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2 密航者アニタ

本日の更新

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「呑気なお嬢ちゃんだなぁ…」

「ああ。密航したとは思えない呑気さだ」

「樽と樽の間で丸まっているのを見つけた時は我が目を疑ったね」


 日に焼けた髭面の男達は、呑気に転がるアニタを困り顔で見下ろしていた。

 彼らが乗っているのはとある商会が所持する商船。国から国へと渡り歩く商船に乗り込むのは関係者のみ。商品の品質や情報を盗まれることを警戒して、どんな事情があっても一般人は乗船させていない。

 だというのに積み荷の隙間に入り込んでいた少女の存在に、気付いた船員は目を剥いた。


 ふわふわした赤いくせ毛はおさげに結われ、くりくりした丸い目は甘い琥珀色。手足は細いが健康的な肉付きをしており、着ているのも愛らしい若葉色のワンピース。白いエプロンを腰に巻き、黄色の靴下と爪先が丸い赤い靴を履いている。

 年の頃は十になるかならないか。身なりが綺麗なことから浮浪者ではないし盗人でもなさそうだ。

 しかし密航に変わりなく、少女はぐるぐる簀巻きにされた。

 強面の船員達に囲まれ簀巻きにされたというのに、呑気な少女は楽しげに甲板を転がっている。


「名前はアニタ。十歳。船に乗った目的は『冒険に出る前にお隣さんにご挨拶しようと思ったから』で、船には『お邪魔しますってお辞儀をして入った』らしい」

「なんで?」


 なんでお隣さんへのご挨拶で船に乗った。

 なんで元気にご挨拶しているのに誰にも気付かれなかった。

 色々なんで?


「積み荷の隙間にいたのは『隙間を見つけたから』」

「猫ちゃんか?」

「いや、幼児だ」


 隙間に入りたがるのは猫だけではない。幼児も隙間を見つければ入りたがる。

 十歳はそこそこお姉さんのはずだが、行動が予測不可能の幼児だった。


「で、一人なのか?」

「一緒に住んでいるお姉ちゃんには『冒険に行ってきます』と報告して出てきたらしい」

「それ絶対見送られてない奴」


 彼らの予想通り、アニタの姉は現在、夫と一緒に泣きながら街を探し回っている。

 残念。アニタは船の上なので、絶対に見付からない。


「ちゃんと行ってきますしたわ?」

「行ってらっしゃいって言われてないなら見送られてないのよ」


 楽しげに転がっていたアニタが不思議そうに男達を見上げた。そんな彼女を見下ろして、強面の男達に囲まれた細身の男がため息をつく。


 海の男と言うには船員達と比べものにならないほど、細身で色白の男は、日焼けを避けるようにつばの広い帽子をかぶっていた。艶やかな金髪は日に焼けておらず、潮風にも負けていない。

 他の船員達とは明らかに違う華美な服装は、明らかに役職持ちの風格を持っているが、胸元を緩めたり腰に煌びやかな飾り羽があったりと遊び心を忘れていない。

 派手な格好だが、服装に負けないくらい男は美しかった。

 菫色の目元を強調するように施された化粧は、遠くからでも彼の美しい顔立ちを際立たせている。

 ころりと転がるアニタを見下ろし、先頭に立った男は女性的な口調で肩を竦めた。


「見るからに一般人だし、ただのお馬鹿さんね。誰にも見付からずに乗り込むから余程の手練れかと思ったけれど、偶然の産物だわ。運の悪い子」

「もう出航してるからなぁ。親御さん心配しているだろうに」

「どうします船長。次の港まで乗せていきます?」

「当たり前じゃない。こんな可愛い子、海の真ん中に放り出すなんて可哀想よ」

「乗せてくれるの? ありがとう!」


 よくわかっていないけれど乗船を許可されて、アニタは簀巻きのまま太陽のように笑った。

 その笑顔を見下ろして、柔らかな口調の男は意地悪く口端を歪めた。


「ただし、生意気な態度を取れば怪魚の餌にしちゃうわよ」


 怪魚とは、海に現れる魔物の総称である。

 このあたりで現れる、頭がダツで下半身が人の怪物。彼らは餌を求めて突然海面から飛び出してくる。

 頭がダツなので、鋭い角を持つ。つまり飛び出して来た怪魚を避けられなかったら角が貫通し、致命傷を負う。怪魚が飛び出してこないように生き餌を撒いて遭遇を避けることが一般的なことから、彼の発言は冗談でもなんでもない。


「わかったわ!」

「大人しくするのよ」

「うん! ちゃんとご挨拶して入ったけどダメだったのよね。勝手に入っちゃったのに放り出さないなんて船長さん優しいわ。ありがとう! 船長さんのお名前は? 私アニタ!」

「怒濤ね…まあ、アンタみたいな子なら飛び入り大歓迎よ。アタシはリリアン。リリアンちゃんとお呼び」

「リリアンちゃん!」

「すごいな嬢ちゃん。躊躇いが一切ないぜ」

「これくらいあほの子ならむしろ過ごしやすいんじゃないか?」

「そうかもね」

「よくわからないけど褒められたわ!」


 彼らはみょんみょん蓑虫状態で喜びを表現するアニタを嗤いながら、彼女を担ぎ上げた。


「馬鹿な方が扱いやすいわ――商品としてね」

「はれ?」


 商品は人間。

 彼らは奴隷商人だった。




本人はまず陸路だと思っていました。

海の上です。



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