10 曖昧フォンテ
「助けて~」
鞭でぐるぐる巻きになってうごうごしているアニタ。
なんでこうなったと見下ろして、ふと思い出す。
「…そういえばアンタ、簀巻きにされていたのに普通に出てきたわね。鉄格子の衝撃が大きくて聞き忘れていたわ…どうやったのよ」
「えいって…」
「えいって…」
えいって言葉に万能感を見出すな。
でも多分、本当に「えいっ」とねじ曲げたのだろう。簀巻きの状態でもそれができたということは、縄など彼女にとって紙と同じ程度の強度ということになる。
…どうやらこの少女に拘束は意味を成さないようだ。
「解いて~」
…絡まってうごうごしているけれど。
リリアンはアニタが「えいっ」とする前に、鞭の拘束を解いた。
そこそこ高級な武器なので、「えいっ」とされては困る。
まともに鞭打ちもできない現状に、リリアンは頭を抱えた。
――船が、大きく揺れた。
波とは違う揺れに、フォンテは咄嗟に壁に貼り付いた。
鉄格子の向こう側で奴隷達が悲鳴を上げていたが、膝を抱えて座り込んでいたので床に貼り付いて耐えていた。何人か転がっていくのが見える。
リリアンと男達は手慣れたもので、大きくふらつくことなく立ったままだ。
奴隷部屋は船底だ。表の音は響きにくい。それでも聞こえる波の音…に紛れる、大砲の音。
敵襲だ。
「…あー…もう、このややこしいときに煩いわね…」
「この大砲の音はうちのじゃないな?」
「他所の大砲か…ってことは怪魚じゃないな?」
「商業船を問答無用に襲うってことはつまり、海賊だな?」
大砲の音で他船と気付いたバンダナの男。
そこから選択肢を狭めた顔に傷のある男。
襲撃相手を割り出した一番筋肉質な男が続く。
船員達に三つ子と疑われている赤の他人の三人が、顔を見合わせて頷き合った。
「この海域で俺たちを襲うなんてもぐりだな」
「今の今まで海底に居たに違いないな」
「ってことは久しぶりに大捕物だなぁ~!」
「アンタ達!」
リリアンが鞭を張って高い音を出した。頬を張り飛ばされたような甲高い音にフォンテの肩が跳ねる。
「躾の時間よ。この海の覇者が誰なのか、思い知らせてやりなさい」
「「「うぇーい!」」」
先頭に立つリリアンが背筋を伸ばしてヒールを鳴らし、甲板へ向かう。テンションを上げた男達が諸手を挙げてそれに続いた。
呆然と見送ったフォンテは、ハッと我に返る。
(…あ! そうだ、アニタは!?)
突然の揺れで見失ったが、アニタはどこだ。
顔を上げて赤毛の少女を探した所で、めきょっと捻れた音がした。
「ふぅ~、これでなんとかなったのだわ」
鉄格子の前に立ったアニタが、穴の空いた鉄格子の枠を更に歪めて、子供だろうが出られない幅に調整し直していた。
素手。
しかも女の子の小さな手が、鈍色に光る鉄格子を軽々と捻っていた。
「あ、フォンテ! 見て見て直したの! これでリリアンちゃん許してくれるわね!」
決定事項だった。
疑問ですらない。
いいことをしましたと言わんばかりの笑顔に、フォンテの頬が引きつった。
鉄格子の向こう側で、膝を抱えた奴隷達も恐れを滲ませてアニタを見上げていた。
「…許してくれるかどうかは、聞いてみないとわかんない、かな…」
なんと言っていいかわからず、思わず曖昧な答えを返した。
フォンテの言葉に、アニタの琥珀色の目がまん丸に見開かれる。
「えー!? 直したのに!? お姉ちゃんは泣きながら喜んでくれたから、きっとリリアンちゃんも大丈夫よ!?」
「お姉ちゃんとリリアンちゃん違う人だから」
うっかりアニタの言葉が移ってリリアンちゃんと口走ったが、誰も聞いていなかったからセーフだ。
そしてフォンテの言い分を聞いて、アニタもなるほどと頷いた。納得して貰えたようだ。
「とにかくアニタ。有耶無耶になったけど襲撃が終わればまた船長から話があるだろうし、ここでじっと隠れて」
「じゃあ聞いてくるわー!」
「じっとしてろよー!?」
話の途中で、アニタはしゅたたたたたと素早く駆け出していった。
戦闘中の、甲板へと。
――出る前にフォンテが、そのスカートを引っ掴むことができたのは、快挙である。
捕まえられたけど、アニタの勢いにちょっと引きずられたフォンテ。




