第二節 最初の仕返し 3話目
「――それじゃ、先生が替わって最初の防衛魔法の授業を始めようか」
防衛術は二年生になってから本格的に学ぶ学問で、一年生の間は全ての基礎となる魔法学の中で少しだけ触れるような形になっている、と事前に校長からは話を聞いている。
そして現状としては都合が良いことに、防衛術に関しては全くの初歩の初歩から授業をやり直しても何ら問題は無いとのこと。
「まずは自己紹介をさせて貰おうかな。私の名前はカイ・バトラー。先日まで魔法省で仕事をしていました。そしてこの度皆さんに防衛術を教える先生となりました」
少なくとも先生として頼って貰えるような丁寧な挨拶を心がけたつもりだったが、前任の先生のイメージがよほど悪かったのか、私に対しても授業中に事故を起こしたりしないだろうか、などというヒソヒソ話が漏れ聞こえてくる。
「あはは……まあ、前任の先生がどんな事故を起こしたのかは知らないけど、少なくとも私はそんなに危ないことはするつもりはないかな」
反応の悪さを苦笑いで誤魔化しながら辺りを見渡す。すると約束通り、リリーの姿も見つけることができた。昨日の不思議な出来事もあってか、少しばかり調子も良さそうに見える。
「……ん? 席が三つほど空いているようだけど、誰かお休みなのかな?」
そんなリリーの斜め後ろから席が三つほど空いている。大方予想は付くが、私はあえて生徒に問いかけてみる。
するとタイミングが良いのか悪いのか、その空いた席と同じ人数だけ、教室のドアから生徒が入ってくる。
「遅かったじゃないか、君達」
「…………」
「……っ」
その三人とは、先日リリーに対してイジメを仕掛けていた三人組だった。私は遅刻したことに注意をしながら、そして改めて教科書を開くように全体に指示を出した。
「教科書の12ページ。今日は皆に防衛術の基本となる、衝撃を抑えるクッション魔法、『クローテア』を伝授しましょう――」
「先生!」
ようやく授業が進められると思ったその時、例の三人組のうちの一人――一番背も高く体格もいい男子生徒が声を挙げる。
「どうしました?」
「僕達は一学期の間、ほとんど自習で過ごしてきました」
「ほう?」
「その自習の間に僕達は、色んな術を覚えてきたんですよ」
一体何が言いたいのか、おおよそ予測はできる。
「……要するに?」
「要するに、こんなことよりもっと応用的な魔法を僕達に教えて下さいって事です」
なるほど、前任の先生は随分と嫌われていたようだ。
「では、どのような魔法を教えたらいいかな? 例えば――」
「ディサーメント!!」
魔法使いは基本的に杖無しでは魔法を唱えることができない。つまりそういう意味では『武装解除』という魔法は非常に有用で、学校だと呪文学――つまりジェイムス・モーガンが担当している授業で学ぶことになる。
――要するに生徒を使っての先日の嫌がらせか? そうは上手くいかないと思うが。
「おっと」
生徒が素早く取り出した杖から放たれる魔法は、私の方へと真っ直ぐに飛んでくる。しかし眼前で魔法は綺麗にはね返され、代わりに唱えた男子生徒の杖を派手に吹き飛ばす。
「うわぁっ!?」
「おや? 折角覚えた筈の魔法が見事に防がれてしまったようだね」
『反射魔法』――おおよそほとんどの呪文をそのまま詠唱した者にはね返す魔法。事前に仕込んでおけば、この通り。
「えっ? ええっ!?」
「あー、ごめんごめん。ちょっと意地悪しちゃったね」
仮にも防衛術を専門に教えるんだから、こちら側も事象反射程度なら無言で詠唱できないといけないと思ったが……ここまでする必要は無かったか。
「実は今のも、防衛術の一つ。まあ、無言詠唱だから分かるはずも無いから、仕方ないとして」
そうしてゆっくりと男子生徒に歩み寄り、弾き飛ばした杖を拾って渡すと、そこでようやく力量の差を実感できたのか三人とも静かに席に座ってくれた。
「それでは気を取り直して、クローテアについて説明しよう。クローテアはありとあらゆる衝撃から身を守ってくれる魔法だ。きちんと唱えることさえできれば、どんなに高いところから堅い地面に落ちてしまったとしても、干したての布団に飛び込むようなものになる素晴らしい力を持つ魔法だ」
防衛術の基礎の基礎となるクッション魔法――まずは魔法に対抗する為の防衛術ではなく、身の回りで起こりうる痛みを和らげることを最初に教えた方が良いだろう。
「それではリリー、前に」
「えっ!? うぁ、はいっ!」
まさかここで指名されるとは思っていなかったのだろう、緊張と困惑が入り混じった返事とともに、私の隣に立って皆の注目を浴びる。
「実を言うと、彼女は私の知り合いでね。こうして二年生最初の授業で助手をして貰う約束をしていたんだ」
「えぇっ!? そ、そんなことひと言も――」
「では早速やって貰おうか。杖を自分の方に向けて……クローテア」
彼女の言うことを無視して、説明を続ける。するとリリーも諦めたのか、言われたとおりの手順で、皆の前で呪文を唱える。
「く、クローテア!」
瞬間、彼女の身体に向けて杖から光が浴びせられる。
「では呪文が効いている内に――」
私は杖を取り出すと、リリーに向けて足元が滑るイタズラ魔法を唱える。
「滑りこけよ!」
「うわわっ!?」
ドスン、と腰から抜け落ちるようにして床に尻餅をつくかのように見えて、痛くないはずだが――
「あいたたたたた……」
私の予想に反して、リリーは痛そうにお尻をさすりながら、こちらの方を涙目で睨みつけている。
ひとまずコホン、と咳払いをした後に誤魔化すようにして、私は更にこの魔法のコツを皆に教えた上で再度試すことに。
「……とまあ、この呪文を唱える時は緊張してはいけない。勿論、焦ってもいけないよ。例え箒から落ちようとも、地面に着くまでは時間がある。落ち着いて、もう一度。できれば柔らかいものを想像しながら唱えるんだ。クローテア、とね」
そう、トゲトゲしいものではなく、柔らかい絹のようなものを想像した上で――
「……クローテア」
今度は先程のような光とは違う、温かい光が彼女の身体を包み込む。
そしてもう一度、同じように尻餅をつかせてみると――
「……あれ? 痛くない?」
「痛くないなら、呪文は成功だ」
今度は上手く行ったようで、ぽよん、と弾むように尻餅をつくリリーの手を取って起こすと、改めて皆の前で褒めちぎる。
「彼女は助手として良く頑張ってくれた、拍手! そして早速だが、君達も呪文を試してみるといい。尻餅だけじゃなく、自信のあるものは金槌で頭を叩いてみてもいいぞ」
するとそれぞれが魔法を唱えては互いに呪文や道具を使っての殴り合いが始まる。しかし呪文がきちんと唱えられている為か、誰も痛がる様子を見せることはない。
「本当だ、痛くない!」
「今度からモーガン先生のげんこつ呪文の前に、この呪文をかけておこうぜ!」
こうして初日の授業はまずまずの結果を残して、無事に終えることができた。