第二節 最初の仕返し 2話目
「おい、ウォーカー! このラズベリーパイ食ってみろよ!」
「あっ、うぅ……」
飲んでから一週間は口にした食べ物全てをドブの味に感じさせてしまうという、ドブ舌薬。恐らくはイタズラ専門店で買ってきたものだろう。それをラズベリーパイの中に入れることで、彼女への嫌がらせをするつもりだったのだろう。
だが既に魔法で薬は別のラズベリーパイへと入れ替えてある。彼女が口にしたのは――
「…………」
「どうだ? 美味いだろ?」
「ふひひっ、どうなのよ」
「……ぅん? おいしい」
まずは小さく一口。しかしリリーが予想していたような、苦い展開は起こらず。
続いて少し大きめに頬張ってみるが、リリーの分のラズベリーパイは、ごく普通の美味しいラズベリーパイでしかない。
その予想外の反応に、周囲は首をかしげるばかり。
「んん? おかしいな……」
「ちょっと待てそもそも普通のラズベリーパイだよな? ……うぇっ!? げほぉっ! おまっ、お前っ、間違って俺のにドブ舌薬入れただろ!?」
「えぇっ!? そんなはずないわよ!」
「じゃあお前もこれ食えよ!」
「嫌に決まってるでしょ! 一週間はまともにパンも食べられないなんて!」
仲違いまで確認できたところで、フフッと笑みをこぼしてしまう未熟な自分がいる。そして普通ならここで食わされるはずだったリリーはというと、何が起こったのか分からずポカンとするばかり。
そうして再びモーガン先生とヤング先生の間に座って、チクリとひと言。
「いやー、あの子は知り合いでして。それにしても学校でイジメを受けていて、それを許容されるとは、バスカヴィルは随分と実力主義の厳しいクラスなのですね」
「何だと!?」
「おやおやー? 学校内のイジメを放置とは、寮監の風上にもおけませんねぇ、せ・ん・せ・い」
ここぞとばかりに話に乗っかるヤング先生はさておき、これだけ言っておけば今後リリーに対するあからさまな嫌がらせは無くなることだろう。後は追々、防衛術の授業を通して自衛の術を学ばせれば良いだろう。
「さて、最後にデザートのプティングでも……あれ?」
おかしい。私が席を立った際に、まだテーブルにはプティングが並んでいた筈。
「すいません、ヤング先生。先程までここに山積みであったデザートは……」
「ああ、それなら……」
呆れた様子で肘をつくヤング先生の指と視線の先――そこには笑顔で大皿ごとプティングを一人で占拠している大柄で太った女性の姿が。
「……どちら様でしょうか」
「イモージェン・グリーン先生。魔法生物学の先生で、隣に座っているマヤさんと一緒に周辺環境に済む生物の管理も行っているの」
グリーン先生か、覚えておこう。少なくとも私の楽しみを一つ奪ったという恨みも込めて。
「ついでにお話ししておくと、グリーン先生の反対側の隣に座っているチョビ髭の紳士が、オーロファフニールの寮監をされているアーサー・フィリップス先生。とっても親切な人なんですよ」
確かに見る限りではにこやかな笑顔を浮かべるばかりで、隣のグリーン先生とも談笑を交えながら食事を楽しんでいる様子。
「そういえばジャックライトの寮監は誰になるのでしょうか?」
「あぁー、トンプソン教頭なら今日は出張でいらっしゃらないわ。その際は大抵私が寮監代理をしているんだけど」
「ジャックライトも、きちんと経験のある職員が寮監代理の方が安心できるだろうに。いや、違うか。あえて不甲斐ない寮監であることで生徒に危機感を覚えさせ、寮生活を規則正しくさせているのか」
「私はともかく、教頭への悪口は聞き捨てなりませんよモーガン先生」
「ふん、最近の若者は皮肉と悪口の違いも分からんようだな」
どっちも似たようなものだと思うが……ともかく、三つのクラスで唯一ジャックライトの寮監だけが教頭の兼任という激務を任されているようだ。
「教頭先生ですか。後ほどきちんとご挨拶しないと」
ひとまず寮監の把握だけ済ませたところで、私はデザートの抜けた夕食を終わらせることにしたのだった。