらで密航したアニタのために、アンが夜鍋して縫った鞄だ。
というのも、アニタに荷物はどうしたと問いかけたら、ポケットからハンカチで包まれたクッキーとビー玉が出てきたのだ。その装備で旅ができると思っていたアニタのお馬鹿加減がおそろしいし、保護者の心痛が計り知れない。
奴隷商人だけど、流石に手ぶらで解き放つのは情がなさ過ぎる。
一応旅に必要な物を持たせ、解き放つことにした。
ぶっちゃけ手持ちがなくて困ったアニタに戻ってこられても怖いので、しっかり手荷物を持たせたとも言う。
何も知らないアニタは大喜びで、自分の為に縫われた鞄をしっかり抱えて飛び跳ねている。
「ああ、やっとおさらばなのね。長かったわ…」
「リリアン様はほぼ見ているだけだったくせにな」
「アニタがやらかす前にすっと気配を消すの上手かったな」
「それなのに毎回アニタに背後をとられているの面白かったな」
「「「な~」」」
「お黙り」
停泊したことで、船員達も慌ただしく動き回っている。
買い付けに走る者。船の状態を確認する者。周囲に気を配る者と様々だが、誰もがひっそり行動していた。
なぜならこの入港は、正式な入港手続きをしていない。
航海計画に入っていないし、予定もなかった。入港の前準備などすっ飛ばしての停泊だ。
見付かって不審に思われたら通報されてしまう。
だから必要な物資を揃えたら、気付かれる前に出港しなければならない。
「楽しみだわ。まずは美味しい物だと思うの。やっぱり酒場かしら」
「アニタが酒場に行ってもミルクしか出ないと思う」
「美味しいミルク? ヨーグルトあるかしら?」
「ああ、うん…多分」
年齢的な問題なのだが、通じなかった。
真っ先に酒場が出てきたのは読んでいる冒険譚の影響だろう。冒険者としては理に適っているが、十代前半のアニタにアルコールは提供されない。国によって成人年齢は異なるが、どこからどう見ても未成年のアニタは追い出されて終わりだろう。
どう伝えたものかと悩んだフォンテだが、一度経験しないと理解は難しいだろう。
だってアニタだ。
そんなこと知らないアニタは、まずは酒場に行くことにしたらしい。鞄を抱えて意気揚々と歩き出す。
赤毛の三つ編みを揺らして去って行く小さな背中を眺めながら、フォンテは不思議な感慨を抱いていた。
寂しいような、ほっとしたような、でもやっぱり心配が勝つような。
――結局お礼が言えていないことへの、後ろめたさというか。
あれからアニタはフォンテ達の前で、一度もドラゴンの話をしなかった。
地雷と理解しているか不明だが、アニタなりに、してはいけない話だと思ったらしい。
(もう今しか機会がないのに、まだ言わないのか。それでいいのか?)
薄い腹の底でぐるぐると渦巻くのは後悔だろうか。悔やむ気持ちがあるなら、今踏み出さないとそれこそ後悔する。
だってこれが最後だ。
震える手で胸元を掴んだフォンテは、深く息を吐いて顔を上げた。
「アニ――」
「あれー!? アニタ一人だわ!? どうしてかしら、フォンテも早く行きましょう!」
「…え?」
「え?」
「「え??」」
二人揃って、間抜けな間が空いた。
同じ釜の飯を食った仲。




