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3 彼女の駄々は世界を滅ぼす

その日、トワコに激震が走る。

思わず崩れ落ちて地面に手をつくトワコを無視して、ロジオも残念そうな顔をした。


「仕方がないですね」

「ロジオくん何とかしてよぉ」

「こればっかりは無理ですよ」


それでもトワコはまだ納得がいかないと駄々をこねている。

木製テーブルに手をかけそのまま勢いよく腕を持ち上げるようにして大きく腕を振り「エアちゃぶ台返し!」と叫んだ。

ちゃぶ台を知らないロジオには意味かがわからなかったが、そのままテーブルをひっくり返そうとして上に乗ったものが落ちないように『エア』で済ませている様子をみるに判断能力は失われていないようだ。

どの道このテーブルは床に固定されているため持ちがあることはないのだが。


「……」

「……トワコさん」


名前を呼べば渋々といったふうにやや前傾姿勢で立ち上がった。

つい数分前までは元気ハツラツとしていた彼女は何故こうなってしまったのか。

『今日の祭りが中止になった』

明日はこのランパー村で収穫祭が行われる予定だったのだが、それが中止になってしまったという知らせは彼女にかなりのダメージを与えた。

年に一度の頻度で行われるこの祭り、当然お祭りなので飲めや騒げやのささやかなドンチャン騒ぎ。

しかも今年はこの村に神官と新しい住人がやってきたという歓迎も兼ねて、昨年よりも豪華にしようという話になっていた。

トワコは当然祭りのご馳走を楽しみにしていたし、ロジオも歓迎の気持ちを素直に嬉しく思っていたので落ち込んではいた。


「とり、トリの丸焼き」


中でも野菜と自家製チーズを中に詰めて焼くローストチキンが楽しみだったようで、チキンが食べられないことをコッコさん(トワコの呼び出したニワトリ)を撫でながら嘆いている。

