終節 見つけられた天職
「――よし、これで荷物も全て纏まった」
「本当に行っちゃうんですか? 先生」
「仕方の無いことです。相手が悪人とはいえ、禁じられていた魔法を使ったのですから」
――事件から数日後。こうして改めて見回すと、本当に個人の私室として広々と使うことができたものだ。
最後に短い期間とはいえ、魔法省よりも過ごしやすい空間で生活できたことを感謝しなければならないだろう。
「荷物整理の手伝いありがとう。君達にはお礼をしなくてはいけないね」
手伝って貰ったお礼にと、最後まで机の上に残っていたベルモンドの取り寄せお菓子箱をそのままエリオット達二人に渡す。
「本当に良いんですか!?」
「うん。これから私が行く先に、そんなお菓子箱なんて持ち込めないだろうから」
良くて免職、悪くてシャックルズでブラウンと再対面。どちらにしてももう菓子箱の出番はなさそうだ。
「寂しくなりますね」
「ちぇっ、先生の授業受けてみたかったんだけどなー」
「心配しなくても、次こそはいい先生が来るさ」
そうして一年生二人と一緒に教室へと出て、準備室に鍵を閉める。
結局あの後のことだが、モーガン先生と校長の方で独自に調査をしていたようで、私がブラウンを打ちのめしたその日の裏、学校を運営する理事会の方で告発をしていたそうだ。
当然ながら理事会内で誰が主導でブラウンを引き入れたかで会議が紛糾し、その結果責任を持って辞める者が何人も出てきたという話も聞いている。
ブラウンはというと、離職していたコナーという男と二人仲良くシャックルズ送り。私が個別に行った拷問よりも、悲惨な毎日を送ることになるだろう。
「……ん? どうしたんだいリリー」
学校を勤める最後の日に姿を見かけないと思っていたが、教室を出ようとしたところでドアの前で両手を広げて通せんぼをしている様子。
「こ、ここは、通さない!」
「ダメだよリリー。これはもう決めたことなんだ」
私の言葉の意図を理解したのかしていないのかはさておき、リリーはそれ以上は何もできずにただただ立ち塞がるだけ。
「……約束を破ることになってごめんね」
「っ……!」
最後に彼女の頭を優しく撫でると、そのままスーツケースを引きずって私は教室を去って行く。
「……よかったんですか先生」
「……彼女や君達のような未来ある人間が、私のような反面教師にこれ以上関わってはいけない」
中庭から学校の外へと続く道。そこで私は改めて一年生二人の方を振り返って、無理矢理笑顔を作って別れを告げる。
「それじゃ、君達も体に気をつけて」
「……さよならは言いませんよ、先生」
「そうかい……では、またね」
――そうして私は校門を過ぎて、長い階段を降りていく。
一歩一歩と踏みしめる度に、ここであった多くの出来事が頭に浮かんでは消えていく。
「……校長。それにマヤさん」
最後のお見送りということなのだろうか、泥舟の前にアーウィング校長と、土地管理人のマヤさんの二人が立っている。
「短い間でしたが、お世話になりました」
「禁じられた呪文の件は、魔法省にとっては格好の免職に追い込む材料になってしまったみたいじゃな」
「カッとなってやってしまったのは私の落ち度ですから」
ははは、と乾いた笑いを漏らした後に、私は懐から魔法省の契約書を取り出して校長へと引き渡す。
「これをもって、魔法省の免職が決定となる」
書類に込められた魔法の契約。今回それが破られたことで契約書も物理的に破棄され、文字通り契約解除となる。
「…………」
目の前で勝手に破れていく紙を見た私は、改めて自分が魔法省の人間では無くなったことへの実感と、それと引き換えの妙な達成感に包まれていた。
「……これから先はどうするつもりじゃ」
「どうするって言われましても……免職からそのまま、魔法裁判所にて禁じられた呪文に関する裁判が――」
「そんなもの、一日二日もあれば事務的処理で終わるわい。わしが言っているのはその後じゃ」
「は……? いやいやいや、禁じられた呪文ですよ? そんな一日二日で終わる裁判な訳が――」
「とっくに学校側から執行部に働きかけをしておる。何よりこの三賢人のわしが昨日直談判に行ったからな。心配することは何もあるまい」
どうやら情状酌量を図ってくれたみたいだが、それでも私自身魔法省を辞めさせられた身、最早この学校に残る理由もない。
「そうですね……魔法省も辞めることになったので、しばらくは――」
「そうだな。しばらくはブルーラルで臨時講師をしてもらうしかないじゃろうな」
「そうですね、防衛術も人が空きますし、臨時講師として――って、ええっ!?」
魔法省を辞めたのに、講師……? そんなこと、あり得るのか?
「……えっ? だって、私、魔法省所属じゃなくなるんですよ?」
「そうじゃな。肩書きとしては特別講師でもないただの臨時講師じゃ」
「そうじゃなくて、魔法省所属じゃないと――」
「そもそもわしの学校で魔法省所属など、お前さん以外誰一人居なかったはずじゃが?」
何ということだ。私はまたしても、勝手に――
「……本当に、ここでまた働けるのですか?」
両膝から崩れ落ちるように力が抜け、今度こそ心のそこからの喜びがこみ上げてくる。
「……校長、私はここにいて良いのですか?」
「当然。生徒に慕われる教職員を見捨てるなど勿体ない。それにまだ約束は果たしておらんのじゃろう?」
「っ、はは、ははははっ……!」
私はようやく、自分を必要としてくれている場所を、人を……見つけることができたんだ――
サクッと短くまとめられた作品になりましたが、ここまで読んでいただき感謝の極みです。昔書いていた作品の一つなので、色々と未熟なところもあったかと思いますが、最後までお付き合いいただきましてありがとうございました。ありがとうございました。




