夢の始まり 3
「星降る夜に君想う 今もずっと忘れられない」
エアさんが歌ったのはボカロじゃなかった。離れ離れになった幼馴染との切ない恋を歌う、今人気のバンドの曲だった。いつもの激しい曲調じゃないしっとりとした曲にエアさんの声は合わないんじゃないかななんて思った僕の予想は綺麗に裏切られたどころじゃなかった。感情の込め方が良すぎるんだ。盛り上がっていたフロアのあちこちから涙を啜る音が聞こえてくるほどに、僕たちの心に強く突き刺さってくる。こんな気持ちになるのはRougeさんの時ですら無かった。これは才能なんて陳腐な言葉で表していいものじゃないものだった。
でも、歌い終わったエアさんはすごくサッパリとした性格の人で
「あれっ!?みんななんでそんなしんみりしちゃってんの!?もっと盛り上がってこーぜ!」
エアさんの声の力はすごいもので、さっきまであんなにしんみりしていたはずの会場の雰囲気は今では明るくなっていた。そんなエアさんの感情を乗せた声の力に改めて衝撃を受けながら結梨の方に目を向けると1人だけ周りとは違う顔つきをしていた。なんて言うんだろう、すごく真剣な表情でステージ上のエアさんを見据えていた。
「結梨?どした?」
「…………」
「ゆ、結梨?」
「あっ、どしたの?朔人?」
「あぁ、いや。結梨がすごい真剣な目でエアさんのこと見てたからさ?何かあったかなって」
「ううん、何かあったわけじゃないけどね?私思ったんだ」
「?」
「私も、こんな風に声で人を感動させたり心を動かせるような歌い手になりたいなって」
「……!?」
びっくりしてしまった。結梨の歌を知らないからなんともいえないけど、歌い手になりたいって言うとは思ってなかったから。
でも僕は知っている。歌い手の難しさを。
だけど、それは隠して僕は言った。
「そっか。結梨ならできるんじゃないかな?」
「えへへ、そうかなぁ」
僕は結梨に夢を見せてしまったのかもしれない。ても、やる前から現実を見せるのは良くないなって思った僕のわがままである。そんな僕のもやもやなんて知る由もない結梨はとてもニコニコしながらその後もライブを見続けていた。結梨とは裏腹に、僕はモヤモヤした気持ちを抱えたままなんともいえない気持ちで残りの時間を過ごしてしまった。
そして、ライブが終演し交流会が始まると結梨はエアさんのところに行きたそうにしていたので一度別行動にして僕は、知り合いである主催の方へ向かった……