だがこればかりは本当にどうしようもない。

この村にやってきた商人から道中の森で魔獣を見かけたという話があったからだ。

小型の狼のような魔獣だったようだが小型とはいえ魔獣は魔獣、どこかに淀みが蓄積しており魔王が発生しようとしていると言うことに他ならない。

村長との話し合いによりそんな状況で祭りをするのは危険だと言うことになり、少し離れるがカフライル街の対魔機関に連絡をすることになった。

対魔王討伐機関……通称『対魔機関』、名前の通り魔王や魔獣を討伐する為の組織でこの国最大戦力でもある。

規模によっては村人全員が他の場所に避難せざるおえないかもしれない。急なことで祭りの準備も一旦中止して皆不安そうにしていた。


「この国にも聖女様がいればなぁ」そう悲しそうに子供達にロジオは一言謝ることしかできなかった。


「お祭りいつになるかなぁ」

「どうでしょうね……ですが討伐して直ぐという訳にはいかないでしょう」


魔獣を倒し、魔王を倒しても領地を浄化しない限りは現れ続ける。

それを知っているのでトワコはそれ以上何も言わない……が、徐に「あ」と人差し指を立ててみせた。何か思いついたらしい。


「どうしました?」

「つまり魔王倒して土地も浄化すれば良いということでは?」

「それは、まぁそうですが」


その返事を聞くや否やコッコさんを抱えてトワコは家を飛び出した。

ロジオも慌ててその後ろを追いかける。


「ちょっと! どこ行くんですか!?」


その問いかけにトワコは足を止めて振り返る。





「私が、土地を浄化する!」

「いや無理ですよ」


場所は変わって教会の中。

ステンドグラスを通した鮮やかな光に照らされながらロジオはトワコの言葉を切って捨てた。

何がしたいのかとついていけば教会に辿り着き、言われるがままロジオが床に書いた紋章の前に二人は突っ立っている。

紋章が出来上がるなりその前に跪いて手を組み、頭上に掲げて「アーメンハレルヤローストチキン!」とか唱え始めたのでロジオが一旦待ったをかけたのだ。

最初の言葉はよく知らないが、少なくとも『ローストチキン』は絶対に違うだろう。

これで聖なるニワトリに続いて聖なるローストチキンとか登場しても困るので、ロジオは顳顬を抑えながら諭すように言った。


「あのですねトワコさん、一旦落ち着きましょう。冷静になって考えてみてください、何も一生お祭りができなくなる訳じゃないんですよ」

「それでも私はローストチキンが食べたいんだ、コッコさんも同じ気持ちだよ多分」

「さっきから言おうか迷ってたんですがニワトリ(チキン)の前でチキンの話するのやめませんか」


コッコさんは気にしてないのか床をコツコツと啄んでいるがチキンの前でチキン(ローストチキン)の話をするのは良くないんじゃないだろうか、道徳とか精神衛生的に。

ロジオは咳払いをしてからもう一度「いいですか」と念を押してゆっくりトワコの説得に挑んだ。


「ここは冷静に行動しましょう。今頃、村の誰かが街の方へ対魔機関に報告しに行ってくれているでしょう」


距離は少し離れるが二、三日もあれば到着するはずだ。


「それに一度召喚しようとしてニワトリ呼び出してるので、もう一度やっても同じ結果になるだけだと思います」


どうにかこうにかトワコの無謀な行動を止めたいロジオだったが、彼女はスッと人差し指を立て

得意げに、わざとらしい不敵な笑みを浮かべてみせた。


「ロジオくんは『塵も積もれば山となる』って諺知ってる?」

「コトワザ?さぁ、知りません」

「私の世界の教訓のようなものなんだけどね、まぁ要するに、どんなに小さな出来事も集まれば大きな結果を生み出すという意味があるんだよ」

「なるほど、それは素晴らしい教えです。どんなに小さな努力でも決して無駄になることなど有り得ませんから」

「でしょ? まぁつまりね、私が今から」

「ニワトリを大量に呼ぶとか言わないですよね」


トワコは口をへの字に曲げ、無言で視線を逸らした。

諺の解説からトワコの発言を先回りしたロジオに、彼女の理論は発表前に完封された。

確かに彼女の呼び出したニワトリには僅かに、本当に微々たるものではあるが聖属性の魔法がかかっている。とはいえ当然それは誤差の範囲のようなもので魔王どころか魔獣を祓うことは難しくその恩恵と言えば精々卵が濃厚で美味しい程度なのだ。

彼女の言う『塵も積もれば』が果たしてその通りだったとして、果たして森の浄化をするのにはいったい何羽のニワトリを召喚することになるだろう。

百、二百、千はくだらないかもしれない。

そうなってくると今度はニワトリが問題にすり替わる可能性だって大いにある。


「もう諦めて戻りましょう」

「やだね」

「……」


たった三文字の拒絶でロジオは折れた。

ここに来るまでの道中でもあれこれやりとりがあったので、もうこの際好きなだけやらせてあげることにした。

他人が何を言っても諦めないのであれば、自ら諦めてもらうしかない。

魔法陣の前でウンウン唸る彼女を眺めつつ木製の長椅子に腰を下ろして膝に頬杖をつく。

そのうち飽きるだろう。

彼女は熱しやすく冷めやすい。

どうせお腹が空いたらアッサリ止めて帰ろうとか言い出すに違いない。

信仰対象である聖女に結構失礼なことを考えつつ、くぁ……と一つ欠伸をしたところでトワコがふとこんなことを言う。


「思ったんだけどさぁ、仮に聖なる使者とか私が呼び出せたところで勝てるのかな……私実際魔法とか使えないじゃん」

「それは問題ありませんよ。要は相性の問題です」

「相性?」

「水をかけたら火は消えるでしょう?」

「あぁ」


焚き火に水をかければ火は消える。

勿論水と火の勢いによっては完全に消化することはできないし、水が蒸発してしまうこともあるが、そんなことは滅多に起きない。

つまり現状には当てはまらない。


「あ、じゃあさ」


十和子が上半身だけ後ろへ振り向いてロジオを見た。


「別に聖なる者じゃなくても、魔王倒せるくらいの超超超強い奴召喚したらいいってこと?」


「何言ってるんですか」と、次のセリフがロジオの口から出てくることはなかった。


空気が、いや、空間が畝る。

何かが変わったことは理解できた。

それを理解できたのは初め、魔法に精通したロジオだけだったが、石壁にヒビが入ったことによりトワコにも何蚊が起きてることを理解させた。

魔法陣の上に何か黒いモヤが集まる。

流石に身の危険を感じたのか、トワコはそれから目を離すことなく後退りロジオの隣に並んだ。

空気を吸い込むように何かを集める黒い煙の塊は、やがて大きさを増す。

そしてそれが収束し小さくなたかと思えば、今度は貯めたものを吐き出すように一気に膨張した。

衝撃で教会のステンドグラスが割れる。

宙を舞う細やかなガラス片が、昼の穏やかな光を乱反射して輝く。

先程までの穏やかな日常が遠ざかっていく。

その神々しい光を浴びながら、それは姿を表した。


ロジオとトワコよりも大きな影だ。



「無名の玉座にいたりし者よ、灰の手をとりし契約者よ」


低く、落ち着いた声が教会内に響く。

宙に浮き二人を見下ろすソレの姿に二人は目を丸くした。


「遍く死と怨念こそこの姿」


正体は分からずとも、何か強大な者であることは理解できた。

上質な黒いスーツを見に纏い、マントのようにも見える肩にかけられた大きなコートがその存在の偉大さを助長する。


「この霧の魔を前に全てが眠りにつく、誕生は阻まれ祈りは蝕まれ時は奈落の底へ」


歌うように語る声はやがて熱を持ちはじめる。


「さぁ!さぁ!さぁ!愚かで純鈍な命ある者よ、この三つ目の梟の視界に留まるがいい」


フクロウ、と呼んでもいいのか。

豪奢な作りの何かの鳥の面がその顔に張り付いていた。

真っ黒な闇の溶け込む目の部分には爛々とした光が宿り、その視線は二人に注がれている。

服装だけならまだトワコは元の世界で見覚えがあり親近感さえ沸くはずなのだが、その顔につけられた面との親和性の無さにより異常さだけが、その場に留まっている。


「そして乞うがいい、何を望むか」


やがてその異形は黙ったまま身動きが取れずにいるトワコとロジオに静かに手を差し伸べた。

転んだ子供に手を差し伸べるように、迷子の子の手を引くように。

手袋の装飾である鉄製の爪が鈍く光る。


「この身と世界の破滅を持ってして、貴殿の願いを叶えよう」


物騒だが最大限友好的な言葉に機嫌の良い柔い声。

その二つがあったとしても、とても安心なんてできなかった。

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