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ソロイド導入のお知らせ

3月の晴れた朝のこと。

戦争の爪痕が残る街に、冷たい風が吹いていた。雪は降っていないが、快晴の日はかえって冷える。実際の気温は別にして、雪が降っていたほうが暖かいだろう。


建設作業員の青年クサナギは、いつも通りにヘルメットを被って掲示板に目を通した。工程表の脇に新しい掲示物が一枚貼ってある。


────

ソロイド導入のお知らせ


今年4月から、建設および解体作業にソロイドが導入されます。


ソロイドは高い機動性と耐久性を備えており、労働力を安定的かつ効果的に補完します。また、危険箇所においても人間よりも安全に作業が可能であり、作業員の安全性が向上します。


ソロイドの運用にあたり、皆様のご協力をお願い申し上げます。トラブルや疑問点が発生した場合は、すぐに上司や管理者に報告してください。

────


締めには彼の属する部署の名前があった。

文章を読んで意外に思う。土木建築や介護の分野にソロイドが導入されるという話は聞いていたが、自分のところに来るとは思っていなかった。


隣にカノが現れて、手袋をつけた両手をこすり合わせて「寒い寒い」と言った。


カノは短髪の男で、クサナギより五歳上だった。ここに来る前は軍にいて、戦闘が終わってからは軍務を解かれて街の再建にあたっている。2人は作業班が同じなのでよく行動を共にした。


「おはようございます」

「おはよう。なんか新しいこと書いてあったか?」

「来月からソロイドが来るって話です」


カノはクサナギの視線を追って、掲示物に目をやると、乾いた冗談を言った。


「ここも戦場になるわけか」

「ソロイドって軍事目的に作られたんですよね。強くて冷静な兵士がほしいとかで、人に似た姿で単独で動けるものを開発したんだとか」

「ああ。終戦したのにそのまま置いとくと外づらが悪いから、武装解除して社会でやっていけるかを試すって話だ。実証実験に協力した企業には謝礼が出るらしいから、ここが名乗り出たんだろ」

「なるほど」


「まあ、会社宛てじゃなく俺たちに謝礼がほしいけどな」

「そうですね。カノさん触ったことありますか」

「いや。存在を知ってるぐらいで本物は見たことがない」


ほんとに来たら充電が面倒くさそうだと話して、カノは自分の持ち場に向かった。クサナギも資材置き場に足を運ぶ。


クサナギの片足は少し曲がっていて、足を踏み出すと体が左右に揺れる。見慣れない人からは転びそうで危なっかしいと心配されるが、歩いたり荷物を運んだりするのに大きな支障はなく、現に建設現場で働けている。この足のために徴兵は予備役になり、招集される前に戦争が終わった。


幼い頃に彼の歩き方を馬鹿にした同級生は、前線に送られたきり帰っていないと噂に聞いた。何が吉となり凶となるかは分からないものだ。


4月の初めの朝礼で、皆の前にソロイドが現れた。

中肉中背で、見た目は10代後半といったところ。作業服を着てヘルメットを抱えたまま、初老の現場監督に連れられて紹介されていた。


「今日からソロイドが一体導入される。識別コードは1008だから、トーヤと呼んでください」


トーヤを目にしてざわつく作業員に、現場監督は「驚いたでしょう。技術の進歩はすごいものです」と笑った。


クサナギも目を見開き、口を少し開けてトーヤを見つめていた。機械らしいパーツを探そうと思ったが、前を向いて静かに立っている姿は人間にしか見えない。真面目な少年という印象だった。


現場監督は、彼と働くうえで知るべきことを手短に説明した。

特殊な整備や燃料は要らず、自分たちと同じような食事を摂っていること。見た目に反して重さが100kgを超えるため、足場に乗せるときは耐荷重を確かめてほしいこと。耐用年数は3年で、年数が尽きるまでこの会社で引き受ける予定であること。作られて既に1年が経っており、残りは2年だという。


