ケンタウロスと小人の冒険
深い森の中には、大きな穴が開いた太い大木があり、穴の中には地面にワラをしかれてその上には不思議な子供がいた。
頭のてっぺんからお腹までは人の姿でしたが、その下は四本足の子馬の姿だった。
この子は神話に出てくるケンタウロスの子供ようだ。
木々の隙間から強い朝日が大木の大きな穴に差し込んで、ケンタウロスの子供の顔を照らしました。するとケンタウロスの子供はちょっとむずがって目を開ける。
「あ、朝だ。起きよう」
そう言って、ケンタウロスの子供は大きく伸びをして、立ち上がった。もちろん、仔馬の四本足でカポカポと足音を鳴らしながら。
近くの皮でケンタウロスの子供が顔を洗っていると川の中から、スルッと女の子が出てきました。
ただし耳は魚のエラになっており、肌も所々魚のウロコが付いていた。
「おはよう、アルト」
「おはよ」
アルトと呼ばれたケンタウロスの子供が挨拶すると、魚のウロコがある女の子が「これから何するの?」とニコニコと笑いながら話しかける。
「今日は運び屋の仕事がある。だから、残念だけど川の下流にあるゴミ掃除は出来そうにないな、リーバ」
「それは残念」
リーバと呼ばれた魚のウロコがある女の子はすぐに不満そうな顔になって川の中に入って行った。どうやらリーバは川の妖精なのだ。
顔を洗った川を少し歩くとポロロンとギターを弾く少年が切り株に座っていた。
「やあ、おはよう。アルト」
「おはよう、クローバー。朝からギター弾いて楽しそうだな」
「この様子だと、お仕事に行くんだね」
クローバーはポロロロンと鳴らして楽し気に話す。普通の少年のように見えるが、耳が尖がっている。森の中で狩りや音楽を楽しむエルフ族の子供だ。
「頑張ってね! 聖霊の森の運び屋さん」
「ふん、言われなくても頑張るよ」
アルトはアッカンベーをしてクローバーと別れた。
木々の合間にイチゴがなっている茂みがあった。
「うわ、イチゴ。おいしそうだ」
真っ赤に実っているイチゴにアルトは触れようとした時、小石が飛んできた。
「イテ!」
「イチゴに触るな!」
茂みの中からワラワラと小人たちが出てきて、アルトに向かって小石を投げてきました。小人たりはアルトの手のひらと同じくらいの大きさしかないが、大量に小石を投げられてアルトは「わ!」と驚き、ちょっと逃げました。
「泥棒しようとしたんじゃない。僕はイチゴを運ぶのを頼まれた者だ!」
アルトがそう言うと小石が飛んでくることはありませんでした。代わりに小人たちが一斉に「向こうにいるケヤキ爺さんが待っている!」と言い出した。
アルトは「分かったよ」と言って、小人たちが言うケヤキ爺さんの所に来た。
ケヤキ爺さんはアルトが見上げてもてっぺんが見えないくらい大きな大木でした。そして地面が響きそうな声で「おはよう」と挨拶した。
「おはようございます」
「うんうん、元気のいい挨拶じゃ」
満足そうにケヤキ爺さんは言う。だけどその枝に隠れている小人たちはちょっと嫌そうな顔をする。
「悪いな。森の奥で精霊たちが集まるお祭りにイチゴを渡したいんじゃが、小人だけでは不安でな。アルト、お主にお任せしたい」
「分かりました」
アルトが返事をすると一人の小人は「僕は嫌だ!」と言い出した。
「絶対にこいつ、食べるぞ!」
「僕は食べないよ。おいしそうだけど我慢する」
「いや、絶対に食べる!」
「食べない!」
小人がそう決めつけるのでアルトも怒って、大きな声で反論する。
「まあ、まあ。ナエ、ちょっと落ち着け」
「嫌だ! 誰かにイチゴを運ばせるなんて!」
そう言ってナエと言う小人は大暴れをします。小人ながら土ぼこりをあげてジタバタしているナエを見て、アルトは大きなため息をつきました。
「だったら、僕と一緒に行く?」
「え?」
「イチゴのカゴの中に入って、僕がつまみ食いをしないか見張る。僕はそのカゴごと精霊のお祭りがやっている場所まで運ぶから」
アルトは「どう?」と聞くと、ナエは「行く!」と大声で返事をした。
*
背中にナエとイチゴをたっぷりと入れたカゴを背負ってアルトは森の中を歩いていく。ナエはカゴの中からじっとアルトの頭を見ていましたが、いつの間にかカゴの外を眺めていた。
