記憶 夏の音
蝉の声が、頭の上で遠慮なく鳴いていた。
怒号のように激しいそれは、ふたりの会話さえかき消してしまう程だった。
「ほんと、うるさいね......」
澪はそう言いながら、手にしていたラムネの瓶をくるくると回す。中のビー玉が、ちん、と涼しげな音を立てた。
どこかの家の軒先からは、風鈴の音色が聞こえてきた。ガラスが風と触れ合うその音だけが、この蒸し暑い町にまだ微かな風が残っていることを教えてくれているようだった。
「ねえ、透はさ、夏って好き?」
突然の問いに、透はすこし考えたあと答える。
「どっちかっていうと、苦手。暑いし、汗かくし、蚊にも刺されるし」
「はは、相変わらず現実的だなあ」
ラムネを一口飲んで、澪は少し笑ったあと、遠くの空を見た。
「でもさ、私はちょっとだけ、夏って寂しいと思う」
「寂しい?」
「うん。すぐに終わっちゃうでしょ、夏って。お祭りも、花火も、海水浴も、ぜーんぶ一瞬じゃん。終わってから気づくの。ああ、好きだったんだなって」
そう言う彼女の横顔は、やはり寂しそうだった。
蝉の声が、相変わらず空から降ってくる。
それでも、不思議と彼女の声だけは、耳に残っていた。
「いつか忘れちゃうのかな、この感じも」
そう呟いた澪の言葉が、夏の終わりを告げる風鈴の音に溶けていく。
澪は寂しがりやですね。




