第二節 最初の仕返し 1話目
「諸君、冬期休暇は楽しめたかな? これから始まる二学期に向けて、英気は十分に養えたかな?」
事前に校内を案内して貰ってはいたが、この日の大広間ほどの騒がしい雰囲気は一切味わうことは無かった。
長いテーブルが三つ。校長や職員のいる壇上の傍から、この大広間の出入り口のある奥まで長々と伸びている。その両脇には三つのクラスに分けられた生徒が、それぞれのクラスに割り当てられたテーブルに腰を降ろして座っている。
『オーロファフニール』、『バスカヴィルブラック』、『ジャックライト』――それぞれが黄金のドラゴン、巨大な黒犬、そして輝く光を放つ妖精をクラスの象徴として掲げているようで、それぞれのクラスの気質も表しているそうだ。
所属する生徒はというと、下は十一才から上は十六才までの魔法基礎を学ぶ五年制と、十六才から十八才までの二年間で更に専門の魔法を学んでいく二年制とに別れているようだ。
当然ながら魔法使いにとって防衛術は基礎中の基礎、犯罪ないし、過去に起きた惨事を二度と起こさない為にもという意味では、防衛術は魔法省でも特に力を入れるように方針が打ち立てられているらしい。
……これもまた、表向きはということだが。百年以上前の惨事以降、特に大きな事件も起こっていない魔法界では、この防衛術も軽視される傾向がある。
――そもそも自分のような厄介払いが教科担当をする時点で、お察しといえるのかもしれないが。
「ところで諸君。二学期からは防衛術の担当が変わって新しい先生が来て下さることになった」
事前に打ち合わせをしていた通りに、私は一歩前に出て全校生徒の前にて軽く一礼をする。
「カイ・バトラー先生だ。普段は魔法省に所属されておられるが、此度は防衛術の特別講師としてこのブルーラルに在籍することとなった」
「魔法省からとか、びっくりー……」
「僕のお父さんの知り合いかなぁ?」
「随分と若い先生だねー」
流石に子ども達といえ魔法省がどれだけ凄いのかは分かるらしい。そして地味に若く見て貰えるのはありがたい。
……近くに来られたら隠している白髪がバレてしまうだろうが。
「現在も魔法省に所属されておられるが、気さくで良い先生じゃ。皆の相談も快く受けてくれるじゃろう」
今さりげなくハードルを上げられた気ような気もするが、気にしないでおこう。
「それでは諸君、この二学期で更なる成長が見られることを期待しておるぞ。それと……問題は起こすんじゃないぞ」
最後にしっかりと釘を刺したところで、大広間での賑やかな夕食が始まる。生徒の方は待ってましたとばかりにテーブルの上の料理にありついている。
「この学校では常にこうして皆で食事を?」
「そんなことはありませんよ! 生徒は普段も場所はここですが、朝、昼、夕のそれぞれの時間にテーブルに盛られた料理を各自で時間内にとるような形式になっているんですよ。」
職員側のテーブルで私の隣に座っているのは、同じく若手としてこの学校に勤めているという一人の女教師――なのだが、どうもいわゆる玉の輿というのを狙っているのが見え見えでこちらとしては若干引かざるをえない。
「そ、そうなんですか……」
「そうなんですよ! あっ、料理をお分けしますのでお皿を――」
「いえいえ! 自分でやりますので……結構です」
パーマがかかっているのか、はたまた普段が不摂生なせいで髪の毛がボサボサなのか。そのどちらなのかはこれからの学校生活で判明するであろうこの教師の名は、イザベル・ヤング。どうして名前を知っているかというと、昨日の夜にすれ違った際、校長からの紹介がはいるなりもの凄く積極的な自己紹介を受けたからだ。
そしてもう一人。私の反対側に座っているのは、私がある意味苦手としているタイプの人間。
「相変わらず喜怒哀楽が激しいですなぁヤング先生。そのように、物事を難しく考えずに済むことができればと私も何度思ったことか」
「でしたらまずその仏頂面をやめて笑顔の一つでも生徒に向けてあげたらどうでしょうか? モーガン先生」
ジェイムス・モーガン。この男はかなりの野心家のようであり、私が魔法省と知るなり元から険しかった眉間のしわが更に寄っている様子。今はバスカヴィルブラックの寮の監督を兼任しているだけのようだが、いずれは校長の座を目指しているとのこと(この話はヤング先生の偏見も入っていそうでもあるからなんとも言えないが)。
そんな両者によって板挟みの身となっている私だが、そろそろ愛想笑いをする余裕も限界に近づいている。
「ま、まあまあお二人とも、食事の場ですしこの場はお控えになって――」
「おおっと、これはこれは大変お見苦しいところを。しかし気をつけたまえよバトラー先生。ヤング先生は時折暴走なされる時がある故に」
「ふんっ、ベテランってだけでいつまで経っても出世できない癖に」
本当に居心地が悪いなこの席は。次回からは変えて貰うように校長に直談判しなければ。
そうして俺の愛想笑いにも若干の顔の引きつりが出かかってきたところで、生徒の間からこちらに向かって真っ直ぐと歩いてくる一人の少女の姿が目に映る。
「……また会った」
「おや? 君はパールスランド村で会った――」