「そんなに外が珍しい?」
「僕はケヤキ爺さんから離れたことが無いんだ」
「そうなんだ。じゃあ、大冒険だね」
アルトがそう言うとナエは「フン!」と返事をした。
しばらく歩いているとたくさんの木が生えて陽の光が届かず、とても暗く静かでひんやりとした場所になった。
「ここ、怖くない? アルト」
「ちょっとだけ」
「別の道は無いの?」
「無いよ」
ナエは「行きたくない!」と言うと、アルトは構わずズンズンと進む。
しばらく歩いているとシュルルルと言う音が聞こえてきた。ナエがイチゴのカゴの中で震えていると「おやおや」と声が聞こえてきた。
ナエが上を見上げると恐ろしい目をしたヘビが居た。
「おいしそうなイチゴと小人がいるな」
「うわあああ!」
「うわ、何だ!」
ナエの叫びでアルトはびっくりして後ろを振り向いた。するとボトッとヘビが落ちてきた。
「残念、気づかれちゃったか」
「ヘビめ! お前にイチゴなんて渡さないぞ!」
「小人が居なかったら、今頃、カゴのイチゴを全部食べていたのに」
悔しそうにそう言ってヘビは去っていった。
びっくりしたナエは大声で言う。
「もう! ヘビなんかがいる場所なんて行きたくない!」
「ここを通り抜けないと行けないんだもの」
アルトはそう言いながら近くにあったツタの植物をスルスルと編んでいき、カゴのフタを作った。
「これで大丈夫。さあ、行こう」
そう言ってアルトはイチゴとナエが入ったカゴを背負って歩きだす。子馬のヒヅメの音がカポカポと聞こえてきた。
しばらくフタで閉まったカゴの中に入っていたナエでしたが暗いのでカゴの中から出て、アルトの頭に乗った。
「あれ? ナエ、外に出るの?」
「怖いからじゃ無いぞ! ヘビがまた来るからと思ったからだ!」
そう言いながらアルトの頭に乗って周りを見る。すでにヘビのいた恐ろしい場所は通り過ぎて、川の近くを歩いた。
「うわあ、たくさん水が流れている」
「川を見るのは初めて?」
「うん! 初めて!」
「じゃあ、落ちないようにね」
そう言いながら、川をじっと見る。太陽の光に照れされて川はキラキラと輝き、時々魚の影がゆるゆると動いている。
もっと近くで見ようと思って、ナエは身を乗り出した。その時、ズルッとアルトの頭から川に落ちてしまった。
ポチャン! という音が聞こえて、アルトは気が付いた。
「ナエ! 落ちちゃったの!」
すぐさまアルトは川の中に入って、パシャパシャと溺れるナエをすくいあげます。
「大丈夫? ナエ?」
「全然、大丈夫じゃない!」
ビチョビチョになったナエはアルトの手のひらで怒った。
「なんだよ! この川! ものすごく深いじゃないか!」
「元気に怒れるんだったら、大丈夫だね」
「大丈夫じゃない!」
川に文句を言うナエに、アルトは「今度は落ちないようにね」と言って、仔馬のような背中に乗せ、川から上がった。
アルトの子馬のような背中にしがみついてナエは落ちていた川を恐る恐る眺める。
「綺麗な川だな」
「だよね。それとこの川はこの森の中で一番大きな川だから」
やがて川沿いを歩いていくとドンドンと広くなり水の勢いも増して、ついに大きな滝が見えてきた。
そして雨のようなザアアっという滝が流れる音にナエは目を丸くして驚いた。
「すごいね」
「ね!」
それから滝の近くにある崖をアルトは指さして言う。
「これからこの崖を登るから、しっかりと摑まってね」
「うん、分かった」
ナエが返事をするとアルトは「じゃあ、登るね」と言って登り始めた。
アルトの子馬のような細い足だけど硬いヒヅメで崖を登る。ナエはアルトの子馬のような背中にしっかりとつかまりながら滝や崖を眺めていた。
崖を登りきるとナエは「うわあ」と声をあげた。崖の上からの景色はナエやアルトが住んでいる場所も見る事が出来た。
「ねえ、アルト! ケヤキ爺さんがいる場所はあっち?」
「うーん、多分」
「ケヤキ爺さーん!」
ナエは大きな声でケヤキ爺さんの名前を呼んで手を振る。
「聞こえているかな?」
「聞こえているんじゃないかな?」
