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第一節 真冬の職場出勤 1話目

「……数年ぶりだが、相変わらず冬場は寒々しい場所だ」


 ブルーラル魔法学校最寄りの駅である夜見ヨミの沼へと向かうには、同じ方面に運行する汽車へと乗り換えなければならない。その為の乗り継ぎ駅のあるパールスランド村にて、私は長旅の休憩をする為に一息ついていた。


「しかしこの寒空の下で嗜むコーヒーは、また格別においしい」


 駅前広場にあるベンチに積もった雪を手ではらい、腰を降ろしてテイクアウトのコーヒーを口に流し込む。足元近くには魔法省から引き上げてきた私物の詰まったスーツケースを置いて、私はつかの間の観光を楽しんでいた。


「ここから夜見の沼までの駅は五つ……気のせいか冬休み明けの生徒の姿もちらほら見えるような、見えないような」


 厚手の防寒具を身につけて、私と同じように暖かい飲み物を片手にして、参考書らしき書物にまじまじと目を通す少女の姿がふと目にとまる。


「一体何を読んでしているのか。こんなところで読まずともどこか適当な店にでも……ん?」


 そのまま観察を続けていると何を警戒しているのか、眼鏡をかけた少女は何度も辺りを見回した後にどこからか杖を取り出す。そして魔法を唱えようと杖を二度三度と振るっては、詠唱のために口を動かしている。


「……あれはいけませんねぇ」


 特に関わるつもりは無かったが、魔法省所属の人間として法律違反を見過ごす訳にはいかない。


「ふひひひ……よし、これならうまくいく――」

「未成年が使用許可証も無く屋外で杖を使用するのは、法律で禁止されている筈ですが」

「ふぇあぁっ!?」


 再び小さく振るおうとしていた杖を握って、私は事務的で冷たい声色で少女の違反行為を咎める。少女の方はというと、突然見ず知らずの大人に割って入られたことへの驚きに口を開けたままポカンとしている。


「許可証を、出していただけますか?」


 私が先程飲んだミルク入りコーヒーと同じ色の髪が、肩まで伸びている。そして同じく先程注文しようか迷っていた紅茶のように透き通った赤い瞳が、ようやく事態を把握したのかハッと大きく見開き、そしてばつが悪そうに目を伏せる。


「っ……も、持っていません……」

「困りましたね。そうなると少年法により貴方を刑務執行官に引き渡さなければなりません」


 私が顎に手を当てて困り顔を浮かべているが、目の前の少女はあわあわとするばかり。


「ど、どうしよどうしよどうしよ……ハッ! そっ、そもそもお前は一体何者だ! ……ですか! いきなり現れて、法律がどうのって――」

「何者って言われても、魔法省所属の人間だと言えば納得がいきますか?」


 所属はさておき、少女の目の前に魔法省から認可を受けた印付きの羊皮紙を意地悪にも見せつけてみる。

 魔法省からの正式書類に目を通した少女は違反行為を誰に見つかってしまったのか、ようやく重大さに気づいたようで顔を青ざめ始める。


「まっ、魔法省……と、とんでもない人だぁー……」

「貴方は……見たところ学生さんでしょうか。この辺で学校といえばブルーラル魔法学校しかないでしょうから、ひとまず確認を――」

「うぇあぁあああそれだけは勘弁をぉおおおおお!」


 どうやら予想は当たっていたようであるが、それにしてもここまですがりつくものなのか。

 しかしながらこんなところでまだあってもいない仕事先の面々に煙たがられるのも面倒と思った私は、未所持でも問題ない方法を慌てふためく少女に提案する。


「未所持とはいえ練習をしたいのであれば、必ず大人に同伴して貰うように。ご両親なりなんなり――」

「ぐすっ……お、お父さんも、お母さんも、いません」


 それまでになかったすすり泣く声。いわゆる彼女の地雷というものを、私は踏んでしまったようだ。


「うっ……これは失礼しました」

「ひっぐ……だ、大丈夫です……」

「……あっ! そうだ分かりました! ではこの場は私が指導を受け持ちましょう」

「ぐす……うぇ? 指導?」

「そ、そうです! 魔法省の人間の指導の下なら、誰も文句は言いませんから!」


 そうして私はひとまず周りの奇異の視線を止めるべく、同じベンチに腰を降ろす。


「ひとまずチョコでも食べて、落ち着きましょうか」


 コーヒーのお供にと用意していた小分けのチョコを一つ、少女に手渡す。素直に受け取った少女はそれを無言で頬張るが、またしても涙がぽろぽろと落ち始める。


「どうしたんです? チョコは嫌いでしたか?」

「ううん……おいひい……」


 ならば何故涙を流しているのか。泣き虫そうな少女はさておき、それとなく先程まで読んでいたのであろう書物のページへと目を落とすと、そこには私が学校で教える予定だった防衛術についての記述がなされている。


「……防衛術ですか。しかし防衛術ならなおさら、相手がいないことには効果が分からないでしょうに」

「うぅ……」


 なんともちぐはぐな練習予定をたてたものだと困惑したが、ひとまずその問題も私が防衛術の試写を請け負えば問題ない。


「気を取り直して……どの防衛術を会得する予定ですか?」

「……反射の魔法」

「反射……ですか」


 大の大人ですら魔法ごとに無効化あるいは衝撃を和らげる程度のところを、受けた魔法をはね返すのは至難の業といえるもの。


「少しお聞きしたいのですが、『受け止めよ(クローテア)』の会得は済んでいますか?」

「…………」

「だったらまず、箒から落下した際の備え等を考慮して、基礎魔法から――」

「そんなことしても、やり返すことが、できない……」

「やり返す……なるほど」


 やり返す、という言葉を用いる辺り何かしらの問題を抱えているのは察することができる。しかしながらクローテアすらできないとなると、反射魔法など夢のまた夢。


「しかしながら、まずは学校で基礎となる魔法を――」

「防衛術の先生! が、別の授業で事故を起こしてから、自習しかしてない……」


 普段から会話になれていないのかおかしな声の抑揚はさておき、幸運なことに彼女の言葉から学校の実情を把握することができた。


「ふむ……そうですか」


 自習続きで学校側としても勉強に遅れが出ていると、急遽補充として私があてがわれたという形か。


「……まあ、休み明けには別の職員が防衛術の指導に当たってくれるでしょうし、そこまで心配する必要はありませんよ」


 それとなく内ポケットの懐中時計を取り出したところで、次の列車の時刻が迫っていることに気がつく。近くに置いていたスーツケースの取っ手に手を伸ばしつつ、私は別れ際にもう一つ、ポケットからチョコを取り出して少女へと渡して別れを告げる。


「おっと、申し訳ない。次の列車に乗らなくてはいけないので」

「えっ? でっ、でも! 私に防衛術を教えてくれるんじゃ――」

「ええ、お教えしますよ。しかしここではなく――」


 ――また、別の機会に。

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