第三節 人見知り 4話目
「――以上で、今回の防衛術の授業は終わり。次回テストをするからしっかりと魔法を会得しておくように」
「えぇー!?」
それからまたしばらく授業を進めて、ある一区切りの段階でちょっとしたテストをすると授業終わりに生徒に伝える。すると生徒の方から初めて文句の声が漏れ出てくる。
自分でもハイペースなのは分かっている。だがこうでもしないと自習分の遅れを取り戻すことはできない。
「ハァ……学校の先生がこんなに疲れるなんて……」
「先生! 今日も、放課後、自習に来ていいですか!」
そして疲れる理由のもう一つとして、何故か勉強熱心になったリリーの居残り授業が挙げられる。これに関しては特に彼女を責めるつもりはないが、どうせならついでに翌日の授業準備の手伝いもしてくれないものかと思ったりもする。
「来ても良いけど、今日はちょっと手伝って貰うこともあるよ」
「うん! 先生の手伝いなら、する!」
満面の笑みを浮かべる辺り、随分と彼女には気に入られたのだろう。それとなく言ってみた手伝いの依頼ですら快諾してくれるとは思ってもいなかった。
「……まあ、それならそれでいいか――」
「おやおや、随分と生徒に懐かれているみたいですな! バトラー先生!」
……よくよく考えれば迂闊な話だった。この防衛術の教室及び準備室は窓からの見晴らしが良く、飛翔訓練する生徒の姿を見ることができる。
――つまり裏を返せば飛翔訓練をする教職員もまた、この教室内の様子を見ることができるということだ。
「……ブラウン先生、つい先程は一年生の飛行訓練でしたか?」
「ええ、今年は素晴らしい才能を多数発掘できましたよ! 特にファフニールのエリオット、将来はブルームレースでストライカー間違いなしの箒捌きですな!」
窓越しにもうるさい声だが、ここは仕方なく窓を開けて会話を交わす。リリーはというとブラウン先生の声を聞くなり、隠れるようにしてそそくさと教科書を片付けて教室を離れようとしている。
そんな彼女の背中に、箒に乗ったブラウン先生からの鋭い指摘の声が突き刺さる。
「おい、リリー! たまにはバトラー先生だけじゃなく、俺にも構ってくれよなぁー! 飛翔訓練、お前だけ唯一成績が芳しくなかったんだぞー! 放課後の居残り訓練でも設定してやろうかー!?」
「っ……べっ、別に、いらない! ……です……」
「なんだよつれねぇなぁ。……まっ、それはそれで年度末の成績に反映するしかないから仕方ないか! 先生も、注意して下さいよ! あいつは勉強がてんでダメみたいですから!」
「ええ。ただでさえ遅れている防衛術なので、彼女の場合居残りもして頂いているんですよ」
「ほぉー! それはそれは! ほーんと、大変ですね! それじゃ、失礼!」
にこやかなブラウン先生が背を向け、私もまた騒音を閉め出す為にも開いた窓を閉めようとしたその時のことだった。
「……ちっ、あのガキいい加減に“個人授業”にこねぇなら、無理矢理連れ出すしかねぇかあ……?」
「っ!」
――窓の隙間から漏れ出でた、ブラウンという男の本性。それを耳にしてしまった俺は、去って行くその背中をジッと睨みつけ続けていた。