アルトが「そろそろ、行くよ」と言って、歩きだした。
「ねえ、アルトは精霊の集まるお祭りに行ったことがある?」
「行ったことは無いけど、よく準備を手伝っている」
「じゃあ、この道はよく通るの」
「もちろん」
「アルトにとっては、この道はただの通り道なんだね」
「そんな事ないよ。ナエと一緒だと大冒険しているみたいだよ」
楽し気にそんな会話をしていた時、アルトは怖い顔になって「マズイ」と言った。
「ナエ! オオカミの群れがこっちに向かってきている」
「え! オオカミ?」
「だからしっかりつかまって!」
ナエが背中にしがみつくのを確認したら、アルトは走り出した。
木々の影からオオカミたちが現れ、アルトに襲い掛かろうした。初めて見るオオカミにナエは「うわああ!」と叫び、しっかりとしがみつく。
走っているうちにオオカミはどんどんと増えてきた。アルトを待ち構えていたみたいだ。最初は軽快に走っていたアルトですが、どんどんと疲れていき、息が上がってしまった。
「アルト! 大丈夫?」
「はあ、はあ、……大丈夫、うわ!」
「うわああ!」
オオカミに前から飛び出して、アルトは転んでしまし、ナエも吹っ飛んでしまった。
アルトは起き上がるとオオカミたちに囲まれた。
「マズイ! ナエ! どこだ!」
キョロキョロと見渡してもナエの姿が見えない。アルトは焦る気持ちと恐ろしい気持ちでいっぱいになった。
「これ以上、近づくと僕のヒヅメでお前たちの頭を叩くぞ!」
そう言ってアルトは精一杯、仔馬のような後ろ足で立ってヒヅメを高々と見せます。だけどオオカミは決して恐れず、馬鹿にしたように吠える。
一匹のオオカミがアルトに襲い掛かろうとした、その時。
「うわあああ!」
そんなナエの叫び声と一緒に上から葉っぱや小石、どんぐりがたくさん落ちてきた。
「アルトを虐めるなあ!」
「ナエ!」
木の上に登ってナエが木の実や石をオオカミに向かってたくさん落とす。ナエの攻撃にオオカミたちもびっくりして、木の枝に向かって吠えたり逃げ出した。
「ナエ! 行くよ!」
アルトがそう言うと、木の枝からナエは飛んでアルトの子馬のような背中に乗った。そしてすぐにアルトは走り出した。
オオカミの群れから無事に逃げ切ったアルトとナエはホッと一安心した。
「良かった、逃げられた」
「怖かった」
アルトはナエを抱っこして「すごいね、ナエ!」と言う。
「オオカミを追い払うなんて」
「アルトも凄いよ。オオカミに立ち向かうなんて」
お互いに褒め合って、アルトとナエは笑い合った。
すっかり仲良くなったアルトとナエは精霊が集まるお祭りへと向かう。
木々が無く、草原が広がる場所へと着いた。そこはサクラの花やヒマワリの花など季節なんて関係なく様々な花々が咲き誇る。
そして岩にはクリやブルーベリー、夏みかんが置かれていた。
「お疲れ様、アルト、ナエ」
フワフワと空から女の人が風をまといながら降りてきた。春の精霊だ。
「さあ、イチゴを岩の上に置いてください」
「はーい」
アルトとナエはカゴに入ったイチゴを岩の上にすべて置く。
「ありがとう。お仕事は終わりです」
そう言って春の精霊は岩の上の果物を風に舞いあげながら飛んでいった。空を見上げると森の精霊や神様が果物を美味しそうに食べていた。
それを見て小さくアルトは「いいなあ」と呟いた。
アルトとナエはのんびりと帰ってきた。
「ナエ、大冒険は楽しかった?」
「うん、楽しかった」
そんな話しをしながら、ケヤキ爺さんの所へと帰って行く。
「おお、お帰り。ナエ、アルト」
ケヤキ爺さんはナエとアルトが帰ってくると大変喜んだ。ケヤキ爺さんにナエは飛びついて「ただいま!」と言う。
それを見ながらアルトは笑って「それじゃあ、僕はこれで」と言って帰ろうとした。
「待って! アルト!」
ナエの声にアルトは振り向く。ナエがイチゴの茂みの中を潜ったと思ったら、一個のイチゴを取ってきた。
「イチゴあげる!」
「え? いいの?」
「うん!」
ナエはアルトにイチゴを手渡した。
アルトは目をキラキラしながらイチゴを眺めて、口に入れた。
「美味しい」
アルトは嬉しそうにそう言った。