16 決断リリアン
乗せて乗せてと飛び跳ねるアニタを見るが疑問しか浮かばない。
しかしアニタに聞いてその疑問が解消される気がしない。
リリアンも同感だったのか、額を押さえて穴が空きそうな程深い息を吐いた。
「…怪魚に乗って冒険しようと思わなかったの?」
「冒険は乗り物に乗ってするのよ? あの子はね、お魚」
そのお魚に乗って移動していたはずだが、認識として乗り物ではなかったらしい。
アニタにお魚と乗り物の区別も付かないんだろうか、と可哀想なものを見る目をされたリリアンの額に青筋が浮かんだが、なんとか怒声は呑み込んだ。
「…大人しくしてなさいって、私、言ったわよね?」
「アニタ、煩くしてないわ?」
「怪魚の餌にするとも言ったけど、怪魚すらアンタを食べないのね…」
「アンタじゃなくてアニタ」
「アニタ、船長が喋ってるからじっとして」
「わかったのだわ」
フォンテの言葉に、自分の口を両手でふさいで黙る仕草をするアニタ。
話を聞かないし勝手に行動するが、落ち着いているときは素直に言うことを聞く。
しかしその様子を見て、リリアンは決断した。
「アニタ。船に乗せてあげるわ」
「わあ! 遅刻じゃないのね!」
「ええ、ギリギリセーフね。ギリギリだから条件があるわ」
「アッ! アニタの手足はもがないで!」
「もがねぇわよ」
船内へ逃げたのはツァイヒェンもだ。海賊相手なら歴戦の猛者になれるが、怪魚相手には逃げの一択だ。一匹ならともかく群れに立ち向かうには準備がいる。
アニタはあの老人に苦手意識を持っているようだが、アニタにテイマーの疑惑があるならツァイヒェンに託すことはできない。彼にアニタが船の材料にされてしまえば、テイムされているモンスターがどう動くかわからないからだ。
アニタのことは五体満足で船に乗せ、次の港でさよならしなければならない。
だからといってアニタを放し飼いにはできない。
ならば。
「アニタは必ずフォンテと一緒に行動しなさい」
「わかったのだわ!」
「えっ」
リリアンは、まだまともにやりとりのできるフォンテにアニタを押しつけることにした。
そう、フォンテはリリアン直々に、怪獣アニタの手綱を握るよう厳命されてしまったのだ。
ちなみにその手綱、まともに握れたことはない。
任された当初こそ戸惑ったが、相手はアニタ。フォンテを庇って海に落ちた女の子だ。
本人は何も気にしていないし、キラキラ輝く琥珀色に陰りはない。フォンテを庇って海に落ちたことを一切気にしていないし、なんなら自分のうっかりだと思っている。
それを察してしまったフォンテは、上手く謝るタイミングを逃してしまっていた。
謝って、ありがとうと言いたいのに、アニタの言動に緩急がありすぎて付いていくのがやっとだ。
「るんばったるんばった。るんじゃかるんじゃか~」
冒険の一環として船の仕事を手伝っているつもりのアニタに付き合いながら、フォンテはアニタがステップを踏むたびに怯える船員達を諦観した目で眺めた。
船員達の天敵は海の魔物、怪魚。
時化と同じくらい恐れられている怪魚を使役するアニタは船員達にとって、怪魚そのものだった。
(確かに怪魚を乗りこなしていたけど…あれからあの怪魚、見ないんだよな)
アニタを送り届けたサメの怪魚は、送り届けた時こそ傍にいたが、今では影も形もない。
そもそもアニタが密航した時だって傍にいなかった。
恐らく常に傍にいるわけではないのだろう。怪魚はもう船の傍にいない。きっとアニタにこちらが何かしても、あの怪魚はこない。多分。
フォンテはアニタの言動に一々反応する必要はないと思っていた。
(だって…言動はおかしいけど、迷うこと無く人を助けられる子だ)
フォンテが怪魚に襲われているのを見て、迷わず頭突きで突っ込んできたアニタ。
自覚していないがテイマーとして、モンスターを御せる自信があったのだとしても。真っ逆さまに海に落ちたのに、アニタはフォンテを一言も責めなかったし恩着せがましい言動を取ることもなかった。
当たり前に助けに入れる。
それだけで、アニタに善意があるのがわかる。
そんな女の子が、小突かれた程度で怪魚を召喚するような真似はしないとフォンテは思っていた。思っていたが…。
それを船員達に、どうすれば伝えられるのか、わからない。
フォンテは大袈裟に怯える船員達の現状に、どうした物かとため息を零した。
船員はアニタの無邪気さが逆鱗わからなくてめちゃくちゃ怖い。




