突入、レクファー邸
それから十八時まで皆で稽古をして、一度解散した。
それからもう一度クレスアドル邸に集まり、今は二十時。……来る、突入の時。
「皆。準備はいい?」
「はい、もちろんです」
「大丈夫ですの?手が震えていますわよ、マイ」
「緊張だとか、恐れとか……ありますよね。僕だって今、ものすごい怖いです。何せ……ローズ様と戦わないといけないのですから」
「極力私が戦うよ。……でも、どうだろ。もしかしたら負けちゃうかもね。いや、もしかしたらって言うか……ほぼ負ける」
「推測にはなりますが、今のローズは闇魔法の影響で精神に何か異常を来していると思われます。つまり、今のローズには情もなく、本気でこちらを殺しにかかってくるという事ですよね?リリー」
「そういうこと。話すタイミング悪くてごめんだけど……ローズは、まだ一度も本気を出していない」
これは先輩が死んでから公開された情報だ。
『ローズ・コフィール。彼女は気がついていないだけで、一度も本気を出した……出せた事がない。万が一彼女が本気を出したならば、あとはただ終わりを待つのみ』
と。ついでに製作者の愚痴もあった。ファンから度々『ローズって本当に最強なのか?』という質問をされるみたいで、仕方なくこの設定を作ったんだとか。
正直な話、私は知っている。本気を出したローズ様がどれくらいすごいかを。何故ならその裏設定と共に特別ムービーも流れていたから。
断言しよう。もし、今の先輩が常に本気状態ならば勝てない。最悪の場合、皆死ぬ。
「おいおい……まだあれに上があるのかよ……。でも。いや、そうだな。ビビってダチ救えねぇなんて人生最大の恥だ。オレは行くぜ。恥を残すくらいなら死んだ方がマシだ」
「私は信じてますわ。きっとローズなら、誰一人殺す事無く戻ってきてくれると」
「……みんな、ありがとう。それじゃあ……行くよ」
「ええ/はい/うん/ああ!」
と、大きく出たはいいものの。普通に私は方向音痴なので、マイを先頭として夜道を歩いて行く。待っててください……先輩。すぐ、向かいます
「大丈夫ですか?リリー様」
「え?大丈夫だけど、どうして?」
「リリー、貴方は私達より沢山苦しんだ。そしてこれから更に苦しむかもしれない。だからです」
「んー、怖いし、苦しいって言ったら嘘になるかもだけど……一番苦しんでるのはローズの方だから。私は何としても、誰に何を言われても、私の何を失ってでもローズを助けたい、助けるっていうエゴがある。だからこんな所で怖がってたらいけないよ。それに……先輩に怒られちゃう」
不安な気持ちも苦しい気持ちも本物だ。けど、こんなたかが二つの感情に押し潰されるようじゃ先輩に……いや、先輩は怒らないか。じゃあ……私の中の先輩に怒られる。だから、私は何があっても止まらない。止まっちゃいけない!
「……ここがヒンヴガルですか。噂には聞いていましたけど初めて来ました」
「あちらこちらに咲いているこの花……一体なんですの?」
「彼岸花。私の世界にあった花で、その球根には毒があったり、花びらが濃い赤だったりと死を連想させるから縁起の悪い花って言われてる」
にしても本当に多いな。見渡すだけでも五、六十輪は彼岸花が咲いてる。ってあれ……体が動かせない。レイスが時を止めたのかな?
「……おい、出てこい」
「流石だな。不意打ちが聞かないとは」
「悪いけど、今急いでるんだよね。だから……一瞬で蹴散らす」
レイスが後ろを向いて睨む。すると、後ろから大体十人くらいの男達が現れた。まぁ、シャクヤの事だから絶対信徒の何人かを置いてるよね。
ふぅ、ちょっと軽く殴ってなんとかなるレベルでよかった。本当に今は大事な場面なんだ。邪魔をされる訳には行かない。
「えっと……ここを右です」
「右、ね……」
「おいおい……目立ちすぎだろ。いやまぁ……ローズもいるんだから当然ちゃ当然か」
「ここからでも感知できるくらい、魔力が……」
男達を倒して以降、何も出てこず無事にヒンヴガルを抜けることが出来た。そしてマイの指示に従い右に進むと……あった。ここにいる全員が感知できる、とても禍々しい魔力で満ち溢れている館が。
「……あれです。あれが、レクファー邸です」
「リリー様!恐らくですが鎌鼬が展開されています!」
「なら、僕に任せてください!鎌鼬の魔力構造はだいたい知っています。ので、鎌鼬だけを覆う結界を作ります」
今朝聞いた話のとおり、館の周りには円状に回転を続ける鋭い風……ローズの鎌鼬が展開されていた。が、ジークが対策をねってくれていたので鎌鼬は何とかなった。これで、中に入れる状態だ。
「……最終確認。皆、覚悟はいい?」
「はい、もちろんです!私を変えてくださったローズ様を救いたい。それからあわよくばですけどお母様……いえ、レクファー夫人と話をしたい。二つも望みがあるんです。覚悟なんてとうに決まってますよ」
「……リリー、マイ。折角でしたら、これをつけません?私達の、大切な思い出ですし……絶対ローズを取り戻すっていうおまじないも兼ねて」
イリアが星の髪飾りを取り出して、自分の髪に着けた。これは確か……二年前のショッピングの奴だ。
……そう、だなぁ。折角だし私もつけることにしよう。これがきっと、少しでもローズを取り戻す役に立ってくれると信じて。それと、イリアが言ったおまじないも込めて。
「いいですね、イリア様!私もつけます!」
私は息を吸って、かつて憧れたキャラクターのように、宣言する。
「これより、サヴェリス邸突入を開始する!」