「おやおや、食事中だというのに失礼ではないかミスウォーカー。忠実な犬を司るバスカヴィルの一員として、今の行動は果たして適切といえるかね?」
「あっ、うぁ……」
隣の寮監はさておき、ひとまず目の前の少女をリラックスさせる為にもここでまたポケットのチョコを彼女に渡す。
「大丈夫だよ、落ち着いて。ほら」
「ん……ありがとう、ございます」
ぺこりと頭を下げるとともに、少女は気まずくなったのか元の席に戻ろうとその場から一歩一歩と下がり始める。
しかしこれ幸いと思った私は、ここでの再会を話のきっかけにして二人の絡みから逃れるべく席を外す。
「校長、失礼ですが知人がいたので少し話してきます」
「おお、そうかそうか……ん? リリー、知り合いだったのか」
「あ、う、あっ……はい」
「そうかそうか、では大いに語らうといい」
「……ぅん」
どうやら校長とは最低限会話できるようだが、それでも普段からこの調子だと交友関係が気になってしまう。
「…………」
「……外で少し話をしようか」
「……うん」
当然ながら大広間を出ようとした際に一部の生徒からは注目を浴びたものの、校長のとっさの機転として前で別の講談を始めたことで、皆の注目がそちらへと集まっていく。
そうして廊下を歩いて中庭へと出たところで、元々置かれていたベンチに腰を降ろし、そして少女にも隣に座るように促す。
「そういえば、君の名前を聞いていなかったね」
「……リリー・ウォーカー」
「リリーか……良い名前だね」
「そんなことない……どうせ孤児院の人が、適当につけた名前」
「……詳しく聞かせて貰えるかな」
彼女の正確からして初対面の人間にそう簡単に身の上話を語りはしないだろうと思った上で、敢えて聞いてみる。すると予想外にも、彼女は自分自身について、多くのことを話してくれた。
自分はどこで、誰が生んだのかも分からない。孤児院の前に一人の赤ん坊が布にくるまれたまま、それをたまたま見つけた院長が慌てて引き取ったという。
それからは孤児院の中だけが彼女の知る世界で、外のことなどまるで分からぬままだったという。
そうした中毎月行われる魔法教室にアーウィング校長ら当時の学校職員が出張で孤児院に来た際に、彼女を学校で引き取るという話が院長との間であったのだという。
「その孤児院では他にもこっちに来ている子はいないのかい?」
私の問いに対して、ウォーカーは首を強く横に振る。
「……私だけ。私だけが、この学校に呼ばれた」
「へぇ、でもそれって素晴らしい事じゃないかな? 三賢人として魔法界でも有名な校長から直々に、自分の学校に来ないかって言われるなんてね」
「そっ……そ、そんなことない」
彼女のように内に秘めた才能を見抜いての選抜入学は、ここブルーラル魔法学校では有り得ない話ではないようだ。ただし、多くの生徒が元来優秀な四十一の魔法族という血筋の者から選抜されるようで、彼女のような一般の、しかも孤児院出身となると前例はほとんどないとのこと。
「み、皆! 私のこと、嫌い、だから……!」
「……なるほど」
そうして選ばれた例外中の例外となれば、元々この学校に入学したいと思っていた者にとっては嫉妬の対象にもなるのだろう。こうして彼女は人間不信へと陥っていったのだろう。
「ならば約束通り、様々な防衛術を貴方に授けましょう。勿論、授業をきちんと受けて頂くことを前提にして」
黙ったままコクリと頷くリリーの様子からしてひとまずは納得して貰ったかと思えたので、再び大広間へと一緒に戻ろうとリリーを促す。しかし彼女は私のスーツの袖を握ったまま、ベンチに座り込んでいる。
「…………」
「どうしたんだい? 安心して、約束についてはきちんと守るから」
「ち、違う!」
「? ではどうしたの?」
「……ぅう……どうせ、スープか何かに、イタズラ! ……されてるから」
……いじめまでされているのか。
「……そっか。では一緒に戻りましょう」
「っ!? だっ、だから、イタズラされて――」
「その心配はしなくていいから、安心して食事に戻るといいよ」
そうして不安を抱えたままのリリーを連れて、再び大広間へと戻る。
すると普段から彼女に何かとちょっかいを出しているのであろう集団と思わしき連中が、リリーの方を見てニヤニヤとしている。
「うぅ……」
「心配しないで。多分きみの思うような酷いことにはならないから」
そうして元の職員席へと戻る雰囲気を出しながら、リリーの少し後を歩いて彼女の席を確認する。
「…………」
「おっ、泣き虫リリーが戻ってきたぞー」
「いきなり新任の先生を連れ回すなんて、新学期早々調子良いよな」
「学校にとっても迷惑だぜ、まったく」
そうして周囲から嘲笑されながら、やっぱり何も変わらないじゃないかと彼女は後ろを振り返って目で訴えながら自分の席に座る。
それを無視しながら彼女のテーブルに並んだ食べ物を確認すると……やはりイタズラの為の異物の思わしきものが、一見するとごく普通の料理の中に紛れている様子。
「…………」
私は両手を後ろに組んだまま、その場を立ち去る際に右手をパチンと鳴らす。
――入れ替え魔法。自分の仕掛けで楽しんで貰えると良いが。




