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人か機械か

舗装されていない地面に鋼材が落下する。斜めに突き刺さるように落ちて、そのまま横倒しになった。地面を打つ音に気づいて、周りの作業員の視線が集まった。あぶねー、と誰かが呟く。


落下地点にいたトーヤは無事だった。鉄パイプが降って来る前に身を引いていたのだ。クサナギがトーヤに怪我はないかと問うと、彼は、当たっていないので大丈夫だと述べた。


カノが足場を降りてきて、自分の不注意だったと謝った。


「すみません。手元が滑って」


大丈夫か、気をつけろ、とぱらぱらと反応があった。年上の作業員が思いやるような声をかける。


「無理するな。重いんなら2人で運べよ」

「ああ、でも大丈夫です。いつものことなんで」


カノと作業員のやり取りを聞きながら、クサナギは足元の鋼材に目をやった。一抱えほどの大きさがある。ヘルメットを着けているとはいえ、これが頭上から降ってきたら意味はない。


戦場とは質が違うだろうけど、自分たちの現場にも危険は多い。戦闘に加わって怪我をしたり命を落としたりするとき、そこには敵味方の区別が明確に存在している。建設現場での危険は、敵味方の区別なく、その場に居合わせた者に平等に降りかかる。誰が敵だ、と指し示せるわけじゃない。


クサナギは顔を上げた。カノが近くでトーヤと向かい合って話をしている。


「下に()()がいなくて良かった」


トーヤはそう口にした。ソロイドは人にはカウントしないらしい、とクサナギは思う。


「そうだな。クサナギが離れてて良かった。ちょっと見せてみ」


カノは服の上からトーヤの背中に手を這わせると、首元を確かめ、手首を掴んで軽く振った。怪我の有無を確かめるような事務的な手つきだった。異常がないことを確かめて、皆は作業を再開した。


怪我がなかったとはいえ、重い資材が落下するのは大変なことだ。本来ならカノはヒヤリハット報告書を出すところだが、今の監督に代わってからは記録を残す習慣がなくなっていた。件数が増えると外聞が悪いし、いちいち記録するのは手間がかかる、というのが佐伯の方針だった。


こうして、資材の件は公的な記録に残らず、日々の業務の中に埋もれることになった。


クサナギは服の襟を動かして空気を入れながら作業をした。体に熱が籠っている感じがして、早く帰ってシャワーを浴びたいと思う。仕事終わりに着替えていると、カノに呼び止められた。


「なあクサナギ」

「はい」


ストライキって知ってるか、とカノは話を振った。


「何年か前。戦争になる前か。自動車工場でストライキがあって、働いてるやつが示し合わせて機械を壊したことがあった。労働環境の改善を求めての行動だった」

「ああ。テレビで観た気がします。それがきっかけで上の人間が入れ替わったとか」


確かリーダーが逮捕されたんですよね、とクサナギは返す。カノはそれには答えず、真顔で言葉を続けた。


「ソロイドも機械だよな」


クサナギは意表を突かれてしばらく黙り込んだ。


「……そうでしょうか」

「俺はそう思う。性能がすごくてちょっと話が通じそうな気がする機械。あいつがここに来たとき、ソロイドを導入するって発表があったよな。人間が来るときに“導入”とは言わない」


クサナギは、トーヤを取り巻く環境を振り返った。


4月からソロイドを導入すると発表があった。人間なら配属とか雇用という。トーヤは耐用年数があと2年だといった。耐用年数なんて言葉は人間には使わない。トーヤは同族の者が実験に使われて処分されたことを平然と口にした。作業用のツールだったら、安全性や耐久性を調べるために試験に供することもあるだろう。


「見た目はそのへんの男子って感じですけどね」


機械だろうかと考えたところで、クサナギはひとつの疑問に行き着いた。トーヤの頭上に資材を落としたカノが、労働環境の改善のために機械を壊した事例の話をして、ソロイドも機械だという。


──資材を落としたのってわざとですか?


そのまま聞くわけにもいかないので、当時のカノの体調は大丈夫だったかを尋ねた。暑さでめまいがしたんじゃないですか、と。


カノは、分かり切ったことを聞くなと言うようにふっと笑った。


「手が滑ったってのは言い訳だ。あいつに個人的に恨みはないけど、監督に“ソロイドを見習え”って言われるのは我慢できない。あまり言われるようならこっちも抵抗する」


クサナギは言葉に詰まって「捕まらないようにしてください」と返した。頭が重いのはこの会話のせいだろうか。


「声がかすれてるし体調悪そうだな。帰って休め」


カノにそう言われて、クサナギは帰路についた。アパートに着いて玄関の扉を開けた途端、気が抜けたのか頭痛がひどくなった。シャワーを浴びる気力もなく、床に布団を敷いて横たわった。かつて母から届いた荷物の中に体温計があったのを思い出して、脇の下に挟んでみる。


熱は38℃を超えていた。

電子音を聞きながら、自分も感染したのか、と思った。

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