自己紹介をするように促されて、トーヤは初めて口を開いた。


「1008号のトーヤです。建設の仕事は初めてですが、戦力になれるように頑張ります。皆さまの指導をよろしくお願いします」


人間の声で無難な挨拶をして頭を下げる。ぱらぱらと拍手が起きた。


何か質問はあるかと訊かれて、作業員の一人が手を挙げた。


「重さが100kgって、体内(なか)に何か入ってるんですか。爆弾とか……」


爆弾という言葉を聞いて、集団の中に緊張が走る。監督は柔和な調子で「いやいや」と否定した。


「既に兵器の役割は終えていますよ。骨の組成とか筋肉の密度が人間とは違っていて、みっしり詰まってるからこの重さなんです」


クサナギはほっとして息を吐いた。

場の空気が和らいだところで、朝礼が終わってその日の仕事に移った。

トーヤは現場を案内されて道具の名前や置き場所を教わった後、作業員に交ざって資材を積み下ろした。


休憩時間にカノに「足腰が痛くないか」と尋ねられて、トーヤは大丈夫だと答えていた。受け答えや動きに疲れは見えない。

頼もしいなとクサナギが褒めると、ソロイドの少年ははにかむような笑みを見せた。


初夏が訪れた。

トーヤと作業をするなかで、クサナギは彼のことを好ましく思っていた。仕事の飲み込みが早く、威張ることもなく、受け答えが素直なところが良いと思えた。来て間もない頃の一人称は「私」だったが、そのうちに「僕」を使うようになった。


休憩用のプレハブ小屋で、数名の作業員が集まって休んでいた。クサナギとトーヤが小屋に入ると、カノが缶コーヒーを飲みながら「よお」と挨拶をした。


小屋の近くには飲み物の自販機ができていた。周りの建物ごと戦争で潰れたり、飲み物の補充が止まって使えなくなったりしていたが、街の再建が進むにつれて以前のように数が増えてきたのだ。飲みたいものを気軽に買えるのはありがたいことだった。


クサナギは自分の鞄を開けて、飴の袋に手を入れた。フィルムに包まれた飴が2つ残っている。

ひとつをトーヤの手に載せると、彼は「ありがとうございます」と言って、珍しいものを触るようにフィルムを剥がした。そのまま口に入れて、ぼりぼりと音を立てて噛み砕く。


「飴はしばらく口に入れて舐めとくんだよ」


もうひとつの飴を渡すと、トーヤはゆっくりと口に入れて舐め始めた。クサナギの口元が緩む。自分で食べてしまうよりも、トーヤに食べさせて眺めているほうが面白い。


周りの作業員が猥談をしていて、トーヤに話題を向けた。AVの女優の話だった。


「おまえも思春期だろう。帰ってそういうの観たりするのか?」

「おい、変なこと教えるな」


ソロイドがAVなんか観ないだろ、と他の作業員が突っ込みを入れた。

彼の答えによると、性行為を模した映像があるのは知っているが、自らアクセスする機会がないという。トーヤも端末を持ち歩いているが、製造元との連絡や予定の管理に使われており、私的にいろいろなものを漁ることはできないらしい。


カノがトーヤに近寄って、端末の画面を示した。隣のクサナギにも画面が見える。

タイトルは『巨乳戦闘ソロイド、はじめての夜戦』とあった。クサナギの嗜好からは外れていたが、ソロイドものは一つのジャンルとして密かに好まれているらしい。


「ソロイドはソロイドに興奮するのかと思ってな。せっかくだから見とけ」


カノがサンプルの動画を再生すると、女優が動くたびに白く大きな乳房が揺れて、肉のぶつかり合う音と嬌声が響いた。クサナギはすごい乳だなと感嘆したが、トーヤは違和感を口にした。


「ソロイドには戦場での機動性を考えた規格があって、みんな同じような体つきです。女性型のソロイドは実在しますが、こんなに大きい乳房は邪魔になります」

「そんなこと気にすんなって」


大きいほうが嬉しいだろ、とカノが呟いた。


場面が切り替わって、女が男に組み敷かれながらも、相手の背中に腕を回していた。しげしげと画面を眺めるトーヤに、カノが「何か感じるか」と感想を尋ねた。


「いくつか違和感があります。腕に識別コードがないし、ソロイドが戦うために生まれたのは当然のことだから、わざわざ“戦闘ソロイド”なんて呼ぶのは妙な感じです」

「どこ見てんだ」


カノが冗談交じりに笑ったところで、短いサンプル動画が終わる。

トーヤは動画の本編についてカノに質問した。


「本編ではこのソロイドが戦いに加わるんですか」

「ん?」


戸惑っているカノに、トーヤは説明を付け加える。


「タイトルに夜戦とありますが、サンプルにはそんな描写がなかったので。日没から日の出までの戦闘を指す“夜戦”です」


カノは端末をポケットに戻して、椅子に寄り掛かって大仰に呆れてみせた。


「んだぁ、戦争戦争って。つまらん奴だな」


カノの代わりに、クサナギが夜戦の意味を教えた。

覚えておくと答えたトーヤに、クサナギは「別に覚えなくていい」と返した。

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