21 憤然フォンテ
「ドラゴン…?」
「うん? そうよ、ドラゴン!」
思わず聞き返したフォンテに、元気よくアニタが頷く。
その声がひび割れていることも、船員達が目配せしていることも、空気が凍っていることにもアニタは全く気付かない。
「鋼の鱗と鋭い牙の、巨大なドラゴンに会いたいわ! とっても憧れているの。どこに居るか知らないけれど、きっと冒険していれば…」
ばんっ!
フォンテがテーブルを叩いて立ち上がった。
隣から響いた音に驚いてアニタが飛び上がる。
フォンテが立ち上がっても、椅子に乗っているアニタの方が高い。フォンテが俯いていることもあり、アニタからフォンテの表情は見えなかった。
「フォンテ…? どうしたの?」
「…ドラゴン? ドラゴンに会いたいって言った?」
「う、うん…?」
恐る恐る頷くアニタに、フォンテの指がテーブルに爪を立てた。落ち着けと向かいに座るアンが取りなそうとするが、フォンテの頭は真っ赤だった。
「あんな害獣に会いたいなんて、アニタはおかしい」
「ええ!」
がぁんっと衝撃を受けた顔をして飛び上がるアニタ。とってもわかりやすく衝撃を表わしていた。
「害獣なんて、ドラゴンが何をしたというの!?」
「何をした? 何も知らないのかよ! あいつら一匹で土地も家も人も蹂躙していく害獣じゃないか。怪魚と違って生き餌も効かない。テイマーだって制御できない。誰にとっても目障りな害獣だ!」
「はえっ」
目を丸くして奇声を上げるアニタから視線を逸らして、フォンテはイライラとテーブルを引っ掻いた。
そう、ドラゴンとは、モンスターの中でも厄介な、回避不可能な災害とまで言われる存在だ。
ゴツゴツした肌は岩のように硬く、そのくせしなやかに動き怪力で、鋭い牙と爪で何でも砕きなんでも切り裂く。成人男性と同じくらいなら小柄な方で、トカゲに似たシルエットは樹木が年輪を刻むように、どこまでも大きくなると言われている。
それこそ、建物を踏み砕き、大人を丸呑みにするくらいには。
怪魚はまだ、装備を調えれば戦える。しかしドラゴンは装備だけが問題ではない。
一番小柄な成人男性サイズのドラゴンですら、退治するのに五十人は必要だと言われている。それだけ肌が硬く、刃を通さず、攻撃が通らない。
そのくせ奴らの手足は簡単に鉄の鎧を砕くのだ。
ドラゴンは、最強と呼ばれるモンスターの一つだ。
脅威を知らない子供なら、強くて格好いいなどと戯言を抜かすかもしれない。
フォンテからすれば、アニタは脅威を知らない子供だ。
だからドラゴンに憧れなどする。
「ドラゴンなんて人食いの化け物に憧れるなんて、やっぱりアニタはおかしい。絵本の冒険譚を現実と混合するくらいだから、夢と現実が区別できないんだろうけど…冒険はともかく、ドラゴンに会うのを夢見るなんて、本当に夢見がち過ぎだ」
「ゆめみがち?」
「現実が見えてない。常識がない。アニタは馬鹿だ」
「ばか」
ぽかんと口を開けて呆けるアニタに、フォンテは舌を打った。
「大馬鹿だ」
吐き捨てて、ぽかんと口を開けるアニタの表情も見ないで、フォンテは食堂から飛び出した。
その背中を見送る笑顔の部下達と、相変わらず間抜け面のアニタ。
フォンテが悪態を吐いたあたりから、船員達は波を引くように食堂から逃げ出していた。罵られたアニタが怒って暴れると思ったのか、皿を持って逃げていく。
罵られたアニタは何を言われたか理解できていないのか、琥珀色の目をまん丸に見開いて、何度も瞬きを繰り返していた。
ぽかんとした顔のまま、フォンテの背中を見送って、呆然と呟く。
「ドラゴン、人食い…?」
「そうそう。長生きしたドラゴンはでっかいからな。一口で大人もペロリだな」
「あいつらはグルメじゃないからなんでもペロリだ」
「ペロリできなきゃ胴体で真っ二つだな」
怖い物知らずの三人が子供を脅かす大人のように大袈裟な動作でアニタを囲むが、嘘は言っていない。
ドラゴンは人を食べる。骨も皮も肉も一切残さない。
ぽかんとしているアニタの赤毛を、ドワが乱暴に撫で回した。
「強い動物に憧れるのが勝手だが、ドラゴンはやめとけ。この船に乗ってるのは、アイツに家族を食い殺されたヤツばっかりだからな」
そう、つまり。
フォンテの家族も、ドラゴンに食い殺されていた。
その頃。
食堂を飛び出したフォンテは、掃除用具の隣で自己嫌悪から膝を抱えていた。
ドラゴン→ドラゴン。
奴らを退治する技術はまだ確立していない。




