第一節 真冬の職場出勤 2話目
ブルーラル魔法学校は三学期制度をとっているようで、こうした私の初の学校訪問はというと、二学期が始まる前日――新年明けてのまだ雪の降り積もる最中での呼び出しとなった。
「夜見の沼……ねぇ」
別名では黄泉の沼とも揶揄されるこの土地。沼の中心に建てられた学校を除いて、その地に足を踏み入れようものなら底なし沼へと引きずり込まれるという呪いに近い防護呪文がかけられている。
「……あれがブルーラル魔法学校か」
雪の積もった沼地の前に立ち、遠くを見やる。すると眼前にうっすらと雪に混じって巨大なお城のような建物が見えてくる。
「……明かりはついているようですね」
ということは、アーウィング卿もとい、アーウィング校長があの建物で待っているということ。
ならば後は泥舟を待つだけ――
「――お待ちしておりました」
「お迎えいただきありがとうございます」
底なし沼の上を、まるで湖に浮かぶかのように滑る一隻の小舟。オールを片手に一人の女性が、礼儀正しく頭を垂れる。
「校長がお待ちです。早速船にお乗り下さい」
あの校長が雇ったにしては、随分と規律に厳しそうな女性に思える――というより、そちらの方が学校としてはあるべき正しい姿なのか。
氷のような冷たい視線に、凍っているかのような肌の色。分厚いジャケットに袖を通してはいるが、白い吐息がこの場の寒さを再確認させる。
「では、失礼して」
「お荷物はこちらに」
そうして泥舟と呼ばれる専用の舟は、沼の上をすいすいと進んで学校へと向かっていく。
道すがら特に会話も弾みそうに無かったが、ひとまず船頭の女性の素性を知るべく話しかけてみる。
「私、魔法省より臨時に講師として参りましたカイ・バトラーと申します。貴方は――」
「マヤ・コリンズ。学校周辺の土地管理人を任されています」
「管理業者の方でしたか。これはこれは――」
「そろそろ到着になります。校長は談話室でお待ちしています」
世間話でもして少しでも事前情報を得ておこうという作戦だったが、まさに事務的対応であっさりと話を打ち切られてしまい、そして気がつくと舟は学校へと続く長い階段へと寄せられている。
「……ここまでの船旅、大変お世話になりました」
「校長は談話室でお待ちしています。では」
……随分と無愛想な管理人だ、と思いつつ、学校へと続く長い階段へと最初の一歩を踏み出す。
「……ここは歩いて行くしかないんですかね? ――って、どこかへ行ってしまいましたか」
呼び止めようにも既に舟は遙か彼方。仕方ないと思いつつ、目の前に広がる長い階段を一歩一歩歩いて行く。
「仕方ありません……先は長いですが、一歩一歩進むしかないでしょうね――」
◆ ◆ ◆
「――いやはや、遠いところをご苦労であったな」
「いえいえ、アーウィング卿のご指名とあれば参らない訳にもいかないでしょう」
ほんと、ここまで来るのに半日かかりましたよ。道中会ったのも無愛想な土地管理人くらいで、何の出迎えも無かったのは流石に傷つきました。
仮にも魔法省の人間なのに、ここでもまた雑な扱いを受けるのだろうか。
「本来ならマヤ以外にも出迎えに向かわせるつもりだったが、皆新学期に向けて準備が忙しいみたいでな」
アーウィング卿はわざとらしく辺りを見回すが、客人を迎える為の談話室には、校長本人と私だけしかいない。
「そんな、私みたいな人間に時間を割く必要無いでしょう」
「しかし少なくとも寮監三人とは顔を合わせておくべきだろうが……まあ、明日以降いくらでも顔を会わせることになるだろう」
しわくちゃの顔に更にしわを寄せて笑う老人に合わせるように、適当な笑みを浮かべたところで、早速仕事の内容について確認をすすめることに。
「それで仕事内容についてですが、明日から防衛術についての授業を受け持てばよろしいんですね?」
「うむ。防衛術は基本中の基本。できる限り元の職員に復帰して貰いたかったが――」
「自習期間が長すぎた――ってところでしょうか?」
「おや? 知っていたのかね?」
「たまたまパールスランド村で勉強している生徒を見かけたもので」
「おお、そうかそうか」
勉強といっても、殆どが杖を使った実践無しでは成り立たない。その点知らないフリをしているのか、校長は私に対して許可証無しで違反をしていなかったかとは聞いてくる様子は無かった。
「職員の雇用についてだが、基本的には学校に住み込みで働いて貰うことになる。生徒に関しても、基本的には各クラスごとの学生寮で過ごすことになる」
「しかし私の場合、月に一度は占星術のために魔法省まで戻る必要が――」
「それについては代理人を立てているから、お前さんは安心してこっちの仕事に集中するといい」
「……はい?」
「あの後魔法省から提案があってな。こっちの仕事に集中できるように、別の人間を追加で部署に配置するとのことだ」
……はぁ、魔法省はこうして合法的に俺を切れるということか。これで本格的に左遷ルートが決定されたというわけか。
「……ん? どうかしたかね?」
「いえ、何でもありません」
この時は魔法省の俺に対する雑な扱いに溜息をついたが、まさかこれ以降の占星術によって魔法界が荒れていくとは、この時一体誰が想像できただろうか。




